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フレンチトーストの作り方

作者: 長屋恭介

 卵がない。牛乳はある。

面倒だけれど私は、コンビニエンスストアに行く為に、財布をポケットに入れた。

 

 四月の中頃、桜色に染まった歩道を歩いている。随分と暖かくなっているとはいえ、風はちょっぴり冷たい。薄手のパーカーでは、その寒さを抑えるには物足りなかった。自然と駆け足になり、目的のコンビニエンスストアには直ぐに到着した。卵と温かい缶コーヒーを買い、家に帰った。


 テレビから、物騒な事件を淡々と読み上げる男の声が聞こえてくる。気分が悪くなるといけないので、私はテレビの電源を落とし、スマートフォンで人気で落ち着いた洋楽を流した。別に普段から洋楽を聴いている訳ではない。ただ単に、そういう気分だったのだ。


 少し高めの棚から、ボウルとお皿をキッチンテーブルに置き、壁に掛けてあるフライパンをコンロにセットした。直ぐに調理に取り掛かるのもいいのだが、少し落ち着かなかった為、煙草に火を付け換気扇に煙を吸わせた。


 子供の頃、好きな食べ物はなんですか?と質問されると、私は決まってフレンチトーストと答えていた。今でもそう答えている。まず、名前が好きだ。音がいい。そして、作った時の周りの評価が高い。なんと言ってもお洒落。撮った写真を友人に見せると、決まって反応が良い。特に女性ウケがいいし、食べてもらった訳でもないのに何故か嬉しくなる。


 私が、初めてフレンチトーストを食べたと自覚したのは、恐らく五歳位だったと思う。母が朝の食卓に並べていた様な気がする。そこにあったのは、見慣れた薄茶色の食パンといちごジャムの瓶ではなく、薄い豹柄のような斑模様のパンに、見た事の無い琥珀色の液体が入ったプラスチックのボトルと小分けにされていたバターだった。当然、その豹柄の食パンを見た私はどう食べて良いのかわからず、ただ一点を見つめていた。

 それを見兼ねた母は、目の前でその豹柄の食パンに謎の液体とバターを乗せ、ナイフでバターを踊らせた。その時私は初めてナイフを触った。勿論、上手く使いこなせる訳もなく、母に食べやすいサイズに切り分けてもらった。


 恐る恐る口に運んだ私は衝撃を受けた。

「あまい。おいしい。」

大きく目を見開き、美味しさに対する喜びよりも、今まで食べてきたどの食パンよりも美味しいという驚きが勝った。

わけも分からず、豹柄の食パンを貪る私に母は、

「それはね、フレンチトーストって言うの。美味しいでしょ?」

それを無視して食べる私に母は続けて、

「フレンチトーストはね、お母さんの必殺技なのよ。久しぶりに作ったけどそんなに夢中に食べちゃって。お母さん嬉しいわ」

 あっという間に食べ終わった私は、おかわりを要求するのだが母は断った。どうやら連続して出す物ではないらしく、気分が乗った時に一枚だけ食べるのが一番美味しいんだそうだ。


 私は、懐かしい思い出に浸りながら、二本目の煙草に火を付け、コーヒーを淹れた。

 

 私が初めてフレンチトーストを作ったのは、小学六年生の夏休みだった。

 自由研究のテーマをフレンチトーストにし、出来上がりの写真と感想をノートにまとめる事にした。初日は、母から作り方を聞き、隣で見てもらいながら作った。当時の私は料理など作った事はなかったし、手伝いをした事もなかった。隣で母に見てもらっているとはいえ、最初から上手くいく訳もなく焦げの強いフレンチトーストが出来上がった。それでも、謎だと思っていた琥珀色のメープルシロップとバターのお陰で、美味しいと感じた。

