パープル
予想してなかったメンシスからの手紙でテンションが上がっていた私は、るんるん気分で食堂に向かった。
食堂では、既に兄が席に着いていた。前世でいう年末年始の今は、仕事がほぼないため、連日帰りが早いのだ。でも兄の場合、殿下の相手をすることも仕事のうちなので、休みになるということはなく、ほぼ毎日王宮に通っている。
「エルザ、ご機嫌だね。そんなにあいつとの外出が楽しみなのかい?」
ニコニコとエルザを見つめるオルド。
は…。今なんて??
もしかして、鎌をかけられている?ここはシラを切って乗り切ってみるか…
「ふふ、隠しても無駄だよ?ルード公爵家の息子から誘いを受けたんだろ?」
は!!!しっかりバレてた!!
って、隠すつもりはなく、ちゃんと許可をもらおうとしてたけど…。え、でもまだ言ってないのに、なんで知ってるんだろう。。
もしかして、検閲されてる…?こわっ…
「もちろん、覗き見なんてしてないよ。安心して。」
エルザの表情から言いたいことを読み取ったオルドが先回りして答えた。
「ごめんなさい、お兄様。先ほど手紙を受け取ったばかりで、これから話そうと思っていましたのよ。でもなぜご存知だったのです??」
「ふふ、お前があまりにも楽しそうにしてるからね、揶揄っただけだよ。事前に公爵家から僕と義父宛に手紙が来たんだ。おたくの大切なお嬢さんを1日連れ出す許可をもらえないかって。あいつも真面目だよね、まったく。公爵家から直々に言われたのなら、下手に断れないね。」
口では仕方ないと言っているが、どこか満足そうな、相手がしたことを評価しているような口ぶりだった。
さすがメンシス…兄のポイントを押さえてるわね…。なんて言って許可をもらおうか悩んでいたから、助かった。代わりに対応してくれた彼に後でちゃんとお礼を言おう。
自室に戻った私は、早速メンシスに了承の手紙を書いた。
指定された日付は4日後でまだ時間あるから、明日朝イチで届けてもらえれば大丈夫ね。
そう言えば…行き先について何も書かれていなかったけれど、決まってるのかな?きっと、用意周到な彼のことだから、なにかしら決めていそうよね。野暮なことは聞かずにいよう。
翌朝届けてもらった手紙の返信は、その日の夕方に返ってきた。
前回同様、時候の挨拶から始まる、至極丁寧な言葉遣いの文面だった。
ええと、平たく言うと、
『都合合わせてくれてありがとう。当日はちょっとおめかしして来てほしい。自分は薄紫にする。』
って書いてあるんだけど、最後のは何??え、謎謎??正解したら何かもらえるのだろうか。
うーん…どういう意味だろう…と手紙を横にしたり斜めに傾けたりして睨めっこしていると、横から覗き込んできたルルが、「心得ました。エルザ様は何も心配なさらなくて大丈夫ですよ。」と言って微笑んだ。さすがは出来る女。うん、任せようっと。
メンシスとのお出掛け当日、私はいつもの通りルルに支度してもらっていた。
「これやり過ぎではない?」
「むしろ控えめですよ。」
「パープルのリボンなんて持っていたかしら?」
「ちゃんと準備しておきました。」
「???」
そんなやり取りをしているうちにあっという間に支度が完成した。
今日のドレスは、クリーム色のサテン生地を贅沢に使い、左半身だけ胸元から裾にかけて施してある銀色の刺繍が光沢のある生地によく映えている。ワンポイントとして、紫の石を使った花型のブローチを胸に付けている。
髪型はいつものハーフアップではなく、全て結い上げている。とても大人っぽい印象だ。結い上げた部分にはドレスと同じサテン生地の紫色のリボンを結び、可愛らしさを足している。
外は寒いので、これにショールを羽織ってコートを着てようやく完成だ。
タイミング良く、馬車の到着の報せが来た。メンシスがうちまで迎えに来てくれたのだ。
玄関ホールに向かうと、すでに彼がいた。そして、なぜか義父と兄もいた。あれ?あなたたち仕事は…?
「やぁ、エルザ。今日はまた一段と美しいね。花の妖精も可憐で可愛らしかったけど、大人っぽく艶やかな装いも見事に似合っているね。本当に、隣にいるのが僕でないことが許せないくらいに。」
「オルドの言う通り、見事な美しさだな、エルザ。人前に出すのも惜しいくらいだ。あぁ、そうだ、今日はこのまま屋敷でパーティーにしないか?そしたら私たちとも一緒にいられるしな。仕方がないから、メンシス君の参加も許可してやろう。」
ちょ、ちょっと待てーーー!!
まず、メンシスに何かひとこと言わせてあげて…
いや、褒めてよってことじゃないけど、連れに対してまずは褒めることが紳士のマナーみたいなものだから、その機会を奪わないであげて…
そして、迎えに来た相手そっちのけで、家でパーティーする話に切り替えないでくれ…
「アストルム侯爵、オルド殿、本日は心よく外出の許可を賜り感謝申し上げます。何があっても俺がエルザ嬢をお守りし、無事にお返ししますので、どうかご安心を。」
あ、メンシスがいい感じに空気を読まずにぶった斬ってくれたわ。ナイス!この2人に付き合ってたら埒があかないからね。
「そんなこと言って、君が一番危険だと思うけど?ま、行き先は分かっているから、侯爵家の護衛兼監視も付けさせてもらうよ。ああ、それなりに距離は取ってやるから安心しろ。」
「仰せのままに。」
兄の言葉に対し、メンシスはとても優雅で美しい一礼をした。
その後、メンシスは2人と固い、固すぎる握手を交わし、なんとか無事に馬車に乗り込むことが出来たのだった。




