3ページ目 タクノミ おイモチップス
「疲れた……」
仕事終わり、満員電車から降りると、思わずこぼれる言葉。
今日も派遣先から、新丸子へと帰ってきた。
ハケンという仕事は、その名の通り色々な場所、色々な仕事場に派遣される立場だ。
私は主に、シショク販売の仕事で各所に派遣されるのだが、何時間も立ち続けるため、とても疲れる。特に足。フクラハギが痛い。
改札を出た私は一直線に、駅併設のスーパーマーケットに入る。
ニッポン人は皆、すごい。
店内でオモイオモイに買い物をしている人たちを見て、思う。
過酷極まる仕事に日々従事し、それが終わったと思えば、人で目一杯の電車に詰め込まれ、他人と肩が接触し続けるような距離で揺れながら運ばれていく。
それに耐えなければ、家にも帰れない。
真知子に聞いたところによれば、このマンイン電車というのは大都会でしか発生しないとのことだが、それにしたって仕事を毎日のように続けられるニッポン人は……すごい。エルフの身の上では、異常にすら思える。
エルフはほとんど、働くということをしない。
強いて言うなら、森の果実や木の実、食料を確保する際に集団で森を回ったりするぐらいだ。
しかしそれも、労働と呼べるほどのものではないと思う。
なぜ働く必要がないのかと言えばそれは、金銭を稼いで物を買ったりといったガイネンがそもそもないからだ。
衣食住、すべて森の恵みによってもたらされているため、金銭をどこかに支払う必要がないのだ。
エルフの森を離れて人里に下りていくエルフもいて、そういった者たちは人々の中でケーザイなどといったことを学んで適応し、生活をしている。
しかし森に住まう純血のエルフは、ケーザイといったものを、知識としては知っているのだが、それを自分たちは埒外から傍観しているような状態、とでも言えばいいだろうか。
ここで正直に告白をすれば、エルフは汗を流して働いている者たちを、若干見下していた。なぜそこまで苦労する必要があるのか、と。
当然、少なからず私もそのような間違った考えに染まってしまっていた。
しかし、今だから言わせてほしい。
働ける人、本当に尊敬っ!
働き続けるのとか、ベリーハード!!(真知子にこういうとき使えと教わった)
すごすぎるよ、あなた方!!
純血エルフの働かない特性を真知子に話したら、『あ、ニートのエルフって設定ね。それ新しいかもだけど、暮らすためには働こうね!』と、なぜか生暖かい目で見られた。
「超人たちに、敬礼……」
思わず店内で、私はニッポン人の皆様にエルフ式の敬礼をする。
左胸に右手を添える、というものだ。
「……よし」
敬礼を解き、私はカゴを握り直し、気持ちを切り替える。
さて、今日はどんな酒グルメを楽しもうか。
と言いつつ、すでに私の腹は決まっている。
だからこそ今日はスーパーに来たのだから。
私は目的地であるお菓子売り場に向かって、歩き出した。
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「ただいま」
と、声をかけたはいいものの、ヤチン六万円のワンルームには、私の他には誰もいない。
ここが、ニッポンに来てからの私の城だ。ケーヤクなどは全部、真知子が手伝ってくれた。
森の巨木の根に作った洞などに暮らしいていた身からすれば、この人工の壁によって隔てられた空間は、少し落ち着かなかったが、今はだいぶ慣れた。
真知子が『これは絶対に必要だから』と揃えてくれた家具の一つ、レーゾーコを開け、買ってきたものをいくつか入れてから、今夜の相棒となる物を取り出し、扉を閉める。
「さて、と」
ワンルームの真ん中に置いてある、テーブルを囲んで座る。
そう、今日はタクノミである。
そして選んだ酒グルメのメインディッシュは、缶ビールと、おイモチップスだ。
おイモチップスはその名の通り、ジャガイモと呼ばれる穀物を薄切りにし、油であげて調味料で味付けしたのものである。
これがここニッポンでは、密封された袋に入れられて、様々なところで市販されているのだ。
本当に流通が発展している。それもニッポン人の仕事への熱心さのおかげだと思うと、頭の下がる思いだ。
「むむ」
色鮮やかなオレンジ色をした袋の上部の中心を、両側からつまむように、引っ張って開ける。中身が飛び出してしまわないよう、力加減に気をつける。
