メリークリスマス、私は女の子を拾った。
「ねぇ、お姉さん。私を拾ってくれない?」
そう言いながら、制服姿の女の子が私に迫ってくる。
……まさか、クリスマスの日に自分よりも年下の子にこんな事を言われるなんて思ってもいなかった。
********
今日は俗に言うクリスマスらしい。
その所為か、町はいつもよりも輝いて見える。
毎年のように1人で過ごす私からしたら眩しすぎるぐらいだ。
「はぁ」
鼻の奥をツンと痛くする、雪の匂いに1人ため息をつきながら私はそんなことを考える。
せっかくのクリスマスだが、祝おうなんて言う気持ちはサラサラ湧いてこない。
コンビニののぼり旗に描かれているケーキも非常に魅力的だが、女1人でホールを食べきれる自信もない。
……これ多分、去年も考えたことだろうな。
私はいつも通り、冷凍パスタしか入っていないレジ袋を提げながら帰路に就く。
……あともう少しで家だ。
あぁ、今年もクリスマスは1人で過ごすのだな……
まぁ、仕方がない。
来年の自分に期待しよう。
……これも去年言ったことだな。
「ハハハッ」
変わらない。
そんな私に笑えて来る。
そんな感じで曲がり角を曲がった時、ある物を見つけた。
最初はゴミ袋かと思った。
そりゃあ、ゴミ捨て場に置いてあるのだから。
だけど、近づいていくとそれが違うものだと分かった。
人間だ。
人間が体育座りでゴミ捨て場の隅の方に座っている。
……正直に言うと怖い。
何で、こんな真夜中にこんな場所で座り込んでいるのか。
でも、家に帰るにはこの道を通らないといけないし……うーん……
「よしっ」
私は自分自身に気合を入れて、恐る恐る、道を通る。
だんだん近づくことによって見えてくる人影。
その見えてくる人影を見て、私は驚いた。
女の子だ。
制服を着た女の子が座っている。
どこか儚く、物憂げな様子の女の子。
何故か、私はそんな彼女の様子を見て、声を掛けずにはいられなかった。
「ねぇ、どうしたの?」
私がそう声を掛けると女の子はハッと顔を上げる。
……目が赤い。
「女の子がこんな所で1人座っていたら危ないわよ。さっさと家に帰りなさい」
「……」
「家出?こんな夜遅くまで外に居たら親御さん、心配するわよ?」
「……」
……ダメだ、何も言わない。
ふぅ、どうしたものか……
「……はぁ、仕方がないわね。流石に女の子が1人、ここにいるのは危ないから、付き合ってあげる。……気が済んだら、ちゃんと家に帰るのよ?」
「!?」
私は彼女の横に座る。
彼女はそんな私を見て、少し驚いた顔をする。
だが、すぐに腕の中に顔をうずめてしまった。
そして、直ぐに小さな音だが涙を啜る音が聴こえてくる。
私はその音を聴いて、自分の行動は正しかったと安心しながらも、彼女の想いを想像して、夜の闇に浮かぶ月を眺めることしかできなかった。
十数分後
「どう?落ち着いた?」
「……はい」
先ほどよりも少し目を赤くした彼女は、声小さく答える。
この様子なら、もう大丈夫だろう。
「それじゃあ、もう帰れるわね。私もそろそろ帰ろうかしら」
そうして、私は腰を上げて、この場から去ろうとする。
すると、服の裾をチョンと引かれる。
「?」
何だろうと後ろを振り返ると、女の子が私の服の裾を押さえていた。
「……どうしたの?」
「ねぇ、お姉さん。私を拾ってくれない」
「えっ?」
「だから、私のことを拾ってくれないですか?」
「はっ?」
……いきなり何を言っているんだこの子は?
それに何を言っているのか自分で分かっているのだろうか。
絶対に制服を着るような歳の女の子が言って良い言葉ではない。
「ダ、ダメですか……?」
「ダメも何も……」
それでも、まるで捨てられた猫のような顔をして迫ってくる。
だが、流石にそのおねがいに乗るわけにいかない。
「……あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
「…はい」
「それなら尚更ダメ。それにそんなお願いに乗るわけにはいかないわ。だから、早く家に帰りなさい」
「あっ……」
まだ何か言いたそうな彼女に、背を向けて私はこの場を後にしようとする。
だが、そんな私をまだ引き留めるかのように彼女は後ろから抱き着いてくる。
「ま、待ってください。どうかお願いします。何でもしますから」
「ちょ、しつこいわよ。いい加減に……」
私はそんな彼女のことを押し剝がそうとした時、あることに気づく。
震えている。
彼女の体が震えている。
この震えは……寒さからではないだろう。
……こんな様子の彼女を一人で放置しても良いものか。
そんな考えが私の中に出てくる。
……はぁ、仕方がないか。
どうか、警察に捕まらないことだけを祈ろう。
********
ガチャ
「はい、どうぞ」
「お、おじゃまします」
私はいつも通り、靴を脱ぎ、上着をラックに掛ける。
彼女も、恐る恐ると言った感じだが、私の後を付いてきている。
「ふぅ、それでずっと外にいたから、体冷えているでしょ?先にお風呂入ってきなさい」
「え、い、いいんですか?」
「いいも何も、家に連れてきて『はい、それじゃ、玄関の隅でじっとしといてね。』と言うほど、私は酷くないわ。ちゃんと温まってきなさい」
「は、はい、分かりました。ありがとうございます……」
