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Take me to the moon

作者: 森川めだか

(何で殺されると分かってる人を地に使わしたんだろう)


Take me to the moon


 腐乱死体があちこちに転がっている、ブンブン、蠅が空中で円を描いている。そんな夢を見た。

「フランベしますか?」

(いぬ)(かり)陽子(ようこ)はナフキンで口のさっきのソースを拭いた。家族でレストランに来ている。

ローストビーフの波を陽子はフォークで刺した。

もうすぐ夏になる。

焼け落ちたような空。

もう夏の虫が鳴き始めている。

あかねからLINEが来た。

「切っときなさいって言ったでしょ」

たちまちお母さんからお叱りが来た。あかねは小学校からの付き合いだ。特別、仲がよかったわけではないのだがこの春、中学で同じクラスになったので仲よくしている。

「間違っても写真なんか取らないでね。その約束でスマホ与えたんだからね?」

表向きは物分かりの良い母だが、私も聞き分けがよいのは表向きだけだ。

ボウッと目の前で炎が上がる。「ほら、来た」パシャッ。父が写真を撮る。

次は隣り合って座る仲の良い母子だ。陽子は大急ぎでローストビーフを口の中に入れこすれる程強くナフキンでまた口を拭い、顔を向けた。

 外に出ると、ステップワゴンに乗る。

愛し合っている「ママ」と「パパ」の運転する、仲の良い家族のレストランからの帰り道のドライブ。ちょっとめかしこんで、今日は幸せな日。

今時流行りの黒のシアー地、腕が透けて見える。自分で言うのも何だが細い腕だ。黒に包まれて何だかかわいそうな腕だ。

「もうすぐ夏になるんだね」

私の声はどこへともあてなく消えた。

「私はお祖母ちゃんにレストランに連れて行ってもらったことなんてなかったんだから」

またお母さんのお祖母ちゃん話が始まった。お父さんはそれからお母さんを助け出した「英雄」なのだ。

私はお祖母ちゃんが好きだ。放埓な人だけど私に似ている気がする。

隔世遺伝だろうか?

「私はお祖母ちゃんにそう育てられてきたからねえ。陽子、幸せよ」助手席からお母さんが振り向いた。私は目を合わせなかった。

きっとあかねからのLINEはまた杉村先生のことだろう。早熟(ませ)なのかままごとなのかあかねは今、杉村先生に「恋している」ことに夢中だ。校内でも一緒にいる姿を見かける。

あかねが一方的に付いて回っているだけなのだが。

反抗するのを許されない雰囲気が何だか我が家にはあった。

だから私は髪をかき分けるのにもLINEを見るのにも少し遠慮する。

それはお父さんも、とりわけお母さんが都合のいい子を望んでいるのを私自身が感じているからだろう。


 陽子の中学校での座席の机の上には誰か上級生が書いていったのか、YHWHと落書きが彫られている。

陽子は美人なのでクラスの中でも目立つグループに入れられていた。その方が学校生活も楽しかった。

杉村先生は英語の先生で若い。それに恋に恋するあかねが飛び付いたのだ。

陽子は学内で問題にならないか他人事ながら気になっていた。

スモールスクールだったからその噂はすぐに広まった。だが、中一の男子なんてまだ男の子だから生徒内ではさして問題視されていないようだった。

陽子は落ち込んでいた。先日のテストでアルファベットの小テストがあったのだが、大文字のIをⅰと書いてしまったのだ。なぜ、そんな事を度忘れしたのか。とにかく、あの時は思い出せなかった。テストが終わってすぐに思い出したのだが。

陽子は学校でも一番と美人だった。蝋細工のような肌。高い鼻はお祖母ちゃん譲りだ。

菜種梅雨なのかこの頃、雨が多い。今にも雨が降り出しそうなどんよりとした空気。明るいクラスが私は好きだ。

私たち目立つグループのいじめターゲットにパセリがいた。いつも添え物のように目立たないグループの端っこにいて、そのグループからもおミソにされている。

強い者がいて、甘んずる者がいて、弱肉強食で自分の立場を再確認する。ゆるがせにできない事実だ。

キリストは何をやっていた?

