プロローグ
この物語はフィクションである。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ない。
この物語では犯人は存在せず、探偵は登場しない。
だが、ミステリーと銘打つ以上事件は発生し、様々な人物が巻き込まれる事となる。
事故ではなく、事件だ。
この物語に登場する人物達は偶然、偶発的に巻き込まれた訳ではなく、誰かの故意によって選ばれた人物なのだ。
では、その誰かが犯人ではないのだろうか。
いや。
まだそうだと、決めつけるには些か早い。
それじゃあ、信頼できぬ語り部であるこの私こそ犯人ではなかろうか。
語り部である私は、この物語には登場できないと。
つまり、犯人であるこの私が物語に登場できないのは、道理も道理であると。
それも否だ。
前述の通り、この物語に犯人は存在しない。
そして断言しよう。
私はこの物語に一切の関与をしないと。
焦らずとも、まだ物語は始まっていない。
物語は、第一の登場人物である文庫 三歩によって幕が上がる。
物語の始まり、事件発生の二秒前まで、文庫 三歩は散歩を、というより散策をしていた。
彼が通う国際芸術日比谷大学は、現在夏期休業中であり、彼は夏期の特別創作課題のため、昔山火事があったという出雲山へと訪れていた。
今はもう枯れ木と微かに残る灰で埋め尽くされたこの出雲山を散策していた。
インスピレーションを得るために。
創作課題の主題は『ありふれた町の風景』である。
これだけで文庫 三歩がどれほどの変わり者なのかが……。
……芸術大学に通うような人間は皆変わり者と言えるかもしれないが。
その中でも文庫 三歩は特筆すべき変わり者だと言える。
事件発生二秒前。
第二の登場人物である芥川 チハキが、文庫 三歩と出逢った。
正面から。
日は落ち、薄暗い山道ということもあるだろうが、文庫 三歩は、芥川 チハキが文字通り目と鼻の先に来るまで気がつかなかった。
彼女からは音がしない。
彼女の目には光がない。
彼女には、生気がない。
瞬間。
暗転。
文庫 三歩は視界を失った。
嗅いだことのない匂い。
味わったことの…………ある。
蘇る幼少の記憶、公園、鉄棒……。
ジャングルジム。
鎖で吊るされたブランコ。
錆。
アスファルト。
登る鼻血。
あぁ、そうか。
血だ。
文庫 三歩はそこでようやく、自分が血まみれになっていることに気がついた。
霞んでいた視界を徐々に取り戻していく。
文庫 三歩に写る、ぼやけた世界の中で彼女は、芥川 チハキは。
世にも奇妙な、美しい姿で、尻餅をついている文庫 三歩を見下ろしていた。
そこで交わされた言葉はない。
翌週、矍鑠たる老夫婦が営む古い書店で、文庫 三歩と芥川 チハキは再会を果たす。
以上が、この物語のプロローグである。
ここから先を語るには、ここより後を語るには、少々無粋が過ぎるだろう。
ここからは彼、彼女等と共に、このミステリーを進めることだ。
1つ安心出来ることがあるならば、この物語の結末はハッピーエンドを迎えるということだ。
だが。
私が繰り返すまでもなく、この物語は……………………。
槙島今日子です。そんなに長くならない予定です。面白い、気になると思った方は評価、ブックマークをよろしくお願いします。