「気にしないで。連れてきたのは私なのだから。……そうだ、下着とか着替えは持ってきてる?持ってないなら私のを貸してあげるけど」
「あ、えーっと……下着なら1セットだけあるんですが、着るものは……すいません……」
「なるほど。それなら私のジャージを貸してあげる。今回はそれを着て?」
私は昨日畳んで、置きっぱなしだったジャージを渡す。
「あっ、ありがとうございます。それじゃあ、お風呂頂きます」
「うん、あっ、シャンプーは右のボトルでボディーソープは左のボトルだからね」
「はい、分かりました」
そうして、彼女はお風呂へと向かっていく。
それから少しして、ジャーというシャワーの音が聴こえてくる。
……はぁ、まったく私は何をしているのだろうか。
私はソファーに座りながら、項垂れる。
まだ、制服を着るような歳の女の子を家に連れてくるとは……
まぁ、だが彼女は悪い子ではなさそうだ。
ちゃんとお礼が言えている。
当たり前のことかもしれないが、こんな状況でもちゃんとお礼が言える子は良い子だ。
……これから、一先ずどうしようか。
確か、泊まりに来た人用に買って置いて、1度も使っていない布団があったはず。
彼女にはそれで寝てもらおう。
ご飯は……さっき買ったパスタでも食べてもらうか。
別に晩御飯を抜くことぐらい、どうってことは無い。
明日の朝、ちょっと多めに食べればよいだけのことだ。
……はぁ、まったく。
こんな状況でもちゃんと、どうしようかと考えてしまう自分のまじめな性格が嫌になってくる。
そんなことを考えていると、シャワーの音が止まる。
そして、少しして、ホカホカと湯気を出している彼女が脱衣所から出てきた。
私がさっき渡したジャージを着ている。
「どう?温まった?」
「……はい、お風呂ありがとうございました」
「いいえ。それじゃあ、私も入ってこようかしら。……あっ、好きに座っててくれて良いからね。テレビとかも好きに見てていいから」
「あ、わ、分かりました。ありがとうございます」
「それじゃあ、私もお風呂入ってくるわ」
恐縮しながらも、ちゃんと礼を言ってくる彼女に「ふふふ」と微笑みながら、私もお風呂へと向かう。
それから、また少ししてさっきと同じようにホカホカと湯気を出しながら、私は脱衣所から出てくる。
やはり、お風呂と言うのは良いな。
温まるし、気分がサッパリする。
ドライヤーで乾かした髪をヘヤゴムで結びながら、リビングへ向かうと、部屋の隅で体育座りしている彼女の様子を見つける。
テレビも付けていない。
「……好きにしては良いとは言ったけど、まさかテレビも付けてないとは。そんなに緊張しなくても良いわよ?別にこれから、取って食おうという訳でもないのだから」
私はベッドに腰掛けながら、彼女に声を掛ける。
「あ、い、いえ、そういう訳じゃないですけど……すいません……」
「いや、別に謝ってほしい訳じゃないんだけど。……うん?と言うか何か顔赤くない?大丈夫?」
「だ、大丈夫です。何でもありません」
「そう?なら良いのだけど」
そして、沈黙が流れる。
……気まずいな。
まぁ、そりゃそうか。
拾った女の子と楽しく話せなんて無茶ぶりにも程がある。
と言ってもこのままじゃいけないな。
……食事の準備でもしよう。
そして、食事の準備をしようと腰を上げようとした時、急に彼女が声を掛けてくる。
「あの、なんで私のことを拾ってくれたんですか?」
「ん?」
「あ、いや、何で私のことを拾ってくれたのか気になって」
……この子は自分が抱き着いてきた時に、震えていたことを知らないのか。
だが、そこに踏み込むと面倒くさいことが起きそうな気がする。
「あー……ただ単に女の子1人、あそこに居させるのが危ないと思ったからだよ。ただそれだけ」
だから私はこう答えた。
「……本当ですか?」
「えぇ、本当」
すると、彼女は何故か、ユラリと立ち上がり、こちらの方へ向かってくる。
「どうしたの?」
「……本当はこういう事がしたかったからじゃないんですか?」
「えっ?」
すると、いきなりドンッとベッドに押し倒されてしまう。
「えっ」
そして、耳元で一言。
「だから、こういう事ですよ」
なんと、手まで絡ませてくる。
これ以上はマズいと本能的に感じる。
そして、もっと顔を近づけてこようとする彼女のことをぐぐぐぐと押し返す。
さっきの腰掛けていた状態に戻った時、私は口を開く。
「あ、あんた、一体何してんの!?」
「何って……これが目的だったんじゃないんですか?」
彼女も彼女でまるで目的通りに進まなかったことに驚きを隠せない顔をしている。
「だって、ただ心配という理由で女の子を拾う人がいるとは思えません……。それにあなたを抱き止めた時、私、『何でもする』と言いましたし……。だから、そちらからされるぐらいなら、いっそ自分からいってやろうと思いまして……」
「……はぁ、あなたはバカなの?確かにそういう目的で女の子とかを連れ込む人もいるけど、私は違うわ。私はあなたのことがただ心配だったから、あなたのことを拾ったのよ。勘違いしないで貰える?それに……」
私は何故か、まだ絡まったままの手を振り払いながら、言う。
「まだ選挙権も無ければ、AVも見れないような歳の子なんて、『抱け』と言われても、青臭くて抱けないわ。もっと、成長してから迫ってきて欲しいわね」
「……」
「……ごめん、余計な事を言ったわ。……でも、まぁ、そういう訳だから、変な誤解はしないでね。私はただあなたのことが心配なだけだったのだから」