真知子いわく、この開け方がおイモチップスを一番美味しく楽しめる開け方なのだそうだ。
味の種類も豊富に用意されているのだが、今日は王道だというウスシオ味を選んだ。
さっそく大きめの一枚を手に取り、口へ運ぶ。
パリッ。
サク、サク、サク、サク。
カラッと上がった薄切りのチップスは、とにかく軽妙な触感が楽しい。
食感を楽しんだあとには、絶妙な塩気が口の中に広がる。
うーん、もう一枚。
パリパリッ。
サク、サク、サク、サク。
口の中ではじけるようなサクサク感は、手が止まらなくなる。
一枚口に入れたら、さらに二枚、三枚と続けて食したくなってしまう。
しかもどんなに枚数を重ねようと、ちょうどいい塩加減のおかげで決してくどくならない。
こんなものが毎日のようにソコカシコで買えるなんて、本当にニッポンはすごい。
「おっと、忘れていた」
おイモチップスに夢中になり、肝心の缶ビールを忘れていた。
缶ビールとは、お店で飲むあのビールを、缶と呼ばれる特殊な容器に密閉し、自宅でも楽しめるようにしたものだ。
こんなものを思いつくなんて、ニッポン人の酒への執念は凄まじい……!
プルタブと呼ばれる、少し開けるのにコツがいるフタを開ける。
これはそのまま、飲み口となるスグレモノだ。
真知子は缶ビールはそのまま飲まず、コップに注いで飲むべき、と言い張っていたが、私はこの缶というもののまま飲むが、結構好きだ。
なぜなら、この缶という容器は非常に冷たくなる。
そのおかげで、中にあるビールもキンキンに冷える。そして、その冷たい容器に口をつけて飲むことで、さらに刺激的な冷たさが際立ち、いつも以上にうまさが引き立つからである。
プシュ。
プルタブを開けた時の独特な音すらもツマミにし、いざ。
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ。
「ぷっっっっはああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
おっと、いかんいかん。
家のせいか、思わず大きな声で飲んだあとの余韻を表してしまった。
しかし、この絶妙な塩気とほんのり香るジャガイモの匂い、そしてキンキンに冷え切ったビールは、手が止まらない。
サク、ゴク、ぷはー!
真知子が言っていたが、ビールは『ノドゴシ』で味わうものだという。
ともすればお店で味わう生ビール以上においしく感じられる、缶によって冷やされたビール。
その炭酸と苦み、冷たさが、喉をこれでもかと刺激する。
止まらない!
「……っぷっは! くぅぅぅぅ!」
この組み合わせもまた最高だが、今宵は『アジヘン』なるものに挑戦しようと思う。
私は一度立ち上がり、レーゾーコから真知子がオススメしてくれた調味料、マヨネーズとシチミを取り出す。
真知子からのもらい物である小皿にマヨネーズをたっぷりしぼり、そこに七味をかける。
これをおイモチップスにつけて食すのだ。
真知子いわく、『ディップ』という食べ方らしい。
一番厚みのあるチップスを取り出し、たっぷりと『マヨシチミ』を付けていただく。
サク、サク、サク。
じゅわわぁぁぁぁ……。
「ここですかさず……っ!」
ビールを一気にあおる。
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ。
うんまああああああああああああああぁぁぁぁいいいいぃぃぃぃ!!!!
絶妙だった塩気に加え、マヨネーズの滑らかな酸味と、シチミのピリッとした風味が溶け合い、口の中に心地よい“渇き”をもたらす。
その“渇き”に対する回答として、間髪入れずビールを流し込めば――喉が、震える。
「幸せだ……」
家でもこんなに濃厚な、酒グルメが楽しめる。
本当に、ニッポンは素晴らしい。
ニッポン人の皆様に、感謝である。
ただ……一つだけ、言いたい。
「シューゴ(週五)勤務は、働きすぎではないのだろうか……?」
前にこれを真知子に話したら、『アルエル、マジでニートメンタルだね!』となぜか生暖かい目で見られた。
絶対に正常な感覚なのは、私の方だと思うのだが……。
そんなことを考えながら、タクノミによる酒グルメはしっぽりと続いた。
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そう記して、私はその日の『酒日記』の執筆を終え、ペンを置いた。




