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雲太郎  作者: 古村桂太郎
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後編


そして、満月の夜が明けた。

すすき梅雨の冷たい朝、孫吉は川の上流に呼び出された。日限は切れた。

大好きな優しいおじいさんは丸い木の幹に身体を括り付けられた。流れの速い水が岩にぶつかる。はじまりの合図が鳴った。

鮎捕りたちは丸い木の幹を川岸から流れの急な川の中枢へ押し出した。

おじいさんは天を仰いだが何も見えなかった。この頃にはほとんど視力が奪われ、大事な雲太郎の姿さえ微かにぼんやりとしか映らない。

おじいさんの丸太は川へ流れ出した。見る見る川を下り下流の村へ吸い込まれる。降る雨が悲しみの連鎖を思わせる。

雲太郎は大人たちの腕を振りほどき川へ走った。

雲太郎は叫んだ。

「おじいさん!」

寒雲(かんうん)が一寸の間に立ち籠もり稲光が轟いたのはその時だった。

雲太郎は川下に向かって両腕を振り下ろした。孫吉が括り付けられた丸太を引き戻すように、二度、三度、振り上げた腕を反動をつけて勢いよくおろす。風が川の中を何重にも層になって突き進み、急激な圧力が加わり、衝撃波を生んだ。上流の村の鮎捕りたちは言葉を失う。閃光と雷鳴が(せき)を切るとたちまち五感が恐怖に支配される。その目の前には全身を震わせた雲太郎がいる。風で吹き消され音は聞こえないが、その輪郭は身体を大きく揺らし大気を振動させる。

その輪郭は獣のように咆哮した。その叫びは絶望の断末摩か。違う。怒りに打ち震える化け物の雄叫びなのか。

上空を覆う雷雲が安定を崩し地上に降りると、川の方へ進んでいった。雲々の目的の座標は雲太郎だった。黒い雲が身体にまとわりつく。重力が逆転し宙へ上がると身体は肥大化し肌は藍色に変異した。もはや人間のそれではない。顔面は、目はつり上がり瞳孔は開き、耳は逆立て歯は剥き出し息は怒号のようだ。天界へ向かう怒髪天。その眼下には下流の村が広がっている。そしてこの魔物と化した雲太郎に、意識が存在しているとは思えなかった。

狂いはじめた時間の中、鮎捕りの一人は空を見上げた。暗い暗い無限の海に、積雲がひとつに集まっていた。思考は停止され目に写ったものがただ言葉に出るだけだった。

「雲の峰だ。」


対流によって内部が逆巻いている積雲は、何をしでかすか分からない気紛れな雲だ。地上から見た内部の動きはゆったりどころかのっそりしているが、それは遠くの物体は動きが遅く見えるという錯覚に過ぎない。実際には雲の内部の乱気流は活発に活動している。そしてひとたび発達しはじめると、晴天の空に浮かぶおとなしい扁平雲も数時間のうちに巨大な雄大雲に姿を変え、その黒い雲底は突然の激しい雨を警告する。

真円を描く月が闇に隠れ、哀しみの雨が朝を告げ、季節の終わりと次の季節の始まりを知らせる中、一人の老人が大きな川に投げ込まれた。一つの誤った不幸が遂行されると微弱だった雨が豪雨へ変貌する。

この怒りの雨の中心にいるのは化け物と化した雲太郎に他ならない。化け物はその眼下に迫る下流の村へ行程を定めた。

化け物は玉の雲のように宙に浮きながら、大きな川とそのすぐ近くの集落の周りを旋回した。身体は膨張し、全身深い藍色、衣服は破れ、獅子の如く吼え立て風を呼んだ。暴風は川の水を氾濫させ衝撃波が樹木を薙ぎ倒す。

上流から下流へ向かって流れている右岸の側で、孫吉の縛り付けられた丸い木は空中を舞った。風と衝撃波が川を襲い孫吉もろとも吹き飛ばす。堤に打ちつけられ丸い木は真二つに割れ、おじいさんの体は投げ出された。