「分かりました。……すいませんでした、こんなことをしてしまって」
「うぅん、ビックリしたけど大丈夫だよ。だから、そんなに緊張もしなくて良いから……」
『グゥゥゥゥゥ』
「……」
「……」
「……ぷっ、あははははっ!」
「……す、すいません」
「お腹すいた?」
「……なんか、緊張が解けたので急に……あはは、ホントすいません」
「まったく……それじゃあ、ご飯にしましょうかね。……そう言えば、まだ名前を聞いていなかったわね。ちなみに私は遠坂葵よ。よろしく」
「あ、私は三宅楓です。よろしくお願いします、葵さん」
「うん、よろしく、楓ちゃん。……よしっ、それじゃあ、お互いの名前も知った所ですし、ご飯にしましょうか。パスタで良い?冷凍だけど」
「えぇ、全然なんでも大丈夫です」
「オッケー、準備するわ」
そうして、私はキッチンへと向かって、晩御飯の用意をするのだった。
********
次の日
甲高いアラーム音が部屋中に鳴り響く。
私はそのアラーム音を出している諸悪の根源をモソモソと布団から手を出して、バンッと止める。
そして、うーんと腕を上に伸ばした時、横の膨らみに気づく。
……そうか、そう言えば私、昨日女の子を拾ったんだった。
昨日の夜のことを少し思い出す。
結局あの後は、楓ちゃんがご飯を食べている姿をニコニコしながら見て、そこからは少し一緒にテレビを見て、寝た。
……あの時は楓ちゃん、別のお布団で寝てたはずなんだけどな。
なんで隣に……まぁ、いいか。
それにしても、可愛い顔で寝ている。
緊張も恐怖も取っ払ったかのような無垢な笑顔。
……まったく、こんな子が「拾ってください」なんて言うような状況とはいったいどういうものなのか。
まぁ、そこまで踏み込む勇気なんてものは私には無いのだが。
私は、彼女の可愛い頬をツンツンと突きながら、そんなことを考える。
ツンツンと突くたびに「うぅん」と少し、身動きをするのが可愛い。
だが、そんな気持ちも時計を見て、一気に冷める。
マズい、これは急いで準備しなければ。
私は、ツンツンと優しく突いていた指を平手に変えてペシぺシと頬を叩く。
「ねぇ、そろそろ起きないとまずいんじゃない?というか起きて」
「うぅん……もう少しだけ……あと5分だけ……」
「いや、私はあなたのお母さんじゃないんだけど。いいから、起きるよ」
「はぃい~……はっ」
楓ちゃんは今置かれている状況に気づいたのか、ガバッと布団から飛び起きる。
「す、す、すいません!」
「いや、だ、大丈夫だよ」
カァーと顔を一気に赤くしている彼女の顔や反応を見て、笑いがこみ上げてくるが、それを噛み殺しながら、答える。
「それじゃあ、そろそろ朝の準備をしないとね。楓ちゃんも……」
「あ、いや、私はもう冬休みなので、学校無いんですよ」
「……そうじゃなくて、家に帰るんじゃないの?」
「えっ?……あぁ、えーっと……帰らないとダメですか?」
「そりゃあ、ね……?親御さんも心配してるだろうし」
「……も、もう少し、もう少しだけここに居させてもらえませんでしょうか?」
あ、まただ。
また、あの時みたいに震えている。
……そんな顔をされたら断れないじゃないか。
「はぁ、……仕方ないわね。……それなら、もう少しだけ居させてあげるわ」
「ホ、ホントですか!?」
「ただし、タダでいさせるわけにはいかないわ」
「えっ、……ま、まさか、か、体、ですか?」
「そんな訳ないでしょうが。あなたは昨日、何を聞いていたの」
「で、ですよね、すいません……」
「あなたにはこの家の家事をしてもらいたいの」
「家事、ですか?」
「えぇ、生憎私は年末まで仕事があるのよ。そのため、掃除とかをする余裕が無いのよね。だから、あなたにはこの家の掃除とかそう言うのをしてもらいたいのよ。丁度冬休みで学校が無いらしいですから」
「それをすれば、ここに居させてくれるんですね!」
「まぁ、そうね。」
「や、やります!やらせてください」
「うん、それじゃあ、よろしくお願いね」
「はい!」
彼女は元気な笑顔で答える。
そんな様子に少し、いや大分違和感を感じながらも、私は見て見ぬふりをする。
そして、そんな見て見ぬふりをした先にある時計を見て、驚く。
「あっ、マズいわ。そろそろ家を出なければ。うーん……化粧はもう適当で良いかしら」
私はいつも通り、パパッと準備を済ませる。
「それじゃあ、私は行ってくるから、掃除とか色々頼んだわよ。あ、お昼代は机の上に置いてるから」
「分かりました」
「うん、じゃあ、行ってくるわ」
私はラックに掛かったコートを羽織りながら、そう言う。
「はい、行ってらっしゃい」
行ってらっしゃい……
久しぶりにそんな事を言われた。
まさか、拾った女の子からそんな事を言われるなんて、まったく……。
それにしても、あんな良い子が、ここに居られることに喜びを感じるほどとは……
「……」
ダメだな。
朝から変なことを考えてしまう。
いけないな。
私は頭を横にブンブン振って、考えを無かったことにする。
ふぅ、よし、今日の朝はコンビニで買って行こう。
********
はぁ、今日も相変わらず疲れた。
だけど、あと数日したら年末休み。
そこまでの辛抱だな。
私は重たくなった足を引きずりながら、そんなことを考える。
