赤ずきんは恋を知る
森に住むおばあさんのところへ、お見舞いを持っていくことが赤ずきんの日課だった。
今日持っていくのは新鮮なミルク。母の手作りのチキンパイ。
そして途中の花畑でつんだ色とりどりの花だった。
母からは「昼までにおばあさんの家に着くこと」と言われているが、赤ずきんはのんびりと花をつんでいた。
「そうだ。花冠をつくろう」
そうして太陽が少し傾いたころ、おばあさんの家に向かった。
おばあさんの家に入るときは決まった合図がある。
ゆっくり3回、大きなノック。そして大声で声をかける。
「こんにちは。おばあさん、赤ずきんよ。入ってもいい?」
おばあさんの返事はいつも間を置いて、ゆっくり返ってくる。
「ああ、赤ずきん。いらっしゃい。鍵は開いてるよ。入っておいで」
いつものように、おばあさんはベッドルームでくつろいできた。
薄く開いた窓から心地よい風が流れてくる。
「よく来たね。今日はなにを持ってきてくれたの?」
赤ずきんが家に帰ると、仕事から帰った父と母が話していた。
「母さんもいい歳だから、一緒に住んだ方がいいだろうな」
「そうね。お義母さんのお友達も町に移り住んでるからきっと過ごしやすいわ」
「あの森は昔は狼が出たらしい。まあ俺だって見たことはないから、もういないとは思うが」
「怖いわねぇ」
「でも母さんはあの家を離れたくないというんだ」
「亡くなったお義父さんとの思い出があるのね」
「いや、父さんはあの家にこだわってなかったよ。便利な町に引っ越そうと何度も言ってた。でも母さんが自然の中で暮らしたいといったんだ」
「それなら無理に町によばないほうがいいのかしら。ねえ、あなたはどう思う?」
赤ずきんは答えた。
「おばあさんはあの家が大好きなの。無理に町に連れてきたらかわいそう」
「そうか。お前もそう思うならやめておこう」
今日も赤ずきんはおばあさんのお見舞いにいく。
持っていくのは焼き立てのパン。またお花を持っていこう。
お昼を過ぎる頃まで、お花をつむと、赤ずきんはおばあさんの家に向かった。
ノック3回。いつものように声をかけると、家からガタン、パタパタと歩く音がした。
赤ずきんはおばあさんの返事をまった。
「…いらっしゃい。赤ずきん。鍵は開いてるよ」
おばあさんはいつものように、ベッドルームで迎えてくれた。
窓は今日も少し開いていた。
赤ずきんは「家に着くのが早かったな」と思った。
明日はもっとゆっくりいこう。
そうしないと鉢合わせてしまうから。
おばあさんのお家を訪ねるのは、赤ずきんだけではない。
年に数回、おばあさんのお友達が。
月に数回、父が。
そして毎日、もうひとり。
赤ずきんがいない時間に、おばあさんに会いにくる人がいる。
きっと気づいているのは赤ずきんだけ。
みんなが知ったら驚いて騒ぎになっているはずだ。
その人は大きな耳があって、ふわふわな毛が生えている、狼男なのだから。
初めて見たときは驚いた。
おばさんの家の中でばったりあって、目があって、動けなくなった。
その人は赤ずきんには何も言わなかった。
おばあさんに、またくる、と声をかけて窓から出ていった。
おばあさんも、またね、と見送った。
たくさん聞きたいことはあったけど、赤ずきんはひとつだけ聞いてみた。
「あの人お友達?」
おばあさんは言った。
「あの人はね、」
その翌日から、赤ずきんはゆっくりお見舞い行って、早々と帰るようになった。
赤ずきんが帰るとき窓は空いているから、おそらく彼は来るのだろう。
そしておばあさんは、彼をまっているのだろう。
だから赤ずきんは、決まった時間にお見舞いに行くこと、そして必ずノックし、声をかけて返事を待つようになった。
ある日、いつも通りお見舞いに行くと、おばあさんの調子が悪そうだった。
顔色が悪く、咳をしていた。赤ずきんは「お医者さんを呼ぼうか」ときいたけれど、おばあさんは「呼ばないでほしい」といった。そして、私といつもより少し長く過ごした。
おばあさんはベッドで寝たまま、お話を聞かせてくれた。
それは女の子が森で出会った人と恋に落ちる話だった。
その恋は難しい問題がいっぱいあった。
でも2人の恋は途切れることなく長く続いて、最後には2人で幸せに暮らすのだ。
赤ずきんが「運命ってあるのね。素敵ね」と言ったら、おばあさんは嬉しそうに笑った。
次の日、赤ずきんはいつものように、おばあさんのお見舞いにいった。
ノック3回。そして声をかけた。いつまでたっても返事はなかった。
玄関の鍵が空いていたので家に入ると、おばあさんはどこにもいなかった。
いつもおばあさんがいるベットには、たくさんの花がおいてあった。花畑に咲いている花だった。
大きく開かれた窓から吹く風が、花々を揺らしていた。
赤ずきんは自分が摘んできた花をベッドにおいて、お見舞いのミルクとパンは持って帰ることにした。
おばあさんにはもう必要ないのだろう。
でも大丈夫。だって最後には幸せになるのだから。
「あの人はね、私の初恋の人なのよ」