プロローグ-文庫 三歩-①
「いや、別に舐めてた訳じゃないですよ。
ただ世の中の広さを知ったというか、自分の未熟さを思い知ったというか」
『君ね、そういう所からだよ。見直すべきはね』
「というと?」
『世の中を知ったとか、外向的な振りしてみたり。
未熟さを知ったとか、内向的な振りしてみたり。
そんな事は初めから分かってた事じゃないか』
「いやいや、そんな事言われてもね先生。
結構自信はあったんですよ。
これでも首席で合格してますからね一応」
『学年最下位クラスの首席ね。
本来なら実力不足で不合格のところを、大学在籍学生数と大学の運営費用確保のために合格としたクラスだからね君はさ』
「そういう事を学生に言わないで下さい。へこむんで」
『入学前に説明したはずだよ。
それに了承して入学を決めたのも君自身だ』
その通りです先生。
文庫 三歩は僕の名だ。
僕は国際芸術日比谷大学に通う一年生で、現在は担任の先生と通話中である。
夏期休業前の個人面談に私が現れないものだから、こうして通話をかけてきたのだ。
コンビニに向かう傍らで申し訳ないのだが。
歩き通話というやつだ。
最近流行ってるよね。
歩きなんちゃら。
僕はさほど意識したことが無いけれど、やっぱりコスパよく、効率よく、時短を試みると合理的に必然的に歩きなんちゃらにたどり着く。
ほとんどの人たちが無意識にたどり着く結論だと思う。
『そんな事はどうでも良くて、課題の話しね』
ほんとどうでも良い事を考えていた身としては少しギクリとする会話転換だけども。
ん?
課題?
「期末課題なら出しましたよね?
先生の講義なら出席数もたりてるはずです」
『あいや、こないだのじゃなく、これからの方』
は?
コンビニに向かう足を止める。
おめでとう。
これで晴れて止まり通話だ。
歩きなんちゃら脱却。
最高だよ先生。
本当にありがとう。
じゃなくって。
「待って下さい先生。
これからの方というのは所謂これから出される課題ということでしょうか?
全く新しい?」
『そゆこと。
でもこれは俺の講義とは関係なく、学年全体の特別創作課題だから。
主題は、ありふれた町の風景ね』
「特別創作って……。
絵画ですか?工作ですか?
それにありふれてるのは町ですか?風景ですか?」
『任せます。一任します』
「ちなみに提出期限は……」
『後期の講義開始日に合わせて講評するから。間に合わせてね』
ありふれた……町?
風景……。
『それじゃあ。失礼します』
ありふれた……。
いや、分からんて。
そんでなんで最後だけちょっと丁寧になってんだ。
切れた通話画面を睨みつけるも、無反応。
「あぁ、虚無感ってこれです」
満天の青空を見上げ独り言を呟く。
もうこれで行くか、ありふれた風景。
だめだ、これじゃ町がどこにも無い。
おいおい、まじか。
ゼロから作るって結構しんどい?
まぁ主題はあるからゼロではないか。
にしてもだろ。
用済みとなったスマホをポケットへとしまい、歩き出す。
あんな先生とはいえ、さすがにノーヒントは勘弁してほしい。
待てよ。
あれでも一応先生だ。
僕が見落としているだけで、実はさっきの会話の中にヒントが隠されている?
確か……。
外向的とか内向的とか。
うん。そうだ。先生は見直すべきだと言った。
つまりこの特別創作課題とは、一学年前期の総決算。
これまでの学修を見つめ直し、次に活かせというメッセージか。
外向的か、内向的か。
いや?
先生は振りをするなと言っていたな。
でも、もしかしてみると、おかしくないか。
外向的と内向的、反する二種の内、大小はあれどどちらかには分類されるはずじゃないか。
それを両方とも振りをするなというと、まるで僕が何者でもないみたいじゃないか。
失礼だな。
これでも僕は…………。
あぁ、ついさっき虚無感を感じてた奴が何言ってもだめか。
何もない……か。
確かにありふれた町の風景に、刺激的なものは何もない。
共通点はそこだ。
ということは、だ。
あの先生の言葉は『何者かになれ!』と聞こえなくもない。
よし。
1つはっきりした。
今回の裏の主題は『二律背反』だ。
そうと来れば早速、ありふれた風景かつ刺激的な場所が必要だ。
そういえば町のはずれに昔山火事があったという出雲山があったな。
今、あの山は、燃えて何もない。
これだ!
文庫 三歩は少しおかしかった。