するとあっという間に我が家のドアの前にやってきた。
ガチャ
「はぁ、ただいま……」
「あっ、お帰りなさい!」
……そうか、今我が家には拾った女の子がいるのか。
定期的に忘れてしまうな。
「お仕事お疲れさまでした。ご飯出来てますよ」
「あっ、ホント?そこまでしてくれたんだ、ありがとう」
「いえいえ、ここに居させてくれるお礼ですから」
「……」
「それに実はもうお風呂も沸かしているので、ご飯を食べた後、直ぐに入れますよ」
「ホント、ありがとうね」
私が少し微笑みながら言うと、彼女は「ニシシ」と笑う。
……初めて見た彼女の笑顔。
最初と大違いだ。
やっぱり、女の子は笑っている方が『良い』
「……それじゃあ、楓ちゃんが作ってくれたご飯でも食べましょうかね」
「えへへ、ベタかもしれないけど味噌汁を作ったんだ!」
「おぉ、味噌汁か、いいね。楽しみ。他には?」
「他にはね……」
そうして、私たちは笑いながら、リビングへと向かっていく。
……この歪んだ温かさに飲み込まれないようにしなくてはと心のどこかで考えている自分もいた。
********
楓ちゃんが作ってくれた料理に舌鼓を打って、笑って過ごした次の日。
今日も仕事があるため、早めに起きる。
横でスヤスヤと安心した様子で眠っている楓ちゃんは起こさないようにソッと。
と言うか、楓ちゃん、もう私の隣で寝るようになったから、あの布団片付けとこうかな。
……まだ2日なのに、もう『普通』になりつつある。
まったく、この彼女の溶け込み具合にはびっくりさせられるな。
多分、今日も私が帰ってきた時には、彼女はご飯を作って、お風呂を沸かして待っていてくれるのだろう。
……こんな歪んだ日々に慣れてしまってはいけないが、ここ何年も1人で過ごしていた私からしたら、やっぱり温かい。
だけど、やっぱりいけないこと。
こんな日々とは早くおさらばしなければならない。
でも……
そんな感じで頭の中をぐちゃぐちゃに混ぜながら、私は朝の準備をする。
まだ、楓ちゃんはスヤスヤと寝ているようだ。
……まぁ、なんとかなるか。
私は彼女の満足しているような寝顔を見て、そう自分を納得させる。
よしっ、今日も仕事頑張ろう。
そうして、支度を終えた私はお昼代ともう家を出たことをメモした紙を机の上に置いて、玄関のドアをガチャリと開けるのだった。
********
それから、1日経ち、2日経ち、3日経ち、あっという間に年末休みに突入した。
まだ、あの『日々』は続いている。
朝早く起き、会社に行き、クタクタになって帰宅して、楓ちゃんが作った晩御飯を食べて、お風呂に入って、お喋りして寝る。
そんなおかしい「日々」
でも居心地が良いし、温かい。
だから、ずっと続いてしまっている。
だけど……そろそろなんとかしないとなー
押し入れから出したコタツでボーと温まりながら、そんなことを考える。
……ちょっと話題に出してみるか。
「……ねぇ、そろそろ家に帰らなくても大丈夫なの?」
テレビを見ていた彼女は私のそんな問いかけでこちらに振り向く。
「……いきなりどうしたんですか?」
「いや、もうこの家に来て、大体6日ぐらい経ったじゃない?そろそろ親御さんとか心配するんじゃない?」
すると、彼女は一瞬光を失ったような顔をするが、直ぐに張り付けたような笑顔を見せる。
「いやー、私の親は放任主義ですから、別に大丈夫ですよ!ですから、そんなに心配しなくても大丈夫です」
「う、うーん……そうだとしても何か連絡とかだけはしといた方が良いんじゃない?」
「連絡……ですか……するとしてもこの状況なんて言えばいいでしょうかね」
「あー……」
「赤の他人のある女の人の家に住ませてもらってるって言った方が逆に心配されそうな気がするんですよね……」
「確かに……」
「だから別に大丈夫ですよ!心配なさらなくて大丈夫です」
「そう?」
「はい」
そうして、彼女は話は終わりかのようにテレビの方に再度向く。
……結局言い負かされてしまった。
ちょっと、情けない。
だけどここまでとは……
「ふぅ……」
まぁ、彼女がそう言うのなら仕方がない。
無理にさせるようなことはしないさ。
彼女はここに「安心」を求めに来ているのだから。
そんなことを考えていると、ピロリン♪とお風呂の沸けた音が聴こえてきた。
「あっ、それじゃあ、私、先にお風呂入ってきますね」
「あ、うん、分かった。……そうだ、楓ちゃん、一緒にお風呂入らない?」
「えっ!?」
「いやー、一緒にお風呂入った方がもっとお互いのことを知れるかなと思ってさ。裸の付き合いってやつ?それに一緒に入った方がガス代浮くしね」
「あ、いや、ちょっと、そういうのは……」
「あぁ、ごめんね、急にこんな事言って、嫌だったよね……?」
「いや、別に嫌という訳じゃないんですけど……。すいません……」
「いやいや、急にこんな事を言いだした私が悪いんだから、そんなに謝らなくて良いよ。こっちこそごめんね?」
「いえ、全然大丈夫です。こちらこそ、すいません……本当に嫌なわけではないんですが。……お風呂入ってきますね」
「あ、うん……」
そうして、彼女はお風呂へそそくさと行ってしまった。
……嫌じゃないけど、一緒に入りたくない。
何と言うか……自分が考えていることが加速していくことを感じる。
「……」
私はポチンと残ったリビングで、どうしたものかと1人思案するのであった。
