守りたいもの
目の前に男がひとり、そのすぐ後ろにもうひとり。他に仲間は、、うん、いなそうだ。
観光シーズン且つ天気の良い昼下がりの今、観光客で賑わっているのは、湖面上か、乗り場の向こう側にある土産物があるエリアだけだ。
ボートが全て出払っている今、周りに人の気配は無い。係の人も休憩中のようで出払っている。
と、私は冷静に周りを見て状況を整理する。
メンシス達が戻ってくれば簡単に追い払ってくれるだろうけど、距離があるから難しいかな。。
となると、、
自分でやるか。
高位貴族の令嬢は身代金目当ての誘拐犯に狙われることが多く、その身を自分で守れるよう最低限の護身術を身に付けている事が多い。
もちろん、私もその例外ではない。
いや、私の場合は違う方向に例外かも…
あの、シスコン大魔王の監修の元、数年に渡って、ルルの猛特訓を受けさせられたのだ。もし万が一何かあったとしても、相手を打ち負かせられるように、と。
それってもう護身術じゃなくて戦闘術だよね??
思い出すだけで今も涙が込み上げてくる。。
思わず涙で目をを滲ませてしまった私を見て男が楽しそうに笑う。
「怖がっちゃって、かわいそうに。俺たちは一緒に楽しいことしようって言ってるだけなんだ。へへへっ。」
うっわ、、気色悪ッ
一気に涙が引く代わりに、全身に鳥肌が立つ。
いくら戦闘術なみの護身術を身に付けているとは言っても、さすがに力では負ける。最初の一手は、相手が油断しているから、完璧に入れられると思うけど、問題は二手目。
ちらりと、エミリアとアリスを見る。ふたりとも怯えた様子で声もなく固まっている。
これじゃ難しいかな、、。
そう思い、安全にこの場をやり過ごすためにシュミレートを再度頭の中で行う。
やっぱり、誰か来るまで、話しかけて時間稼ぎをするか、、
エルザが頭の中でそう結論付けた時、視界に男の腕が飛び込んできた。
その腕はエミリアに向かっていた。
はぁっ?
何が起きているか認識した瞬間、
エルザの中でプチっとキレる音がして理性が飛んだ。
私の可愛いエミリアに触れるなあああああ!!
エルザは、込み上げてきた激情のまま、ボートに近付いてきた男の腕を取って捻り上げ、そのまま湖に落とすように体重をかけて力を込める。バランスを崩した男は派手な音をたてて湖に落ちた。
が、男はすぐに這い上がり、ボートに乗り込んで来た。片手にはナイフが握られている。
「女のくせになめやがって、良い度胸だなぁ。あぁ??しっかりお礼してやるよ。」
ナイフをちらつかせてドスの効いた声で脅してくる。
さすがにナイフは厄介ね、、
緊張で額から汗が流れる。
でもだからと言って、黙ってやられてやるわけにはいかない。目の前には何よりも大切な友人がいるの。だから、諦めて心を折るなんて、そんな自分絶対に許さない。私が守るんだから。
恐怖心で心を支配されないよう、精一杯の虚勢を張る。
エルザは男を見据えたまま、静かにゆっくりとドレスの下に忍ばせていた暗器に手を伸ばす。
こんなの絶対いらないです!と言ったのに今回、出発前に兄に無理やり押し付けられたのだ。まさか、日の目を見る日が来るとは、、。嬉しくない誤算だ。
エルザは、男に気付かれないように、身体の後ろでナイフを握る。そのままゆっくりと腰を低くし、構えの姿勢を取る。
タイミングを図るため、
心の中で3つ数を数える。
いち、にぃ、
「うぎゃあああああああ!!!」
数え終わる前に男が絶叫した。