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三話 喪失

三話 喪失


 まさか、コイツと一緒に飯を食う日が来るとは、と思いながら僕は司祭の家で食事をとっていた。

 「…マズ」

 そう呟くロネ。普段から食べ慣れている、簡単な豆のスープなのだが。

 「領主殿のご子息は舌が肥えてていいねぇ」

 そう嫌味を言うと、ロネはぎらっとこちらを睨む。

 「元々この村の教会には蓄えが少なかったのですが、この騒ぎでそれも尽きてしまいまして」

 老いた司祭がロネに頭を下げる。それを見たロネは慌てて謝る。

 「いや、心無い言葉を言ってしまって、申し訳ない」

 「いえいえ。しかし、ロネ様とリェム君が一緒とは…やはり、ユアさんの件ですかな」

 この司祭はこの村の最高齢だ。そして、同時に僕が知る限りでは、この村で最も教養のある人物でもある。

 「じいさん、何か知らないか」

 老司祭は首を振る。ロネは肩を落としてため息を吐く。だが、僕にはもう一つ質問が残っている。

 「もう一つ、聞かせてほしい。もしかしてだが、あの犬、魔物じゃないのか?」

 「魔物だって!?」

 ロネはガタンと音を立てて立ち上がる。司祭も目を見開いている。

 「あの化け犬は明らかに強すぎたし、頭を潰しても死ななかった」

 「伝説に曰く、魔物はもっとも弱きものでも人の手に負えるものではない、と。確かに、そうであるのかもしれんが、生憎とあの化け物の亡骸は既に燃やし祓いの儀を済ませた後じゃ。確かめる術はない。

 しかし、それとユアさんの失踪になんの関係が?」

 「…先代の、200年前の勇者様の話を、アメロのおっさんから聞いたことがある。その中にあったんだ、魔物の瘴気で狂っちまう男の話が」

 「…まさか」

 「そうだ。ユアは魔物の瘴気に当てられて、我を失ってるんじゃないか?

 僕が知っているのは、ちょっとしたお話だけで、詳しいことは分からない。だが、じいさんなら、僕より勇者様の教えを知っているはずだ。だから、聴かせてくれないか。魔物について、もっと知りたい」

 司祭は少し目を閉じて厳しい表情を見せたあと、分かった、というように頷く。


 魔物。

 それは闇の力を用い、他の生物と敵対する何者か。教団の教典にも、悪魔の一派と記されている。

 闇の力は、多くの生物にとって有毒であり、その瘴気に当てられた者は心身に不調を覚え、最悪の場合、正気を失い、最終的に魔物と同じ存在に成り果ててしまう。

 司祭の話を聞いた僕は礼を言って、外に出る。後ろからついてきたロネは僕に尋ねる。

 「ユアさんを、助けに行くんだな?」

 「もちろんだ。最悪、殺してでも」

 時間がない。ただの行方不明なのか、闇の力に侵されたのか。まだどちらか分からないが、急がなければ。

 (ユアがいる場所なら心当たりがある。しかし、魔物の力で暴れられたら、今の僕に抑えられるか?)

 アメロのおっさんの装備を使えば、万全ではない今の僕でも少しは戦えるだろう。それに、ユアは狂気に呑まれて我を完全に失うほど弱くはないはずだ。

 「俺も行く。たとえ弱くても、俺は、俺は逃げてばかりの自分でいたくはない!」

 ロネは僕の背中向けて叫ぶ。

 僕は今も、コイツのことはあまり好きじゃない。だが、意外と悪いやつではないのかもしれない。

 コイツなら、きっと。そう思って、僕は振り返る。

 「なら、来い。僕が倒れた時、お前が残っていれば、何かできることがあるかもしれないからな」

 「ああ!」

 「でも、せんになったら距離を取れ。足手まといになるだけだからな」

 雨がまばらに降る中、人生とは分からないものだ、と思いながら僕は歩みを進める。


 村の近くの小高い丘に登る。道は細く、あまり手入れされていないが、僕にとっては 歩き慣れた道だ。後ろからついてくるボンボンは既にボロボロになっているが。

 「なあ、リェム、本当にこんなところにユアさんが?」

 「ああ。よくここで遊んだんだ。あの頃は、おっさんも元気だった。

 特に、ユアはこの丘のてっぺんが気に入ってて、だから、いるとしたら、多分ここだ」

 「そうか。なあ、リェム。ユアさんが無事見つかったら、彼女についてもっと教えてくれないか?」

 「断る。好きなら自分で聞け」

 「…だな」

 登り始めて半刻(本当ならもう少し早く着けるのだが、ボンボンの体力に合わせてやった)。

 丘のてっぺんは少し開けている。その真ん中に、ユアがうずくまっている。

 その姿を見て、寒気が身体に走る。やはり、そうか、と思いながら、僕はユアに声をかける。

 「ユア、迎えに来たぞ」

 次の瞬間、ユアがこちらを向く。

 「り、ェむ…?あ、アア…」

 その顔には、紫色の線がツタのように広がっていた。

 「アアアァァッ!」

 「離れろ、ロネ!」

 即座に短棒を引き抜き、ユアの拳を捌く。

 ユアは飢えた獣のように、目を血走らせ、歯を剥き出しにしてこちらを睨んでいる。

 「手加減してる余裕無ぇ、な!」

 もう片方の単棒を抜く。この二本の僕は、アメロのおっさんの遺品だ。一級品とまではいかないが、材質はかなり丈夫だ。

 (やはり、魔物の瘴気にやられていたか。でも、まだ人の形を保ってる)

