多幸感
「いや、殿下と婚約って何の話よ?私、クレメンス殿下とは謝罪の言葉ひとことしか交わしたことないわよ。」
「なんだよ謝罪って。殿下にも何かやったのかよ。。」
「『も』って何よ。初対面で顔も知らないのにいきなり求婚してくるから、混乱してその場から逃げてしまっただけよ。もちろん、後日誠心誠意謝罪をして了承を得たわ。」
「あぁ、それであんな噂が…」
「え、、、噂って、、??」
「いや、なんでもない。」
「とにかく、私は殿下の婚約者でもなんでもないの。頼る相手も友達もいないから、自分で自分を守るために、まずは勉強を頑張るって決めたのよ。にしても、ふふふ。」
思わず笑みが溢れてしまった私を見て、さっと目を逸らすメンシス。
うわ、思わず笑ってしまったら引かれたわ。。
まぁ、今更か。
「いきなり笑ってしまってごめんなさい。気味が悪かったわよね、、入学して初めて他の人とこうやってお話できて嬉しくなってしまってつい。。ふふ。」
楽しくて仕方ない私は、顔が綻ぶのを抑えられなかった。なんてことない会話だけど、誰かと話すってこんなに楽しかったんだ。
「あ、邪魔してごめんなさいね。読みたい本は手に入れられたから、失礼するわ。」
「あぁ。」
だんだんと恥ずかしくなってきた私は適当に理由を付けて退出することにする。
図書館を出た私は、多幸感に満ちたままルンルン気分で停車場に向かった。
この時、エルザは気付かなかった。
軽い足取りで少女のように歩いている姿を見ていた、金髪と銀髪に。
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「殿下、いつまでそこにおられるつもりですか。」
大きなため息とともにアイザックが問う。
「か、かわいい。。なんて可憐なんだ。歩く姿だけでこんなにも私を魅了するとは、なんと末恐ろしい女性だろうか。」
「はいはい。私は、こうも自然に後をつけて覗き見している殿下の方がよほど恐ろしいですよ。」
今2人は図書館の入り口から少し離れた木々の陰に潜んでいるのだ。もちろん偶然などではない。廊下で見かけたエルザをしっかりと追いかけてきた。
「殿下、公務に遅れます。はやくその締まらない顔をどうにかしてください。恥ずかしくて連れて行けませんよ。」
「はぁ、、妖精のようだ。。」
心ここに在らずの殿下をちらりと見やり、もう何度目か分からないため息を吐く。