死ぬところだったおじいさんは思った。圧縮された身体の痛みをそのままに、生命は憎しみに染まる。「なんとおぞましい。なんと愚劣なことか。おれを殺すなど気が狂っておるわ」全身の痛みは脳に毒を撒き、痛みが脳に負の感情を命令した。「これが人間の成すことか。片腹痛い。ここの人間は腐っておる」孫吉はわずかな視力で宙を睨んだまま、現実と冥途の境をさ迷った。顔面は恐ろしく険しい、剥き出た猿の死骸の様であった。


辰の刻が過ぎると急に雨は止まった。空は薄白く広がり、下流の村のこの日は始まった。

巍然たる霊峰は白金のように光り、徐々にその姿を現す。この世の業を司る創造主のように、白い薄雲を従えて、この山は眼前に浮かび上がった。

次なる変化は雪だった。降雨が過ぎると眺めは鮮明になり視界が開く。遮るものが無くなった透明な世界に薄い雲は白い雪を降らす。

怒号のような雨音は完全に止まり、一転、村は静寂が包む。空間中のあらゆる音を吸い込んだかのように、無音のまま、しんしんと、大粒の雪が舞い落ち、村の風景はたちまち雪原の白となった。

真白な地面に最初に草履の跡を付けたのは知世ともよ)だった。

「外が真っ白になっていますわ。ひぐらしの鳴く時期なのに、どうしたことでしょう。」

すべてを見下ろす雄大な山は束の間に雪をまとい白銀に輝き、神秘性を増した。すべての色を反射するゆえに放つ白光はこの若い女を映した。雪のような白い肌、切れ長の目と富士額、髪は艶めいてなまめかしいが、反面凜とした所作はつけ入るすきを与えない。村でも指折りの美々しい娘だった。

知世は新雪の上を歩き奉公に向かった。不可解な天上の変動にも眉は動かない。毅然とした足取りで前を見据えた。

村人が一人、二人と表へ出てくると次第にざわざわと顔を見合わせ、村中の人間が輪をつくるように集まりだした。不吉な雲の動きと予期しない天候の変化。それらは凶兆としてこの時代の人々を惑わせる。

うろたえる人間たちを尻目に奉公先へ向かっていた知世だったが突然、その足が止まる。その背中は動きを止めた。微動だにしない。彼女の目線の先に、それは来た。

どす黒い丸い玉のような、いや近付くと青黒い虎の化け物、空気を切り裂く音が耳に段々と大きく響き、その顔面は人の形に間違いないがひどく崩れ険しく、理性は窺い知れない。その個体は地上から浮き上がり真空の波動に包まれ、その動力はもはや道理では説明つかない。まるで禍々しいその生物は、しかし同時に目映いばかりの一条の光を放っている。

その化け物が雲太郎だとはまさか知る由もなかった。

化け物は知世の存在に気付いたのか、地上に降り立つと彼女に向かって進みだした。知世は動けない。村人は固唾を飲んで知世を案じたが化け物が発する衝撃の波動が真空の刃となり女を襲う。

つむじ風が女を斬りかかり、鎌で切ったように全身がすぱっと裂かれ庇う腕を負傷してしまう。同時に着類がすぱすぱと切り裂かれ袿がばらりと露になった。

知世は心底心外だった。己の人生のこのような苦難は想定に値しない。肉体的危害など到底無縁であり、こんな事態に陥ることは無いと思ったからだ。

村人たちが見守る中、雲太郎が発するつむじ風は際限なく女を襲う。着物は切り刻まれ胸がはだけた。知世は咄嗟に両腕で覆う。

「後生だから許して!」

有られもない姿に必死に両腕で胸元を庇った。或いは、仄かに頬を赤らめたかもしれない。次の瞬間、飛んだのは首だった。


 真っ赤な鮮血が噴き上げる。滝が真っ逆様にひっくり返った。恐ろしい衝撃が稲妻の如く眼前に走り、息が止まる。瞬間、村は凍りついた。知世は死んだ。この物語で最初の屍となったこの者の家訓は「誇り高く、麗しくあれ」だった。