 ならば、消耗させて、魔物の毒を抜くしかない。僕は攻撃を捌きながら、間隙を縫って打ち込んでいく。

 「とんでもなく強え、お前ホントにユアなのか!?」

 ユアはあまり力が強い方じゃない。おっさんが教えていたのも、主に反撃技だった。そのユアが今、受けるだけで骨が軋む打撃を次々と放ってくる。

 こんな状況なのに、笑みが溢れる。これが闇の力か!こんなに手強い相手は、生まれて初めてだ!

 ユアの動きは素早い、それに力強い。突きに蹴りと、全身を十全に使って戦っている。

 だが。

 (正気じゃないからだろうが、力任せで単調な動きだ。だんだん見えてきたぞ)

 僕は隙を突いて、右脚で前蹴りを放つ。つま先がユアの腹に突き刺さる。

 だが、痛みなど感じていないと言わんばかりに、ユアは強引に動き、僕をそのまま突き飛ばした。即座に体勢を立て直し、棒で攻撃を捌こうとする。

 「なっ!?」

 棒の片方がへし折れてしまった。気を取られた隙に、僕は腹に突きをもらってしまった。

 鋭い痛みが走る。化け犬にやられた傷が開いてしまった。

 血の味がする唾をユアの眼に吹きかける。視界を奪われ、一瞬、ユアの動きが止まる。次の刹那、僕は木の水筒を出し、中に入っている痺れ薬を全部ユア目掛けてぶちまけた。

 「戦いは、腕力比べじゃないんだよ!」

 僕は再びユアとぶつかる。痺れ薬の効果か、ユアの動きが大幅に鈍くなっているのが感じられる。

 ただ、動きが鈍っているのはこちらも同じだ。傷の痛みに、積み重なる疲労。だんだん攻撃を捌ききれなくなり、攻撃をいくつかもらってしまう。

 「うぐっ、ユア…」

 だんだん視界が霞んでくる。出血も酷くなってきた。あと数発もらったら、僕は動けなくなるだろう。

 ここまでか、と思う。だが。

 「お前を…助ける、おっさんとの、約束…だ!」

 ただで倒れてはやらない。僕は棒から手を離し、ユアの両肩をしっかりと掴む。

 「帰ってこい、ユア!」

 そして、そのまま全力の頭突きをユアに食らわせた。

 その瞬間、全身から力が抜け、僕は地面に崩れ落ちた。瞼が重い。だが、目の前を見て、ハッとする。

 僕と同じように、ユアも倒れている。その顔は穏やかで、さっき見えた紫色の線も見えない。

 雨が強くなってきた。ドロドロに崩れてしまいそうな身体を起こし、ユアの近くに寄る。

 闇の力に侵され、乱暴な戦い方をしたせいだろう。その身体はボロボロになっていた。だが、まだ生きている。

 「大丈夫か、リェム!それに、ユアさんも!」

 ロネが駆け寄ってくる。きちんと離れて、戦闘が終わるのを見ていたようだ。

 「大丈夫なワケねぇ…」

 「傷薬ならある!早く手当を!」

 「僕はいい。ユアを…早く」

 ロネはユアに傷薬を飲ませる。だが、傷はすぐには治らないし、強い雨に打たれて身体が冷え切ってしまえば、助かるものも助からない。

 だから、ユアを村に連れていかねばならない。一刻も早く。だが、僕の身体は、もう動かない。攻撃を喰らいすぎた。それに、たくさん血を流してしまった。

 ロネは貧弱だ。二人も人間を運べるわけがない。だが、身体の軽いユアなら、全力を出せば無理ではないはずだ。

 「ユアを、村まで連れて行け」

 「…でも、お前は」

 「後から、行くから…ユアを、頼んだ」

 ロネは僕の意図を理解したらしい。ユアを背負うと、頼りない足取りで、遠ざかっていく。

 一応、ロネが置いて行った傷薬を口に運ぶ。フラフラと立ち上がり、木の下に入って雨を凌ぐ。

 身体が重い。そして冷たい。僕は、このまま死ぬのか。

 ふと、左腕に焼けるような痛みを感じる。見ると、ユアの顔にあったのと同じ紫の筋が幾つも走っている。

 「もう、ユアに手を出させはしない」

 左腕に強い熱を感じる。最後の力を振り絞って、僕は村と反対側の斜面へと向かう。雨でぬかるんだ地面に足を取られて、視界がぐるりと回る。そこで、目の前が真っ暗になり、僕の意識は途絶えた。

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