子山羊の群れ。子山羊の群れが黒板の前を通って雨の中の窓を越えていく。

杉村先生ではない先生が入ってきた。クラスは一瞬、静まった。皆が席に着く。

 放課後、また杉村先生とあかねが二人きりで隣り合っているのを目撃した。階段にもたれかかって二人の後ろ姿だけだったがあかねが何か相談し、杉村先生が仕方なくそれに付き合っているという感じだった。

杉村先生は別にかっこよくはないのだが、あかねにしてみればそんなことをしてる自分が周りと比べて「かっこいい」のだろう。もうとっくにみんなからは見透かされ愛想を尽かされているのが分からないのだ。

 ここ、岡抜(おかぬけ)の地ではカミキリムシはアカムシと呼ばれる。アケムシが訛ったものだ。幼い頃は全然赤くないのにどうしてだろう、と思ったものだ。そんな虫たちももうすぐ出てくる。

バブーシュを履いた誰かの靴が、踵が。先を往く。

空も桜色だ。

サラダの匂い。いくつものドレッシングが混ざって。

あかねは私に煙草を教えた、代わりに私はあかねに酒を教えた。

早く夏にならないかな。


「好きと言って。最初に好きって言われる人が先生じゃないと嫌だ」

「僕が何をしたって言うんだ?」


 私のクラスにはADHDの子がいた。授業中じっとしていられないのだ。

私はこの子のようになりたくないなと思う一方でこの子のように甘えられたらどんなにいいだろうなと思う。

「だってしょうがないじゃない」私は病院に入れられるだろう。そして病院で一生を過ごすのだ。

海の中で窒息するように今私は窒息している。このやるせない日々に。

「いじめられるの好きだしねー」また私の友達がパセリの噂話をしている。

母から娘に、娘から母に、まるで復讐だ。

私は学友の目も無視してパセリに声をかけてみることにした。

「キリストって何で死んだと思う?」

「それは・・はりつけにされて・・」急に目立つグループの人に声をかけられどぎまぎしているようだ。

「そうじゃなくて、」

やめなよー、陽子、と声がクスクス笑いと共にする。

私が疑問を口にすると、パセリはちらっと目を見て、「そんなの・・」と口ごもりながら、「かわいそうだと思ったけど・・、あなたは愛を伝えに行きなさい・・、やっぱり死が恐い・・?、とか、じゃないですか」すぐに俯いてしまった。