 この村の空気は一変した。時間が追う速度が変わる。雲太郎が変貌した化け物は村の中へ進入していく。大粒だった雪は細く、細かく変わり結晶は美しさと、悲しみと、儚さの三つをきらきらと空中に反射させた。

 下流の村人たちは皆、身体が痙攣して動けない。雲太郎の身体が放つ衝撃波は鋭利な刀剣となっていともあっけなく民草を切り刻んだ。腕が飛び、頭が飛び、胴体が飛んだ。人間の、部位という部位は飛んだ。血は溢れ、目は飛び出し、皮は剝がれ、臓器は飛び散り、それらは地面にぼたぼたと落ちた。

 目の前で知った村人たちが次々と斬殺されていく。青年であろうと、老人であろうと、女でも、子供でも、次々と矢継ぎ早に殺されていった。まるで虫けらのように、何の選別もなく何の余地もなくただ無機質に人が(たお)れていく。逃げようにも足がすくみ、動かない。悪夢の中に入り込んだように、逃げる足も動かず、考える力をも奪われた。そこに自分が死に直結する現実が何もなかったからだ。

 我が国には、報償という言葉があった。報償という考え方は相手が約束を反故したり、悪いことをした場合、その不法行為をやめさせるため、今度は自らの側が実力行使をしても良い、というものだ。しかしこの下流の村には当てはまらない。勝男が行方不明になり、それに雲太郎と孫吉が関与していることは周知していたが、そこから先の推察は噂の域を出ず、孫吉が川流しに処された事は村でも一握りの者しか知らなかった。この世の中にもし道義というものがあるならば、せめて雲太郎は上流の村に出現するべきだったであろう。


 雲太郎と孫吉の処遇を知っている者、そしてその当事者とも言うべき勝男の父は、雪景色の中に出た。

 彼は孫吉の処刑に立ち会わなかった。頭の中は混沌としている。勝男は、遂に見付からなかった。その不結果の代償が孫吉の命である。与えられた日限が切れ、孫吉が川に流されたその瞬間、決着が下されこの事柄は過去のものとされる。それは同時に勝男に対して命の終焉が宣告され、それを無条件に受け入れることを余儀無くされる。

 心のひとつひとつの結び目が解かれ分散し、ざらざらしたような意識のまま、真白い雪を踏んで川の方へ足は向かっていた。脳内に残る息子の声が、「父さん。父さん」と自分を呼ぶ。風の音が強くなった時、その踏み跡は止まってしまう。目の前に陰惨な情景が現れたからだ。

 つんざく風の音と共に人間が次々と切断されていく。真っ赤な血が飛び溢れ、恐怖がすべてを覆う。だがその中に化け物の荒ぶる姿を捉えた。

 この時勝男の父は不思議と冷静にその化け物の姿や様子を目で追っていた。それは、確かに化け物のような獣に間違いはないが、その獣の原形は小さな子供のようだった。身体は肥大化しているが手足は短く、発達した成年の虎というより、子熊に見える。ひどく荒ぶっているがどこか怯えているようだ。それは混乱に陥った子供のかんしゃく泣きのように映る。

 彼は再び歩を進めた。一歩、一歩、風を受けながら、しかし前へ、獣の側へ寄っていった。

 口は勝男の名前を呼んでいた。

 化け物はこちらを見た。

 その目に知能は無かった。

 瞬間、勝彦の首は飛んだ。


 一年をおよそ十二等分にした現代の暦が無かった時代、人は自然の変化から季節を細分化していた。大まかに四つの期間に分けることはなく、時に様々な動物や虫の活動時期から読み取り、時に山や草木の緑の変化、川の流れや色の変化、田畑の作物の成り具合、そして空の移り変わりや浮かぶ雲の違いなど、有りとある現象を複合的、総体的に捉え時間軸としていた。アラビア数字では推し計れない季節の本当の移り変わりの確かな理屈と知見が、そこにはあった。