 夏休み終盤にもなれば、母に見てもらわなくても、同じクオリティのフレンチトーストを作れる様になっていた。


 中学三年生の秋。私は母に連れられ、月に一度行くレストランに行った。普段は、夜に父を含めた3人で来店する。しかし、今回は十五時頃の来店だった。

 夕飯には早く、私は何故このレストランに来たのかわからなかったが、

「佐藤くん、久しぶりにアレ二つとコーヒー。それから」

「紅茶」

「紅茶一つ。お願いね」

 母に佐藤くんと呼ばれていたシェフが明るく返事をし厨房に向かった。

「母さんね、あなたに食べてもらいたい物があってきたの」

 この店はどうやら人気店らしく、周りには若い女性が沢山居た。

「昔はお父さんと二人でよくここに来てたのよ。さっきの店員さんはね、お母さんの同級生でお父さんの後輩なの」

「ふーん。そうなんだ」

「それで佐藤くん、あ、さっきの店員さんね。佐藤くんがお店を出すってなって、お父さんとお母さんがちょっぴりだけお手伝いしたのよ」

「てか、なんでもいいんだけど、アレってなに?」

 母はニコニコしながら、ふふふんと鼻歌交じりに口を閉ざした。

 当時は、そんな母を鬱陶しく思っていた。

「いや、ふふふんじゃなくて、アレってなにかって聞いてんのよ」

「来てからの〜。お・た・の・し・み。」

 イライラしつつ、先に来た紅茶を飲んでいると、

「お待たせいたしました。フレンチトーストです」


 私は不覚にも、面食らってしまい言葉が詰まってしまった。

 小学生の時の自由研究が原因で、この頃の私はフレンチトーストを嫌いになっていたのである。というより、フレンチトーストに限らず食パンですら好きではなくなっていた。

 そんな私の前に現れたフレンチトーストと呼ばれたそれは、なんと食パンではなかったのである。

「母さん、これ、フレンチトーストじゃあ…」

「知らなかったでしょ?食パン以外でもフレンチトーストに出来るって」

 確かにこの頃の私には、食パン以外のフレンチトーストなど全く知らなかった。

 そのフレンチトーストは、1cm大に切り分けられたバケットと呼ばれるタイプのパンだった。4枚あるバケットは、交差するように重なっており、皿の上に山を思わせる盛り付け方をしていた。そして、雪の様に粉糖が振られており、バニラアイスやフルーツソースとミントの葉が添えてあり、それがフレンチトーストであるとは到底思えなかった。

 相変わらず母は、ニコニコしながらこちらを見ている。私は恐る恐る山の麓を少しだけ切り出し、バニラアイスをちょっぴり乗せ口に運んだ。

「あり得ない」

 私は無意識にそう言った。

「あなた、中学生になってから一度も食べなかったでしょう?自由研究で飽きちゃって、勿体ないなぁって母さん思ってたの」

 私は母の言葉を無視して、目の前のフレンチトーストを貪った。

 

 私は、驚きが隠せなかった。私の知らないパンで作られたフレンチトーストの存在や、トッピングのアイスクリームやフルーツソースで自分の常識を壊された事ではなく又、盛り付け方一つでこんなにもお洒落になるのかと驚いた訳でもない。

 

 私が母に教わったフレンチトーストは、美味しくなかったという事実だった。


 私が美味しい美味しいと言って食べていたフレンチトーストは、メープルシロップとバターが美味しかっただけだったのだ。その事実に悔しさを覚え、私は母に、

「高校に入ったら、この店でアルバイトしたい。お願いします。このフレンチトーストを作れる様になりたい」


 それから十五年。

 私はフレンチトースト専門店をオープンさせる事が決まった。内装、食材、立地、どれをとっても満足のいく形で実現した。もうこれ以上無いというくらい試作を繰り返した。もう何も怖いものなんてない。夢の第一歩を踏み出せたのだ。


 気が付けば、煙草を八本ほど吸っていた。いい加減フレンチトーストを作る事にした。さっき買った卵と、前に買っておいた高級な牛乳、それとバターを冷蔵庫から取り出し、私はニコニコしながらボウルに卵を割って入れた。



 「ほら、母さん。出来たよ。」

 そう言って私は、久しぶりに帰ってきた実家で、お客様第一号となる母の前に、フレンチトーストを置いた。

 母はふふふんと鼻歌を奏でながら、ナイフとフォークを手に取った。



おわり


【材料】

卵2個、牛乳300cc、生クリーム100cc、バケット3分の1、バター適量、メープルシロップ適量、ミント(なくてもよい)バニラアイス(なくてもよい)


【手順】

1、バケットを1cm大に切る。斜め切りがオススメ。


2、ボウルに卵を割って入れ、液状になるまで混ぜる。その後、あればザルなどで濾すと良いが、別にしなくても大差はない。


3、混ぜた卵に、牛乳と生クリームを加えて混ぜる。


4、出来上がった液卵に、カットしたバケットを浸す。硬めのパンなので、しっかり目につける。40秒位がベスト。


5、フライパンを中火で温め、バターを敷く。量はお好みで良いが少なくならないように、小分けされたバターを一欠片使う事をオススメします。


6、バターが溶けたら、浸したバケットをフライパンで焼く。良きタイミングで焼き目を確認し、それなりに茶色くなってきたらひっくり返す。


7、両面に焼き目がついたら、クッキングシートを敷いたトースターに入れ、30秒弱焼く。


8、皿に盛り付け、アイスやミント等で飾り付けるが、正直自分で食べるなら飾りは不要。


9、粉糖をまぶして完成。別に粉糖をかけなくても美味しく食べれる。


 このレシピはフィクションです。実在するフレンチトーストとは何も関係しておりません。上手く出来なくても私の責任ではありません。あしからず。


それではさようなら。

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