不穏
「何が悲しくて、男2人でボートに乗らないといけないんだ、、はぁ。」
盛大にため息を吐くマルクス。
言葉とは裏腹に、オールを持つ腕は規則的に正確に動き、せっせとボートを動かしている。
「それはこっちのセリフだ。」
漕ぐ気が一切ないメンシスは、両腕を頭の後ろで組んだまま面白くなさそうにしている。
「はいはい、相手が愛しのエルザちゃんじゃなくて悪かったな。」
メンシスがじろりと睨む。
それに全く動じないマルクスは、半ばやけになり、鼻歌交じりでボートを漕いでいる。
「で?お前何を企んでいる。」
「別に何も?まぁ、今回の旅行はあの2人にお願いしたんだけどね。それ以外はもう何もやるつもりはないよ。だから自分でどうにかしてね。」
「言われなくても、自分のことくらい自分でどうにかする。」
「は。。」
マルクスは綺麗な茶色の瞳をパチクリさせて固まる。その姿はどこか幼くも見える。
メンシスが認めた。
その事実にただただ驚愕するマルクス。
「お前、素直になったな。」
思わず素でメンシスに言う。
「知らん。」
しかし、返ってきた言葉は素っ気なかった。
メンシス達の乗るボートよりもずっと後方にエルザ達はいた。
後方というより、ボート乗り場のすぐそばといった方が正しいだろう。
基本的にボート乗りはデートで楽しむもの。ボート漕ぎは男性に任せ、女性はのんびりと景色を眺めて楽しむのが一般的だ。
ということで、ボートを漕ぐことに慣れていない彼女達は、乗り場でそのまま浮かんで、おしゃべりに興じている。
「メンシス達、ずいぶんと遠くまで行ったのね。すごいわ。」
エルザが目を細めながら言う。
「というより、マルクス様がですかね?おひとりで必死に漕いでいるように見えますわ。」
ふふと笑いながらアリスが言った。
「あの2人、ほんとに仲が良いわね。対等に話している感じ、少し羨ましいわ。」
エミリアもアリスも仲良しで大好きな友人だが、やはり身分差もあって気を遣われてしまう。だから、男同士のすこし雑なやり合いを見てて羨ましくなったのだ。
エルザの言葉を聞いた2人はなぜか、一瞬頬を赤く染め、次には!っと青くなり、最後は気合の入った顔になった。
「そ、そうですわよね!私メンシス様に言ってきますわ!」
「気付かなくて申し訳ありません。私もマルクス様にもう少し控えて頂くように相談して参ります!」
「え、、、?2人ともどうしたの?」
エルザの声は2人には届かず、思い切り勘違いをされたのだった。
その後も引き続き、乗り場のそばでボートを止めたまま話をしていると、知らない男たちに話しかけられた。
「お嬢さん達、ボートを漕ぐのを手伝ってやろうか?遠慮しなくていいぜ。」
声の主の方を見ると、ニヤニヤと下品な顔の男が私たちを見ていた。