********
結局、あのまま何も変わらず、この日々が続いていた。
鐘の音も一緒に聴いて、カップ麺の蕎麦を食べて、新年のあいさつをする。
……まさか、今年も新年は1人で迎えると思っていたから、こんな形で迎えることになるとは思ってもいなかった。
どう考えてもおかしい新年の迎え方。
そして、流れていく三が日。
お休みもあと2,3日したら無くなってしまう。
……普通に親なら心配になるもんだと思うんだけどな。
それでも、彼女も帰る気はなさそうだし。
まぁ、私は警察を捕まらないことを祈るしかないのだが。
そんな私の不安は露知らず、楓ちゃんは普通に私の家で生活をする。
私が渡したジャージも、もう彼女のものだと言っても過言ではないほどになった。
「ねぇ、葵さん、そこのコップ、取ってもらえますか?」
「あぁ、はいはい、ちょっと待ってね」
……うん、不思議な関係だな。
拾って欲しいと言った女の子とそれに応じた私。
でも、居心地が良い。
楽しい。
この関係がずっと続けばよいと心のどこかで想ってしまう自分がいる。
だけど、いけない。
こんな関係はいけない。
終止符を打たないといけない。
だけど……
あぁ、まただ。
また、このループにハマる。
その時、丁度良く、お風呂の沸けたことを知らせる音が聴こえてくる。
……こういう時は、お風呂に入って、1回リセットしよう。
そう思った私は、楓ちゃんに声を掛けて、先にお風呂に入りに行く。
熱いお湯を肩まで浸かって、「ふぅー」と息を吐く。
だんだん気持ちが落ち着いてくる。
やっぱり、お風呂というのは良いものだな。
……のぼせる前に上がることにしよう。
そんな感じで頭をガシガシ、ドライヤーで乾かして、ホカホカと湯気を立たせて、脱衣所から出てくる。
そして、テレビを見ていた楓ちゃんにお風呂に入るように促し、お風呂へ向かう彼女の後ろ姿を見ながら、コタツへ入り、テレビを見る。
それから、ちょっとしてある違和感に気づく。
あぁ、そうか、ヘヤゴムを付けていないからか。
道理で、首元が何かくすぐったいと思った。
確か、ヘヤゴムは脱衣所に置いてあるはずだから取りに行こう。
そう思って、ガラッと脱衣所の扉を開く。
すると、その先には一糸纏わぬ姿の楓ちゃんがいた。
「えっ?」
楓ちゃんはいきなりの出来事に固まっている。
私はその瞬間にパッと彼女の体を焼き付けてしまう。
女の子の証明であるささやかな胸のふくらみや、スラッとした足にも目が引かれるが、私の目を引いたのは他の部分。
彼女の体は赤かった、それに青かった。
そして、予想通りだとも思った。
いや、予想よりもひどいかもしれない。
彼女も私のその視線に気づいたのか、慌てて隠そうとするが、私はそんな彼女の腕をガシッと捕まえる。
「楓ちゃん」
「……」
「楓ちゃん」
「……」
「楓ちゃん!」
「……分かっています。……ちゃんとお話ししますから……服、着させてください」
数分後
私はちゃんと服を着た楓ちゃんとコタツを挟んで、向かい合わせに座る。
「……正直に言うと、私はそうなんじゃないかと疑っていた。だけど、踏み込めなかった。でも、これは予想以上だ。大人としてこれを看過することは出来ない。……なんてこの生活に甘えていた私が言えることじゃないけど、ちょっと……話してみてくれない?」
「…これは転んでできた傷って言っても信じますか?」
「ふぅ……それは流石に信じないよ」
「ですよね……」
「だって、さっき見た傷、全部服で外から見えないところにあるじゃない。それに青く痣になっている者の中に赤い新しい傷があったりして。…流石にこれは全部転んだからというのは無理があるよ。私にはそもそも、そんなに転ぶほど君がドジだと思わないしね」
「……」
「……確かに、話しにくい事だとは思ってる。だけど、ここには私と君、楓ちゃんしかいない。暴力を振るう人もいない。だから、安心して話してくれないかな?」
私がそう言うと、楓ちゃんは静かに俯いてしまう。
その様子を見て、「やってしまったか」と内心焦る私だったが、キラリと見えた涙を見て、「分かってくれた」と安心しながらも、悲しい気持ちになる。
そして、私は彼女の隣に移動して、背中をさする。
「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「楓ちゃんが謝る必要は無いんだよ。逆に私の方こそごめんね。ずっと、見え見ぬふりみたいなことしちゃって」
「……うぅぅ……うっうっううっ……」
「もう全部吐き出しちゃっていいんだよ。そこ小さな心に仕舞い込んでいたもの全部。……よく今まで耐えてきたね。えらい、えらいよ。」
「……ううっううっうっ……ぐすぅ……」
そうして、私は彼女が落ち着くまで、ゆっくりと背中をさすり続けるのだった。
「……どう?少しは落ち着いた?」
「はい……ありがとうございます……」
「それなら良かった。……それで話せそう?」
「……えぇ、なんとか……」
「辛くなったら全然話すのやめても良いからね」
「はい、ありがとうございます」
楓ちゃんは机の上に置いてある水を一口飲んで、話し始める。
「……私の親、主に母でしょうか。母は自分の思い通りに行かなければ、ヒステリックになるようなそんな母でした。私がテストで悪い点を取った時や母の気に食わないことをした時にはすごく怒り散らかるような感じだったのですが、それをいつも止めていたのが父でした。……ですが、その父が去年、病気で死んでしまって……」