「ああ、そうか」陽子はそう言ってすぐにパセリの席を離れ自分の席に行った。

少しパセリを睨むようにした。


 これじゃあ全く逆だ、杉村先生に言い寄られている。

「あかねくんのことなんだけどね」

人目のつかない放課後のバスケットゴール裏。

「何で私なんですか?」

「君は馬鹿じゃないだろ?」

そう言われると私は黙ってしまった。

「僕は学内審議にかけられそうでね。そんな馬鹿馬鹿しいことはないんだが今は世間の目も厳しくて僕とあかねくんの、ね?」

「ああ、」

「僕は殺したいほど憎んでるんだよ」

杉村がそんな事を言うとは思わなかった。何となくナヨナヨして優柔不断そうだったからだ。

「すぐに心臓が止まるわけじゃない」

「はあ」

「君から何とか言ってもらえないかと思って。無理な相談だったかな。僕には子供らの言葉は分からないから」

教師がそんな事を言っていいのか、と思ったがその場は陽子は何とか切り抜けた。


「友達なんか馬鹿馬鹿しい」あかねに言ったらこれだ。

「陽子、嫉妬してんじゃないの?」

これで絶交だ。

「私、嫉妬なんてしてないよ」

「なら、いいよ」

あかねは髪を振り上げて行ってしまった。


 人生の岐路というのはさり気なく横たわっている。

「私はお祖母ちゃんにそう育てられてきたからねえ」

「そうよね。お母さんはそう育てられたんだから」私は何に頭に来ていたのか言い返してしまった。

「何その口の利き方、陽子!」

「ミニママにしたいだけでしょ」陽子はこれ以上、歯止めが利かなくなるのを恐れて自分の部屋に向かった。

階段を上がる陽子を母が追いかけてきた。

「お母さんは人に気を使わせる!」

「何、怒ってるのよ、陽子ちゃん、もっと話してごらんなさい」

「いい加減にしてよ!」自分の部屋に入る前に母にドアを押さえられた。

「陽子ちゃん、私の何が気に障るの? お母さんに話してみて」

「何で私をbeardしたの?」

「beared」すぐに母が切り返した。

「私はお祖母ちゃんにそう育てられてきたから、お母さん陽子のことは何でも聞くつもりよ。私はお祖母ちゃんにそう育てられてきたから、お祖母ちゃんを反面教師にして・・」

「逆に・・」

「逆に、なんて汚い言葉使わないで」

私は母の手を振り払って自分の部屋に入ろうとした。階段の上でもみ合うような形になった。

圧された。背中をトンと階段に向かって。グラと揺れて自分の顔が真っ青になるのを陽子は感じた。

危うくバランスを取り直すと、母は艶やかに笑った。気持ち悪い笑い方だった。

「私はお母さんの所有物じゃない!」母の体をドンと押し返し自分の部屋に入った。


 私も子供ができたら「お祖母ちゃんにそう育てられてきたから」と言うようになるのだろうか。

沈黙こそ全て。

沈黙が動く。

きっと下では「陽子が反抗期になった」と父と母が笑っているだろう。

眠られず、窓から外を見た。まだ冷たい夜風が頬をなぶる。

なつかげに近づいて。

短い命だ。鳴け! 蛍。

陽子は新聞紙を棒にして煙草を吸うためのライターを持ち出して階段をそっと下り、バレないように外に出た。

火事のニュースの度、「逃げられないものなのかしらねえ」と母が言っていた。

全てが小気味よく回っている。

古いカナリヤが鳴いている。

ひとしきり迷った後、陽子はやはり火をつけた。アカムシのように。

縁の下に投げ込んだ新聞紙は面白いほど煙を立て、待っている間に家が煙に包まれていった。火はまだ見えない。

パチパチと何かが爆ぜる音が聞こえる。

風に乗って火事の匂いだ。

ドンと何かが内から窓に倒れ込む音が聞こえた。ウッドデッキの方へ回ると蛇のように手が突き出ている、窓の奥で。お母さんのだ。

陽子の腿を血が伝った。初潮である。

家の前にある公園には誰もいない。夜だ。

自分の運命と合致した瞬間だった。

無意識の鐘がborn、born・・と鳴った。

不思議なことに火が初めて出てきたのは二階の陽子の部屋からだった。中には火が回っているのに違いない。

