殿下の本気
朝教室に入る前のエルザ嬢を待ち伏せて声をかける。
「おはよう、エルザ嬢。」
「おはようございます、殿下。」
「今日の髪型、似合ってるな。」
「ふふ、ありがとうございます。」
ランチ後、カフェテリアの出口でエルザ嬢を待ち伏せて声をかける。
「今日は気持ちの良い天気だな。」
「そうですわね。」
「外でランチもたまには良いかもな。」
「いいですね。」
放課後、停車場の手前の小道でエルザ嬢を待ち伏せて声をかける。
「今日はエルザ嬢とたくさん話せて良い1日だった。」
「ええ、こちらこそ。それではごきげんよう。」
「あぁ、また明日。」
そんなやり取りを続けること1週間。
クレメンス殿下は焦りまくっていた。
「なぜだ、、こんなに分かりやすく好意を持って話し掛けているのに、なぜ彼女に伝わらない。。」
生徒会室の机の上、両手を組んだ上に頭を預け、項垂れている。
それは遡ること1週間、薔薇ジャム騒動の翌日、エルザの勘違いについて、アイザックからの調査結果を聞いたことがきっかけだった。
「要するに、エルザ嬢は、初見で自分に軽くプロポーズしてきた殿下のことだから、他の女性にも見境なく声を掛けているのだろうとそう思っていらっしゃるそうです。」
はぁーっとため息を吐きながらアイザックが言った。
「な、なんだそれは!こんなにも、ただひたすらに、エルザ嬢に心惹かれ、彼女にだけ思い焦がれているというのに。」
「はいはい、そういうのは私にではなく、エルザ嬢に直接言いましょうね。」
エルザに伝える場面を想像して、思わず顔を赤くする殿下。
おいおい、あなたいくつだよ、、。
アイザックは心の中で毒づく。
「殿下、誤解を解かないともう後がありませんよ。エルザ嬢に積極的に話しかけること。そうですね、とにかく褒めまくってください。殿下の言葉で彼女が照れるようになって初めてスタートラインに立てるのです。まずは1人の男として意識してもらう努力をしましょうか。」
そして冒頭の奇怪な行動の話に戻る。
「どうしてそんなストーカーみたいなことを、、。まったく口説いてないですし。毎回待ち伏せられて、怖がらなかったエルザ嬢の女神っぷりに脱帽するばかりですよ。」
「いや、ちゃんと髪型を褒めたし、外でランチする話だって、あれは誘い文句だった。たくさん話をして楽しかったなんてもう愛の告白みたいなものだろう?」
なのになぜ、、
そう言って更に項垂れる殿下。
そんな言葉に喜んでドキドキするのはせいぜい5歳くらいまででしょうに。
殿下ともあろう方が、美辞麗句くらいすらすらと述べられなくてどうするのか、、。
「エルザ様の兄上は、あのオルド様ですよ?妹君であるエルザ様に息を吐くように、ありとあらゆる褒め言葉を掛けているのです。そんなのが隣にいたら、殿下の言葉の数々なんて、なんの意味も持たないでしょうね。」
「くっ、、、。あんな奴と比べられたら無理に決まってるだろう。あんな美辞麗句の嵐、普通の人間に言えるものではないわ。あいつは頭がおかしい。」
そう言いながらも、悔しそうにする殿下。
「エルザ嬢のハードルが高過ぎるのだ。アイザック、いくらお前でも、彼女に意識してもらうのは至難の業だと思うぞ。」
自分が出来ないわけじゃない、相手のレベルが高過ぎるのだと言い訳を始める殿下。
「そうですねぇ、、」
そう言いながら一歩殿下に近づき距離を詰めるアイザック。
殿下の髪をそっと彼の耳に掛けながら、耳元に口を寄せてアイザックは囁く。
「あの時、一目見て君に心惹かれたのは紛れもない事実だ。今は信じてもらえなくてもそれでいい。その代わり、これからは本気で、私の言葉と行動で君を口説き落とすから。いいね?」
強い言葉とは裏腹に、手を殿下の頬に添えたまま、妖艶な笑みと熱のこもった視線を殿下に向けるアイザック。
一瞬固まる殿下。
「う、うわあああああああああ!!!」
彼の悲鳴が生徒会室に響き渡った。
アイザックのデモンストレーションは、恋愛初心者の殿下には刺激が強過ぎたらしい。