 自然と同化していた時代。動物も、昆虫も、山も、草木も、また人間も、地球の自然の輪の中で、同等に孤立することなく同じ時間を過ごしている。この世界の文化、芸術、音楽、そして人の心のひとつひとつも、すべて自然そのものであった。音は自然から生まれるメロディーを奏で、そのメロディーは季節の推移を表現した。

 季節を示すもうひとつの要素に、夜の星座があった。夜空に輝く星たちの配置である。星は動く。その神秘な別次元の世界にも空間と時間を繋ぐ不変の法則が存在する。

 孫吉は夜空に光る星を観察するのが好きだった。どれほどの造詣があるのかは彼にしか分からない。その探求心がやがて長い年月を経て科学へと繋ぐ。その入り口は人類に何を与えるのだろう。

 雪は降り続いている。孫吉のおじいさんが目覚め立ち上がったのは太陽の光の反射と雪煙の結晶の反射が丁度対を成した時だった。

 全身の痛みはそのままに、四肢の負傷はこの上深く、しかし孫吉は立った。足を引きずりながら、腕を抱えながら、歯軋りの音と共に川下から村へ、眼差しを向けた。

 脳内に漂うのは絶命へのカウントダウンと愚かな人間に対しての怨念、恨む心と自身の中の滅びゆく人間の心だった。それでも無心に歩いた。その姿はまるでどぶねずみのよう。

 真白い雪原の景色の中に小さくひとつ、どす黒く醜い死神が蠢いている。辿り着いたのは、変わり果てた雲太郎の修羅の巷だった。

 孫吉は雲太郎に再会した。体は川に流され空に吹き飛ばされ地面に叩き付けられ瀕死の重傷を負った。しかしそれが逆に孫吉の生きたいという生命力を促し神経が五感に集中する。研ぎ澄まされた神経が頭を覚ます。体の激痛にその場に倒れ込んでしまったが、運動機能の障害と反比例するように視覚、聴覚や嗅覚が発達する。封じ込まれていた視界が再び甦る。

 孫吉は見た。体の痛みを覚えながらしかし眼球は力を緩めない。迫り来る目の前のものすべてに焦点は合致した。その目に映し出されたのは雪で覆われた白い世界の景色。遠くで動いているのは化け物に成り果てた雲太郎だが、彼の息吹きはそちらには向かなかった。

 孫吉は見た。その構図の主役は赤い血しぶきの方だった。村人たちが切り裂かれ真っ赤な鮮血が空中に噴き上がる。腕は飛ばされ、脚は吹き飛び、首は垂直に天に飛んだ。その度に生き血が吹き乱れ、雪の上に血の海が広がった。それは雪白の景色に赤い絵の具が落とされた様な、脳裏に焼き付く非現実な光景だった。この時孫吉は、この言うなれば極限状態の空間の中で、しかし、戦慄すべき言葉を漏らす。

「人間の感情というものはすべて哀れじゃ。そんなものが群れをなすとただただ愚の産物を生むだけじゃ。」


 雪は止まらない。下流の村の中心地に雲太郎は居る。近付く者はことごとく殺された。打開せねばと立ち向かう者もいたが殺された。人間が一人死ぬ度に大量の血しぶきが上がる。

 孫吉の黒く憎々しい目は、俯瞰するように宙を見た。広がるのは見渡す限りの白い空と大地。境界線はなく、真白なキャンバスに赤黒い流れ星。不浄な者を裁くのではなく平等に生命は削られた。純白と真紅の競演。孫吉の崩れ失った心の水晶体はひたすらにアートを描く。芸術至上主義。それは神様が人間に与えた愚かな免罪符。心の中は草むらの上で見る夜空の星のようだった。