表に人が集まってきた。「犬狩さんの・・」誰かが通報している。もうサイレンが聞こえてきた。

二人の遺体は目が凹んでいた。

「私が火をつけました」

三角ゴミ受けをひっくり返したような臭いがした。


 陽子の事件は「平凡放火事件」として有名になった。陽子が動機として「平凡だから」と言ったのがクローズアップされたのだ。

「当該生徒は・・問題もなく・・友達も沢山・・」困り切った校長の会見。

「あんたら何も知らんじゃないか」ワイドショーの取材にそう言ったのは杉村だけだった。

「私、死刑になるんですか。死ぬのやだ」


 あかねとは高校を出てから付き合わなくなった。

陽子には(おさむ)という恋人がいた。「ラウンドガールにでもなろうかな」陽子がそう言うと治は声も立てずに笑った。

今は陽子は電話スタッフ、言い訳するスタッフとして働いている。

今はピルをもらいにファーマシーに来ている。カバンを膝の上に載せ、おとなしく絆創膏の種類なぞを見ておとなしく呼ばれるのを待っている。

足元は赤いサンダルのままだ。

「ボンジョルノ」背中から声をかけられた。

杉村先生だった。頬はこけやつれているが、面影は・・。

「センセ」


「今はこの金城地区で教師やってる」

杉村は酒に酔っているようだった。

「久里浜にお世話になるかな」と言って笑った。

「あかねくんは元気にしてるかな」

早春。

知らない、と私が言うと、「積もる話もなくなったね」杉村はポケットに両手を突っ込み凍った夜の黒い丘を蹴っていた。

「僕もとうとうイエスが死んだ歳になったよ」杉村は笑顔が多かった。

過不足なく完璧に見える世界でもどこかが抜けている。白い壁に目に見えない亀裂が走っているように。

スモーキーウイスキーのように赤い夕日だ。

「この頃じゃ、酔ってるのか酔ってないのか分からなくなってきてね」杉村は頭を掻きながらやはり笑っていた。

今日はクリスマスだから帰って治とおざなりのセックスをして、三文小説みたいな言葉にならない愛の言葉を呟いてやり過ごすつもりだった。

杉村はバルスター型の服を着ていて、あの頃と、あの頃も痩せていたが痩せたみたいだった。

干し貝柱のような思い出が私の中で邪魔くさく広がる。

嫌悪感だけが先に立って、陽子は杉村に別れも言わずに去ろうと思った。

「僕は本当は死んでるから・・」

陽子はびっくりした。この杉村が死んでいると言う。何があったか知らないが杉村がもっと身近に思えた。

「忘れるためにはお酒が必要だ」

私は常日頃から思っている疑問を口にした。

「何で殺されると分かってる人を地に使わしたか? それはこの世の始まりだから」杉村は痩せた顔を合わせた。

「教師は若者を作るって言う。未来を作るのは君たちだってね」

とんがった杉村の顎が空を見ていた。カミソリのようだ。

「かわいそうね私たち」

「一緒に死のう」そう言った杉村の顔は本物だった。

「僕は求めるばっかりだった、これで求めるのは最後だ」

「私はやったけどあなたはやらなかった」

「ああ、そうだ、」そうだ・・、と杉村は繰り返すばかりだった。

治は何も奪わなかったが何も与えなかった。ましてや命など。

「僕の生涯で出会った真実はキリスト教だけだった」

日没はキリストに没す。

傷のない太陽の光が痛くて、結局、人間が信じられるものは人なんだと陽子は思う。

日の光がうるさい。

世の中の苦しみを最も受けた人、イエスを誰よりもかわいそうだと思う。

どうしてこんなに息が詰まるほど真に迫るのだろう。

実際にあった話だからだろう。

「私、そろそろ帰ります」

今も私は冬のように白い息を吐いている。

治は今夜、帰りが遅いそうだ。友達とスカッシュで賭けているんだと嬉しそうにしていた。

「思いすぎてもうそれではなくなっている、犬狩くんのキリストはもうそれになっていると思うんだ」

背を向けた時に杉村の声が飛んだ。

振り向きもせず、私は帰った。


 銀に煙った銀、と言うか。外は季節を忘れたような雪が積もっていた。陽子は治のいない部屋で煙草を吸っていた。煙には体積、質量があるのか?

