ドレス
「とてもお美しいですよ、エルザ様。」
「ありがとう、ルル。」
そう言った私の髪は、今着ているプリンセスラインのドレスに合うように、ゆるく巻かれた状態でサイドを編み込まれ、そのままハーフアップにされている。
この髪型は、ドレスの可愛いらしい雰囲気ととてもマッチしている。それを更に引き立てるように、ピンクと白の小さな花を頭に飾りつけている。
アクセサリー類はすべて小ぶりで華奢なものを選び、全体を可憐な雰囲気でまとめ上げた。
そう、今日は収穫祭パーティー当日だ。
今日は学校が休みで、夕方からパーティーが開かれる。
ルルが一生懸命私の身支度を整えてくれている。それはもう鬼気迫る勢いである。
「でもこれちょっと可愛らし過ぎでないかしら??」
普段の私の雰囲気とは真逆の装いだ。たしかにエルザは可愛らしい系の顔立ちなので、大変良く似合っていると思うが、性格は自分のままなので、違和感が半端ない。
「そんなことはございませんよ。エルザ様の愛らしさを存分に引き立てている、素晴らしい装いですわ。」
まぁ確かに、話さなければ立派なご令嬢だわ。今日はなるべく話さず、メンシスに任せよう。うん、そうしよう。
「エルザ様、オルド様がお待ちですよ。」
身支度を整えた私は、ルルに連れられ、玄関ホールに向かった。
そこには、正装に身を包んだ、貴公子の如くオルドが微笑んで立っていたのだった。
それを見て、一瞬固まるエルザ。
は!あの格好、、まさか、このまま一緒に乗り込む気じゃないわよね、、、??
思わず疑ってしまう。
オルドは自分がエルザのパートナーを務めたいと散々駄々をこね、その度にエルザが、学院の決まりですから、ね?と優しく宥めすかし、栄誉ある1番最初のエスコートである屋敷から馬車までの道のりをオルドにお願いするという話でなんとか落ち着いたのだった。
そう、それは、どんなにゆっくり歩いてもたかが数十秒のほんのわずかな距離である。
それなのに、この兄は滅多に袖を通さない正装を全力で纏い、髪型も完璧に仕上げて来たのだった。それは、謁見の間に呼ばれてもすぐ馳せ参じられるほどの格好だ。
エルザの到着に気付いたオルドがゆっくりと彼女の方を向く。
エルザを瞳に映した瞬間、そのエメラルドグリーンは更に輝きを増した。
「エルザ、今宵のお前はなんという美しさだ。その可憐さに、その儚さに、全ての者が魅了され、全て思うままと出来ることだろう。いやしかし、他の者には見せたくないくらい、魅力的な姿だな。もう一層のこと今宵のパーティーを潰してしまおうか。」
一気に放たれた、オルドの美辞麗句砲にいろんな意味で目眩を起こすエルザ。
だめだ、ここでやられるわけには、、、
戦場の騎士の如く、己を奮い立たせる。
「ありがとうございます。お兄様にそんな風に言ってもらえるなんて私はとても幸せですわ。」
その言葉に満足そうにオルドが頷いた。
そしてその場に跪き、胸に手を当て、もう片方の手をエルザへと差し出す。
「今宵、女神のように美しい君を馬車までお連れする、最も誉高い役を、どうしようもなく君に囚われている愚かな僕に与えてはくれないだろうか。」
「えぇ、喜んで。」
エルザはそう言って微笑むとオルドの手を取った。
その瞬間、自身の令嬢スイッチをオンにする。メンシスがどんなにカッコつけて来ても負けないわよと気合を入れながら。
馬車に乗り込む直前、オルドは中々手を離さず、そのまましばらくエルザのことを見つめていたが、ルルによってべりっと引き剥がされた。そのおかげで、エルザはなんとか無事に馬車に乗り込むことが出来た。
いつもと同じ学院までの道のはずなのに、陽が落ちているせいか、これから始まることに期待をしているせいか、エルザの胸の高鳴りが収まらない。
落ち着かない気持ちのまま、馬車は目的地に着いてしまった。
御者の手を借りて地面に降り立つと、すぐ目の前にメンシスが立っていた。
いつもは無造作にしている襟足が少し長い銀髪を綺麗に整え、後ろに撫で付けている。前髪を上げている影響で、ヘーゼルナッツ色の瞳がより目立ち、印象的に見える。
その彼は、光沢のある黒に近いネイビーの上下を着ており、中のシャツは白、ベストは差し色としてボルドーを使っている。所々に銀色の刺繍がしてあり、シンプルながらも貴族らしさが全面に出ている。
メンシスの瞳が目の前のエルザを捉える。
あまりの美しさにはっと息を呑む。しかし、最初に言葉にしたのは用意してきた美辞麗句ではなかった。
「なんで、ドレスの色が変わっているんだ。」
片眉を吊り上げ、美しいその顔を歪ませながらメンシスが言った。
エルザのドレスは、パステルカラーのカラフルな小花柄の生地の上に、白のシルク生地が重ねて付けられており、透けて花が見える春の妖精のような雰囲気のものだった。
彼女は、メンシスに、ボルドーのドレスを着ると言ったことをすっかり忘れて、ルルの勧められるまま、このドレスを着て来てしまったのだ。
あああああああああ!!!
やってしまったああああああ!!
ようやく事の重大さに気付いたエルザは口を押さえて悲鳴を上げた。