また、一口水を飲む。
「それからというもの、父という支え及びストッパーを失った母は尚更酷くなりました。父を失ったショックからか、何故か放任主義になりましたが、気に食わないこととかをしたら、ヒステリックになるのは常で、暴言とかだけに止まらず、ここ最近は体を……」
彼女は自分の体を軽く、自分で抱きしめる。
まただ、また彼女は震えている。
「……もう、それが嫌になって、母から逃げるように家を出てきたんです。でも、私には特に逃げれるような場所が無く、どうしようと途方に暮れている時に、葵さんで出会ったんです」
「そう……そうだったのね。……まさか、そこまでとは。本当に今まで聞かなくて、ごめんね、いや、ごめんなさい」
私は、彼女に対して、頭を下げる。
情けない。
こんなことを見過ごしていた自分が情けない。
いや、見ようとしてこなかった自分が情けない。
でも、彼女はそんな私をすぐに駆け寄って、頭を上げさせる。
「葵さんが謝る必要はありません。そもそも、葵さんにはこんなことに巻き込ませるつもりはありませんでした。……ただ、『安心』出来る場所が欲しかったんです。安心して、過ごせる日々が。葵さんはそれを私に与えてくれた。これがどれだけ私のことを救ってくれたか…」
「……」
「それにここでの生活は楽しかったし、温かった。すごく『良いな』と思ったんです。ここの生活のおかげで私は、生きようと思ったんです。ホント、葵さんに感謝しかありません。こちらこそ、拾ってくれてありがとうございます」
……なんて、この子は良い子なんだ。
なんで、こんな子がこんな報いを受けないといけないのか。
なんで、こんな子がこんな仕打ちを食らわないといけないのか。
そう考えると、私は無意識に自分の拳に力が入る。
そして、同時にある考えが浮かぶ。
……これをしないと私の腹の虫がおさまらない。
私は少し恐縮そうにしている彼女に声を掛ける。
「ねぇ、楓ちゃん、急なことだとは分かっているんだけど、少しお願いがあるんだけど」
********
「……ホントに大丈夫ですか?」
「これをしないと私の腹の虫がおさまらないからね。逆にこんな無理なお願いを聞いてくれてありがとう」
「いえ、それは良いのですが。……心配です」
「大丈夫。楓ちゃんには迷惑かけないからさ」
「いや、そうじゃなくて、葵さんのことが……」
「……ホント、楓ちゃんは良い子だね。私なら、尚更大丈夫だから」
私たちは今、楓ちゃんの家の前にいた。
私が楓ちゃんの親と話したいと言ったのだ。
そして、私は今、彼女の家のチャイムを鳴らす。
気持ちを落ち着かせるために、深呼吸1回。
少しして、ガチャリと扉を開く音が聴こえ、楓ちゃんの母であろう人が顔を出す。
「こんな時間にどちら様?」
「夜分遅くに申し訳ありません。私、先日から楓さんと交流をさせて頂いている者でございます。少しお話したいことがございまして」
私がそう言うと後ろから恐る恐る家でちゃんが顔を出す。
その様子を見て、母親は表情を一瞬変える。
「なるほど……そのお話はここではなんですから、どうぞ中で」
そうして、私達はリビングの方へ案内される。
そして、リビングの机に座った途端、母親は机をドンッと叩く。
「楓!あんた、何してんの!」
ビクッと楓ちゃんは震える。
「ここ最近、何にも連絡ないと思ったら、こんな赤の他人のところに転がり込んで。いくら、あんたのことをほったらかしていると言っても、こんなだとは思ってもいなかったわ。バカじゃないの!」
……一応、少しは心配をしているのか……?
と少しでも思った自分がバカだった。
「あんた、もう少ししたら期末試験でしょ!ちゃんと勉強しなさいよ!また、お母さんをがっかりさせる気!?」
そして、その勢いのまま、楓ちゃんに平手打ちをしようとする。
だが……すんでのところで私の存在に気づいたのか、そのまま抑えた。
楓ちゃんはまた震えている。
……そうか、いつもこういう感じでふるっていたのか。
目の前で見て、尚更怒りがふつふつと湧いてくる。
「なるほど……あなたはいつもそう言う感じで彼女に暴力を振るっていたんですね」
「えっ?」
「……彼女から聞きました。あなたはもう1年以上、彼女に対して暴力を振るっているそうですね」
「……はっ、これは別に暴力じゃないわ。『指導』よ」
「指導?」
「えぇ、まだ年端のいかないわが子に対する指導よ。これ以上、成績が悪くなったり、バカなことをしないようにするための指導。そして、私の理想に近づけるための指導でもあるわ」
狂っている。
「……あなたは自分が何を言っているのか分かっているのですか?」
「えぇ、もちろん分かっているわ。だから、してるんじゃない。私は子供の頃、色々な失敗をしたわ。だから、わが子にはそういうことをしてもらいたくない。それだから、私は心を鬼にして、こういう事をしているのよ。」
平然とした顔で言い放つ。
……こいつは人間じゃない。
鬼だ。心がじゃない。存在が鬼なのだ。
「それにしても、こんな赤の他人の所に逃げ込むなんて、まったく何をしているのかしら。ホント、面倒くさいことをしてくれるわね、この子は」
その言葉に楓ちゃんが反論しようとするが、その前に私がした行動で固まる。
パァンッ!