 そして、血が空に向かって噴射する。天から無音のまま落ちてくる白い雪と地上から噴き上がる赤い鮮血。水しぶきの弾ける音が静中の動となり脳に迫る。それは美しかった。命の織り成す深遠な山水画は、おぼろな白の背景と脈打つ赤の立体鏡のコントラストが浮き上がる。時間が遮断されるーー

そして、風が空を切り風音が耳にうねる。風は切断される人間の絶命の叫びを音に乗せた。裂かれた人体から臓腑がぼたぼたと垂れ落ちるとこの世の物とは思えない疼く臭いが鼻を覆ってしまう。聴覚はさらに冴え渡り、嗅覚は研ぎ澄まされた。それは夜の宇宙鑑賞には決して登場しない現実の要素、目の直前までも迫る直接の感触だった。

 刹那と刹那の連続。その一瞬一瞬の超越的な芸術を前に、孫吉は身を乗り出した。どこまで意識的なのか定かではないが、上半は前へ進む。ここには夜空には無い、音がある。上体は起き上がり先へ動く。ここには夜空には無い、匂いがある。ここには、夜空には無い、人間の歪む顔が見える。


 危険な状況だと知りながらも獲物に近付く中間捕食者の様に、本能が血肉へ誘われていく。化け物の雲太郎が段々と大きく見えると突風が身体を掠めた。太陽の光が一面の雪に反射して目が焼ける。なるほど、身動きが取れない。さらに風は孫吉を襲うと、その風圧は肉体を裂いた。いよいよ迫るその時を、慈顔の表情に変えて待った。

 ドクンドクンと心臓が鳴った。重なり波打つ心臓の音は恐怖がもたらすのか、興奮から起こるのか区別がつかない。目は瞳孔が開き、息は吐き出した。雲太郎を知ったのはこの時だった。

 化け物の雲太郎は雄叫びを上げると上空に舞い上がり、觔斗雲(きんとうん)さながらに旋回した。逃げ惑う村人たちを体から発する風切りと雷光で次々に殺し、川下の村の八分の人間は死に絶えた。今度は雲太郎を中心に構図された、心の写し絵が完遂された。

「無常じゃて!」

 雪が舞う薄い意識の中で、孫吉のおじいさんは笑った。

 けたけたと笑った。

 気が触れたおじいさんはただ笑い、笑い、笑い、そのまま気絶した。


 そして雪は止まっていた。

 目の前には、元の姿に戻った裸ん坊の雲太郎がいた。微かに呼吸が戻ったおじいさんは、もう、生に対する執着もなく、恨むだけの精神力もなく、ただ息をしているだけだった。

 人間という存在が単なる自然の一部に過ぎなかった巨石文明の時代、人は石や岩など不変の建造物を神格と崇めた。しかし言葉を操る人間たちの知能は、やがて宗教を生み出し、それまで石造物や神聖な場所に佇む立派な大木に宿っていた信仰が、人間によって選ばれた人間へと変わる。人間そのものを神と崇めるようになり、科学だけが進化し、その一方で霊魂が人の欲望を支配し、この世の条理は崩れていくのだった。人が自然界から独立した愚かの幕開けは止められず、天動説から地動説への推移でさえ、人を成熟するには至らなかった。

 裸の雲太郎は、丸い雪の草むらの上にふわりと浮かんでいる。孫吉の作った草の毛布に包まれてーー

 孫吉は人間の姿に戻った雲太郎を力の無い優しい目でぼんやり見ながら言った。

「帰ろう。家に帰って休もう。」

その(まなこ)に、もう光は反射されないが、孫吉は少しだけ目を細めた。ため息が漏れる。

「見事な、鬼退治じゃった・・・・」



 しばらくして、上流の村に新たに若い当主が台頭した。この若者は孫吉が流された下流の村へ続く大きな川を「人狩りの川」と名付けた。そしてそれが時代を経て変化し、「狩野川」と呼ばれた。


おわり

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