2人のダンス
今は、スローワルツの曲が演奏されている。最初の曲よりもゆったりとしたテンポだ。
エルザは、教本の通り、曲に合わせてステップを踏もうとする。だが、こっちにおいでと言うかのように、メンシスに軽く引き寄せられ、その度に、ついその通りにふわっと動いてしまう。
自由に動いていいんだと教えられた彼女は、足が軽くなり、どんどん楽しくなってくる。
それは、スローワルツなのに、妖精が飛び回っているかのような楽しげで溌剌とした様子だった。
先ほどの殿下達のダンスとは何もかもが真逆だった。
二人は微笑み合い、を通り越して、互いに笑い合って踊っていたのだ。
「不思議ね。むちゃくちゃなのに、こんなに楽しいダンスは初めてだわ。」
「おい、失礼だぞ。ちゃんとお前に合わせている。」
「あら、それはお気遣い頂き光栄ですわ。」
「お前な、、こっちは真剣に話してるんだからな。」
そんな彼ららしい軽口の言い合いも笑いながらしているため、声が聞こえない周囲には楽しげに見つめ合って話しているように見える。
エルザ達の楽しげで舞うようなダンスに皆が惹き込まれる。曲の後半からは手拍子まで始まった。会場全体を巻き込んで踊っているようだった。
「今日はありがとう。まだ始まったばかりだが、先に礼を言っておく。」
「こちらこそ、ありがとう。とても楽しいわ。」
「来年はちゃんと自分の意思でお前のことを誘うからな。」
「ふふ、期待しないで待っているわ。」
「お前なぁ…。」
エルザには中々伝わらない。メンシスには、彼女が無意識に人と深い仲になることを避けているようにも見えた。
今はこれで十分。ちゃんと彼女の視界に俺は入っている。まだ時間はあるから、これから一歩ずつ距離を詰めて行こう。彼はそう心を決めた。
曲が終わり、エルザ達もダンスを終えた。
とりあえずミスはせず、人様に見せられるくらいのダンスは出来たんじゃないのかな、、
とやや不安そうにちらりとギャラリーに目を移した瞬間、割れんばかりの拍手が沸き起こった。そして、その中には歓声となぜか指笛まで混じっていた。
ちなみに、指笛の犯人はマルクスである。
「な、なによこれ!え…何でこんなに盛り上がってるのよ。怖いわ…」
思わず隣のメンシスの腕を掴むと、きゃーっという歓声がひときわ大きくなった。
「ふふ、俺たちの勝ちだな。」
「は!?ちょっと、なに訳のわからないことを言ってるのよ…。」
フロアを下がった所で2人でごちゃごちゃ話していると、クレメンス殿下と、少し後ろからルシアがやってきた。
「メンシス、エルザ嬢、いや見事なダンスだった。」
「光栄にございます。」
「ありがとうございます。」
2人とも軽く頭を下げた。
「時にエルザ嬢、次は私と一曲いかがかな?」
え!!!ちょっと待って!!
さっきはしゃぎ過ぎて疲れたから、もう壁の花になりたいんですけど、、
でもこれ断れないヤツですよね、、、
せめて飲み物プリーズ…
ええい、仕方ない!気合いだ!!
「えぇ、喜んで。」
そう言って淑女の礼をしたエルザ。
「ありがとう。で、メンシス。お前ももう一曲くらい踊るだろう?女性を待たせるのは紳士ではないからな。」
殿下の目線の先にはルシアがいた。自分がエルザと踊るから、その間お前が踊ってやれということらしい。
「承知しました。ルシア皇女、宜しければ一曲お付き合い頂けませんか?」
「ええ。ぜひ!」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
皆でフロアに向かう途中、メンシスが目ざとく給仕を見つけて飲み物を受け取り、私に渡してくれた。さすが、メンシス!分かっているわね!と笑顔で褒めると、彼はなぜかちょっと照れていた。不思議。
私たちはそれぞれペアを入れ替えてフロアに立ち、曲の開始を待つ。
3曲目からはもう誰でも自由に踊って良いとされる時間だ。
なのに、今フロアにはこの2組しかいない。
は!!なんで!?
なんで、みんな来ないのよ!!
楽しみにしていたダンスの時間じゃないの!?
目の前の殿下相手にそんなこと言えるはずもなく、顔はアルカイックスマイルのまま、心の中でひたすらにツッコミまくる。
普通に考えて、この中でもっとも身分の高いものたち同士が並ぶのだ。ここに入り込もうとする猛者はいないだろう。
あとは単純に、先ほどのダンスが対照的だったため、ペアを入れ替えたダンスを見てみたい!と敢えてギャラリーに徹している者もいる。
結局、2組だけの状態で曲が始まり、それぞれ動き出した。3曲目は1曲目と同じくらいのテンポの曲だ。
メンシスは先ほどとは打って変わって、規則正しい正確なステップだった。それでいて、リードするところはきちんとリードし、ルシアが動きやすいように最低限のフォローはしている。
そんなあからさまな気遣いが妙におかしくて、思わずルシアは笑ってしまった。
「ごめんなさいね。とても踊りやすいのだけど、先ほどとは随分と違うのね?私に気を遣ってるのかしら?」
「いえ、そんなことは。ただルシア皇女のことは何も知らず、合わせる先が無いだけです。」
「はっきり言うのね…。私のことには一切興味がないってことね。」
「いえ、俺には彼女への興味しかないのです。自分も含め、他は全て同じに見えますので。」
「随分と盛大な惚気ね…。いいわ。一度だけあなたと踊りたくて無理を言ったのは私だから。こんな私に付き合ってくれてどうもありがとう。」
どこかスッキリとした表情でルシアは微笑んだ。
「エルザのこと、悲しませたら承知しないわよ?」
「肝に銘じておきます。」
そんなやり取りをした後、正確さだけが際立っていた彼らのステップには少し余裕が生まれ、柔らかな雰囲気のものへと変わっていった。