「えっ?」
乾いた音が部屋に響く。
「痛っ、あんた、なにすんのよ!」
「痛いですか」
「はぁ?痛いに決まっているでしょ!あんた、自分が何したのか分かってんの!?」
「……それが、それがいつもあなたが彼女に与えている痛みです!彼女がいつも心に追っている辛さです!あなたはいつも指導と称して、これ以上の痛みを彼女に与えているんですよ!」
私はまだ鈍い痛みを発している右手を押さえながら、そう言う。
いや、そう叫ぶ。
「それに子供というのは親の2周目の人生なんかじゃない!子供にも誰にも邪魔されない『人生』をちゃんと持っている!その『人生』というものを暴力を持って、捻じ曲げようとするのは言語道断だ!あんたは親なんかじゃない!そんなに自分の思い通りに動いてほしいのなら、操り人形を買え!」
「……」
私の勢いに押されたのか、向かい側のクズは黙り込んでしまう。
そこで私は以前から考えていたある案を言う。
「……ふぅ、決めました。楓さんは私の所に住んでもらいます」
「は、はぁ?あんた何言ってんの?」
「彼女をこんな人間と言えないような人がいる家に住ませるわけにはいきません。それが彼女のためです」
「……そんな事させるわけないでしょ。この子の親は私なのよ!勝手な事言わないでよ!」
「勝手なことも何も、こんな状況になったのはあんたの行動の所為だ!あんたが暴力を振らず、彼女を悲しませなかったら、こんな状況にはなっていない!」
「……」
黙り込んだ。
もう、話すことは無い。
そうして席を立とうとした時、アイツは口を開く。
「……警察、呼ぶわよ」
まだ抗うか。
「そうよ。娘を誘拐されたって警察に訴えてやるわ!これであなたの人生もお終いよ!」
「どうぞ、警察を呼びたいのならお好きにしてください」
「えっ?」
「ですが、こちらも貴方が娘に行っていたことに関しての証拠を警察に出します」
私は胸ポケットに忍ばせていたある物を取り出す。
「……それは……ボイスレコーダー」
「はい。今までの会話をすべて録音していました。これを聞かせれば、あなたも無事ではないでしょうね」
「……」
ふぅ……これでもう本当に話すことは無いだろう。
「行こうか」
私は楓ちゃんの手を取って、この家を出ていくことにする。
良かった。追ってこない。
そうして私たちはそのままこの家を出ていく。
開けた玄関の扉の音が少し軽快に聴こえた。
********
もうすっかりと暗くなってしまった帰り道の途中に差し掛かってきた頃。
さっきから心配なのが、楓ちゃんが俯いたまま、一言も発してこないことだ。
……もしかして、私と一緒に住むのは嫌だったのかな。
彼女に話さないまま、話を進めてしまったから怒っているのかもしれない。
でも……
「ね、ねぇ、勝手に話進めちゃってごめんね。楓ちゃんの気持ちも考えないで……って、か、楓ちゃん!?」
急に楓ちゃんが抱き着いてきた。
それもギューと力強く。
「か、楓ちゃん?ど、どうしたの?」
「……カッコ良かった」
「えっ?」
「母にあそこまで言ってくれて、カッコ良かった!」
楓ちゃんはパッと可愛い笑顔でこちらに顔を上げる。
「それに嬉しかった。……葵さんが一緒に住むって言ってくれて」
「あ、そうだ。それに関して、楓ちゃんの意見とか聞いていなかったから、大丈夫かなと思って。……いいの?」
「うん!私も葵さんと一緒に住みたい!」
「良かった。そう言ってもらえて。……それでお母さんのことはどうするの?」
「……私は正直に言うともう関わりたくない。だから、あの家に帰るつもりはないよ。それに葵さんと一緒に居られる方が嬉しいし、楽しいから!」
あはは、こりゃあ、大分懐かれちゃったな。
「そうか、それならホント良かったわ」
「でも……葵さんこそ大丈夫なの?その……私と暮らすことに関して」
「うん?別に大丈夫だよ?私も楓ちゃんと過ごすのは楽しいからね。それに私、こう見えても結構蓄えあるんだ。だから、楓ちゃんを学校に通わせたりすることも出来るから心配しないで」
私がそう言うと楓ちゃんはぽろぽろと泣き出す。
「か、楓ちゃん!?だ、大丈夫?」
「……葵さん、ホントありがとう」
「……うぅん、楓ちゃんこそ、今までよく耐えたね。これからは私が君を幸せにしていくからね」
「葵さん……」
ギューと私を抱く力が強くなる。
私はその様子に微笑みながら、彼女の頭を撫で続ける。
「あぁ、そういえば、あなた学校は?」
「一応来年卒業予定だよ。それでまだ決めて無いけど大学に行きたいなって思ってる」
「そうなんだ。じゃあ、これから進学についても考えていかなくちゃ。勉強もちゃんとしなくちゃね」
「うん!あ、でも……そういう勉強道具とか全部あの家にある……」
「あー……それは仕方ないけど、今度取りに行こうか……。大丈夫、ちゃんと私が守ってあげるから」
「うん、分かった。ありがとう、葵さん」
彼女は安心したような笑顔でそう微笑む。