銀の砂浜・・。

照り返しで、街もこんなだったらいいのに。

時が風に流れている。陽子は身を固くしてただ煙草を吸わずに持っていた。

「公園・・」知らずに陽子は呟いていた。

あの夜の公園。火事になる前の家の前にあった公園はどうなっただろう。

杉村に会う前にこの金城で久しぶりに偶然にパセリに会った。

パセリは普通の人になっていた。幸せそうな人に。

パセリはパンジーになっていたのだ。どこにでも咲く花だが美しい。

煙草は灰になって雪のように下に落ちた。火事になってしまう。陽子は急いでしゃがんでカーペットを撫でたが、もう砂のようになった灰だけだった。

このカーペットはどう治と選んだかさえ思い出せなかった。

蛇のように伸びる手が囁く。永遠に微笑んだまま。そんなのズルいよ。


 ああ、雲の峰が走っている。陽子は用もないのにファーマシーに足を運んでいた。

夜明け。明け方の空は緑と空の水平線だ。


「酒を飲めば飲むほど感応性が高くなる」再び会った杉村はそう言った。口からはアルコールの匂いがした。陽子も昨夜は一人で手羽とアルコールを食べたから同じだったが。

「エデンなんてとんでもない。僕は一人で月まで行けたんだ」

私はエデンに行きたいなどと一言も言っていないのに杉村は一人ごちた。

金城地区にはまるで散らかした部屋のように海岸がある。

右近の橘、左近の桜。作り物めいた「崖」がそこにある。

死ぬ前の杉村をつぶさに観察してみると、イカれて怯えているみたいだった。カシミアのチェスターコート、水によく沈みそうだ。

「神に感謝する」そう言って杉村は私のギャバジンのケープの上から、どこで手に入れたのかライフジャケットを着せた。眩しいほどのオレンジ。

杉村の革靴の底がバブーシュに見えた。

杉村が下の様子を伺っている。

私はドンと杉村の背中を圧した。だって私はお祖母ちゃんにそう育てられてきたから。

杉村は何も言わずに下に落ちていった。何か声を上げたのかも知れないが風で聞こえなかった。

私もすぐに後を追うように下に飛び降りた。だって、私はやった。

人間の子は人間だから、神の子は神。

やけに遅く感じた。まるで風に運ばれる雪片のように。

人にもさよならがある。神様にもさよならがないと?

さよならを言って。髪を直すから。

振り向く人生。走馬灯は枚挙にいとまがない。

がらくたの太陽が二人を見ていた。

300ポンド・500オンス河。まだ洗者の洗礼を受けていないキリストがしょうがないな、と諦めたように笑った。


 陽子は波に押し戻されながら必死に顔を上げ髪を直した。

「最後くらいかっこつけさせてよ」

空が隔てなく行き渡る。

イエスはどこにでもいる。人間がいる限りどこにでもいる。

遠い空のどこかに今もキリストがいるみたいで。

「逆に、それは逆に・・」陽子は波に圧迫されながら口にしていた。

神の前では等しく人間だということは分かっているけれど私は神に助けてもらいたかった。

海辺の砂がへそに入る。

やっとゴミだらけの岸辺に辿り着いた陽子は吐いた。

ねじ巻く風。

無限の続きの永遠にいるようで。

この後、「波跡から二人の遺体が」発見されることだろう。

波から波まで続く線が境界線。「限りのない線」。

なぜか陽子は死ぬ前の杉村とレモンスカッシュを飲んだことを思い出していた。そしてアケムシの顔。

自分の心さえ思い通りにならないなんて!

さて、考えよう。もう振り返ることはできないけど。心臓が冷たく鳴った。首に潮風。

飛行機雲が一直線。

キリストは、いいえ、杉村は大きな人身御供じゃないか、人柱。

イエスの生涯の終わりは人を信じられなかったんじゃないか。

突然の雨に、陽子は「おはよう」と言っていた。

冷たい傷の雨の中で。分かり切ればいいのに。

口寄せる海岸。

潮風のノイズ。

夜明けが何もかも包み込んで。灰に包み込まれた青さの中で陽子は言葉を失った。自分だけじゃない。

透き通る朝陽。

私には行き場がない! なくしてしまったのは自分なのだ。ささいな憎しみで。

お母さん!

その後、私はどうしていたか覚えていない。初潮の時以来だ。ぼんやり海を見ていたのか、はたまたどこかへ帰ってまだここにいるのか。

日が沈む。黒い小島があった事は気のせいだとは思わないけど。

頬をちぎる風も今は気にならなかった。


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