花婿選びの誕生日パーティー
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眩いばかりに燦然と輝く豪華なシャンデリアに、色とりどりの衣装で華やかに着飾った人々のざわめき。宮殿の大広間には、王国一の楽団の演奏が伸びやかに響き渡っている。
本来であれば主役級に美しい楽器の音色であるが、今日は主役を引き立てるための添え物に過ぎない。なぜならば、今日行われているのは、このオリラント王国国王の一人娘、サフィリア姫の16歳の誕生日パーティーであり、実質的にはその花婿候補を選ぶ会だと目されているからだ。
この大広間に集う人々は、オリラント王国の将来を担う有力貴族の者ばかり。水面下で激しい権力争いを繰り広げる彼らは、手に持ったグラスを傾けつつ、笑顔の仮面をつけて腹の探り合いをしている。
サフィリア姫は、社交界デビューはしているものの、何かと理由をつけてはあまり社交の場に顔を出さなかった。生まれつき身体が弱いとか、美形揃いの王族の中ではあまり美しくないとか、様々な噂が囁かれているが、その姿を見た者が少ないために、事実は霧の中だった。今日はその姫が公に姿を現す上に、姫の年齢的にも花婿探しをする可能性が高いということで、集う者の好奇心も相まって、皆の期待は否が応にも高まっている。
ざわざわという声が一瞬しんと静まったかと思うと、それから一層ざわめきが大きくなり、皆の視点が一点に集まる。サフィリア姫が大広間に姿を見せたのだ。
「まあ、あの方がサフィリア姫様」
「なんてお美しいお方……」
「凛としたお姿、さすが王族の威厳があるな」
「顔色もよろしいわ。……お身体が弱いようには見えないわね」
ひそひそと話す人々の囁き声をよそに、毅然と人々の前に現れたのは、背の高くすらりとした美しい姫。
蜂蜜色の艶やかな長い髪は緩いウェーブを描いており、澄んだ湖のような深い青色の眼差しは強い。その色白の胸元に輝く、繊細な細工の施された美しい宝石が姫に華を添えている。上品な光沢のある贅沢な生地がふんだんに使われた、瞳と同じ青色のドレスを優美に着こなし、まるで神話から抜け出してきたかのようなサフィリア姫の姿を前に、そこかしこからほうっと感嘆の溜息が漏れた。
大広間の中央に進み出たサフィリア姫が口を開いた。
「皆さま、本日はわたくしの誕生日パーティーにご参加くださり、ありがとうございます。ささやかな会ではございますが、楽しんでいただければ幸いです」
サフィリア姫が大輪の花を咲かせるような笑みを浮かべると、また感嘆のざわめきが大広間を包んだ。すぐさま、人の波から7人の若者が進み出て、姫を取り囲む。
(……ああ、とうとう来たわね。この方たちが、選りすぐられた私の花婿候補)
外向きの笑顔を顔に張り付けたまま、サフィリアは内心苦々しく、父王の言葉を頭の中に思い返していた。
***
父王が倒れたのは、ほんのひと月ほど前だった。そして倒れた事実は極秘にされている。
随分と危険な状態だということで、娘の私さえ面会は謝絶、父王の居室の前から言葉を交わすことができるのみだった。
父王が倒れたとの知らせを聞いて、慌てて駆け付けた私に、ドアの向こう側から父王の声がした。
「……サフィリア、元気にしているか」
「はい、わたくしは元気にしておりますわ、お父様。……日頃なかなか自室から出ずにいて、申し訳ございませんでした。お父様とお話するのも久し振りですわね。ご体調はいかがですか?」
「あまり芳しくはないな。だが、気分はそれほど悪くもないよ。……実は、お前に大切な話がある」
どこか不穏な空気を感じつつも、私は答えた。
「何でしょうか、お父様」
「お前ももうじき16歳になる。そろそろ結婚してもよい頃合いだ。私の身体もこの状態だ、いつ何が起こるかわからない。私の目の黒いうちに、お前の花嫁姿を見せて貰えないだろうか」
「……ですが、お父様。16歳というのは、少し早くはないでしょうか。せめて、あともう2年ほど…」
父王の声ががらりと低いものに変わった。有無を言わせぬ、風格のある声に。
「お前もわかっているであろう。息子のいない私にとって、お前が唯一の跡取り娘。そして、お前の結婚相手は、この国の王の座を継ぐことになる。お前も知ってのとおり、この国では謀略が後を絶たない。お前がこの年齢まで無事に生き残ったのも、奇跡と言ってよいだろう。……そんなお前の夫になる者、この国を任せる者の顔を、この目でしかと見ておきたいのだ」
私は、すぐに答えることができなかった。
私ができるだけ人目を避けて王城内で過ごしているのは、自分の命を守るため、それが一番の理由だった。このオリラント王国は世界最強の王国と呼ばれる一方で、その歴史は血塗られてもいる。親族間での王位継承者暗殺や、下位貴族による下克上など、手段を選ばず王位が入れ替わってきた。祖父の代より、この国の王座は王家の血筋に戻ったものの、王座を狙い目を光らせているものは数知れない。
父王も、王位争いの影響を被った1人である。父王の場合には、愛する妃と息子……つまり、私にとっての母と兄が、次々と命を落とした。父王は、国王としては珍しく、側室は1人も娶らなかった。母の死後も側室を娶っていないことからしても、その愛情は深かったのだろう。
以前に私の兄に当たる男児が生まれているけれど、幼いうちに服毒が原因と思われる病状が悪化して崩御し、結局、無事に生き残った子供は私だけ。しかし、私も幼い頃に母を亡くした後、物心がついた頃から、命の危険を感じたことは数知れなかった。食事に混入された毒、休養先の避暑地での襲撃、火事や暗殺未遂など、枚挙にいとまがない。けれど、私はどうにかこうして生き残った。
最近、命の危険を感じることが少ないのは、この国で大きな権力を持つ貴族の七派が互いに牽制し合っていること、そして、各派閥に、私と年の近い有力な後継ぎ……すなわち、私と結婚することでこの国の王位を継ぐことが可能な者が、それぞれ擁されているからだろうと思っている。
そんなことを考えていると、また扉の向こうから父王の言葉が続いた。
「お前に選りすぐりの、7人の花婿候補を選んである。お前の16歳の誕生日、この日に彼らに会うとよい。そして、その2か月後に、この王国の建国記念祭がある。その祝祭の日までに、結婚相手を決めるのだ。お前に拒否権はない。……わかっておろうな?」
花婿候補は、各有力貴族家の後継者の7人と考えて間違いはないだろう。それは予想通りの言葉ではあったけれど、衝撃は大きかった。会ってからたったの2か月で、一生添い遂げる相手を選ぶのだ。……その一生の長さがどれほどのものになるか、まだわからないけれど。
ただ、私は恵まれているとも自覚している。本来ならば、私の結婚など政略結婚に過ぎず、婚約者が定められていて、選択肢がないのが当然なのだ。この国の場合、幼くして私の婚約者になりでもすれば、実際問題として死亡リスクが跳ね上がる……ということも、婚約者の座が空席だった理由だとは思う。けれども、これは娘を思う父の気持ちがあってこそのことなのだろうと、感謝して受け取るべき言葉なのだろうと、そう思った。
「承知いたしましたわ、お父様。……建国記念祭の日までに、お父様に私の結婚相手をご紹介します」
「……ああ、頼んだぞ」
扉の向こうで、父王が微笑んだような気がした。