不吉な手紙
机の上の白い封筒に、レオンが振り返って手を伸ばす。表面は何も書いていないようだ。
レオンが裏返すと、右下には「S」の文字が見え、青色の蠟で封がしてあった。
「宛名は書いてありませんが、ここに置いてあるということは、恐らくサフィリア様宛てのものでしょう。ただ、誰が持って来たものなのか、背を向けていたので、残念ながら私は見ておりません」
レオンは封筒を振ったり、押して感触を確かめたりしていたけれど、危険なものは入っていないようだと言う。恐らく数枚の手紙が入っているだけなのだろう、レオンが振るとカサカサという音がした。
「この部屋には、どれくらいの人が出入りしたのかしら?」
「医者が数名、そして、倒れた姫様を抱きかかえて運んできたユリウス様と、見舞いに来たほかの花婿候補の6名。それから私です。この状況下で誰が置いたのかは、はっきりとはしませんね」
「ありがとう。いいわ、中を見てみるわ。中の手紙を読めばわかるかもしれないから」
手を伸ばして封筒を受け取り、封を開けた。中にはいかにも上質な、金で縁取られた薄青色の便箋が入っている。
読み進めるうちに、だんだんと顔から血の気が引いていくのがわかった。指の先まで冷たくなる。
「サフィリア様、お顔色が悪いですが、大丈夫ですか……?」
読み終えた手紙がするりと両手から滑り落ちたのを、レオンが拾い上げた。読んでも構わないと軽く頷いて示すと、手紙に目を走らせるレオンの表情も、みるみるうちに険しくなった。
便箋にも宛名はなかったけれど、明らかに私に宛てたと思われるこの手紙の中身は、次のような内容だった。
『まずは、お誕生日おめでとう、16歳のあなた。無事に16歳を迎えられて、ほっと胸を撫で下ろしていることでしょう。
この手紙を送ったのは、あなたに警告するため。念のため先に言っておくと、怖がらせるためではないわ。あなたの命を守るためよ。
あなたには、7人の花婿候補がいるわね。いずれもこのオリラント王国を支える強力な高位貴族で、この国の7大勢力を継ぐ者たち。
炎魔法のイグニス家、ユリウス・ヴァン・イグニス。
風魔法のスカイ家、アルベルト・リー・スカイ。
水魔法のアクア家、イアン・オーヴ・アクア。
光魔法のルークス家、リヒト・サン・ルークス。
闇魔法のノックス家、カイル・ガード・ノックス。
叡智のヌミノーゼ家、アーサー・エルク・ヌミノーゼ。
武勇のグラディウス家、リュカス・ベルム・グラディウス。
いずれ劣らぬオリラント王国の7本柱でありながら、時に王位を争う敵ともなりうる厄介な貴族家に生まれた、稀代の才能に恵まれた跡取りたち。オリラント王国の長い歴史上でも、7大貴族家を継ぐ者として、これほど能力の高い者が同世代に生まれ、一堂に介することは滅多にないわ。
能力が高いだけでなく、見目も非常に麗しい。花婿に誰を選んだとしても、文句のつけようがないでしょう。
……けれど、あなたはきっと気付いているはず。あなたの頭のどこかで、警鐘が鳴っていることに。
そう、今までも、あなたの予感、特に嫌な予感は的中率が異様なまでに高かった。それがあなたの命を救う一因となっていたことに、あなたは気付いていたかしら。
そして、あなたの予感はこれからも当たることでしょう。
あなたの予知夢は、破滅の知らせ。そのまま運命に身を委ねれば、あなたの生き残る道は、針の穴を通すほどの確率でしか残らない。
ただ、最後に一つだけ。人生には、どうしても変えられない宿命がある一方で、運命は自分の手で切り拓くことができる。それだけは忘れないで。
あなたの幸せを心から願って、
Sより』
何だか気味が悪い。今まで靄がかかったようだった頭の奥が、今度はずきずきと痛み出した。
レオンが私を気遣わしげに見つめた。
「サフィリア様、この手紙にお心当たりはありますか?」
「……いえ、差出人に心当たりはないわ。けれど……レオンは、私がこの三日三晩、うなされていたと言っていたわよね。この手紙を読んで思い出したのだけれど、ずっと、私は悪夢を見ていたの。7人の花婿候補、それぞれを選んだときの、自分が命を落とす未来。誰と結婚するかで道が分かれる中で、1つの道を選び進んでいくと、命を落とす直前に、別の道を選ぶ未来が展開するの。……それが予知夢だったとするならば、この手紙はそれを言い当てているわ」
レオンは厳しい顔をしたまま、じっと押し黙っている。私はまた口を開いた。
「この手紙を見て、悪夢を見ていたことを思い出したくらいだから、具体的には覚えていないのだけれど。でも、花婿候補7人全員が、夢の中に出てきたのは確かだわ。……そして、確か1つだけ、死なずに済む未来があったの」
そこまで喋ってから、私は自分の話した内容に、あれ、と疑問を感じた。
予知夢に、1つだけ死なない未来……。その言葉にも、何やら聞き覚えがあるし、この場面にも、また既視感が……。
その時、私に呼びかける声が頭の中にフラッシュバックした。
一人の少女が明るい画面を見ながら、興奮に頬を上気させてこちらに話し掛けてくる。
「ねえ、お姉ちゃん。このゲーム、ヒロインで全ルートクリアすると、悪役の姫君でプレイできる裏ルートが出現するの。……裏ルートは隠しキャラもいて人気があるんだけど、これが超難しいのよ! この姫には予知夢の能力があるんだけど、どの道ほとんど生き残れないの。ゲーム作成者が、裏ルートだからって手を抜いたんだろうけど、それにしてもね。クリアできるルート、たった一つしかないのよ。やっと見つけた……!」
ペラペラと喋る妹に対して、どうやら空返事をした様子の私を、彼女は呆れたように見つめた。
「ねぇ、聞いてる、お姉ちゃん? そんな仕事と家の往復だけじゃ、人生つまんないよ……」
無理矢理見せられたゲームのビジュアルが頭の中に甦る。そして、それはこの前会った花婿候補の7人の姿に見事に重なった。
(嘘でしょうっ……!!!?)
私は心の中で絶叫した。