私もそんな彼女の表情を見て、安心する。
「それじゃあ、今日は一先ず帰ろうか。冷えちゃったから、お風呂にも入らないと」
「……今度は一緒に入ってもいい?」
「あっ……うん、いいよ。一緒に入ろう。いっぱいお話ししようね」
「うん!」
そうして、私たちは一緒に、手を繋ぎながら、帰路に就くのだった。
********
『メリークリスマス!』
あれから、約1年。
私たちの日々はずっと続いている。
楓はこの1年で探し、見つけた第一志望の大学に無事合格した。
そして、今日はクリスマス。
彼女と出会って今日で丸1年だ。
去年まで買う事が無かったコンビニのケーキを1ホール買って、二人で食べる。
すごくささやかなクリスマスだが、私達からしたら幸せだ。
「美味しいね」
「うん、すごく美味しい!」
そんな彼女の笑顔を見られただけでも満足だ。
流石、甘いもの好きの二人なだけあって、1ホールきっかり食べきってしまった。
そして、この時を狙いすましたかのようにお風呂の沸いた音が聴こえる。
「今日も一緒に入る?」
「うん!」
まったく……こんなにも懐かれるとは思っても無かったけどね。
だけど、可愛い。
そうして、二人でワイワイしながらお風呂に入った後、私たちはホッと一息を尽く。
最近は12月でもそんなに寒くないから、コタツは出していない。
だから、楓はソファ、私はベッドに腰掛ける。
そして、さっきプレゼントで貰ったマグカップでココアを飲みながら、お喋りをする。
「そう言えば、楓と出会ってからもう1年だね」
「言われれば確かに。去年のクリスマスだったもんね、葵さんが私を拾ってくれたのって」
「うん、そうだね。でも1年早いもんだな」
「ね、あっという間だったよね、この1年は」
「ホントだよ。出会った頃はまるで小鹿のような感じだった楓が、まさか、こんなに立派になるとはホント嬉しいよ」
「もー、大げさだな~。……でも、葵さんには本当に感謝している。ここまで立派に育ててもらって、大学のお金も私が受けたところは他よりも高いのに『良いよ』と言ってくれて。ホント葵さんには感謝しかないよ」
「もー、楓こそ大げさだな~。……本来、それが普通なはずなんだよ?行きたいと言った所に、ちゃんと行かせられるように援助をする、後押しをする。それが『育てる』ってもんなんだからね」
「……でも、私からしたらそれが『普通』じゃなかったからね。だからこそ、葵さんにはすごく感謝しているの。ホントありがとう」
「楓……でも私も楓から貰ったものあるから」
「えっ?」
「私はね、今まで1人だったんだ。友達もあんまりしないし、彼氏もいない。あるのは仕事だけ、貯まるのはお金と有給だけ。そんな日々を送っていたんだ。でも、あの日、君と出会った。その日から私の日々は温かく、色のあるものに変わっていったんだ」
「そうだったんだ……」
「うん。だから私も楓には感謝している。ホントありがとう」
「い、いえ、私なんて……」
「いや、君は間違いなく、一人の、私の人生を変えてくれたんだ。ありがとうね」
「葵さん……」
「それに楓が来てから、仕事に対する意欲が変わって、もうそろそろで昇進できるそうなんだ。これも楓のおかげだね」
私は微笑みながら、マグカップのココアを飲み切って、机の上に置く。
「だから、本当にありがとうね……」
私は楓に笑顔でお礼を言う。
それを受けて、楓は顔を赤くする。
そして、少し俯いて、ゆらりと立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「……ね、ねぇ、葵さん?」
「ん?」
「私…大分身長も伸びて、葵さんのこと追い抜かしちゃったね」
「そ、そうね」
ホント成長期とは恐ろしいな。
「だから、そろそろ……いいかな?」
「え?」
ドサッ
「えっ!?」
私は楓にベットに押し倒される。
「あたし、まだ選挙権も無いし、A、AVも見れないような年齢だけどさ、じゅ、十分大人になったよね」
「へ?」
「葵さんが、私をそう言う対象で見てないことは分かる。でも、私は……私は……葵さんのことが好き!」
「えっ!?」
「だから、いつまでも私のことを『可哀そうな子』じゃなくて『1人の女』として見て欲しいの。……これが私の覚悟」
「ちょ、ちょっと、楓」
チュッ
私と楓の唇が優しく塞がる。
甘い
パッ
離れる
「……葵さんに振り向いてもらえるように頑張るから、覚悟しておいて」
楓は真っ赤な顔をさせながらも花のような笑顔でそう私に言い放つ。
私は多分、楓と同じ顔色であろう顔で呆気にとられることしかできなかった。
まったく、サンタさんは私にとんでもないプレゼントを届けに来てくれたようだ……
皆さんこんにちわ 御厨カイトです。
今回は「メリークリスマス、私は女の子を拾った。」を読んでいただきありがとうございます。
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