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2ページ目 渋谷 バカ盛り唐揚げ


「オツカレサマデスー」

「はいお疲れ様ー」


仕事終わりの挨拶を交わし、本日の派遣先の店から、外へ出る。


今日の職場は、渋谷。

恐ろしいほどに文明が発展した都市である。


鋼鉄で造られているという雲を突き刺すようなビルが、群れを成すようにそびえ建ち、そこから溢れるように現れる人波。

陽が落ちてからも途絶えることのない活気と、人工的な光の渦。


私が元いた世界における、人が作った最大の文明国家でも、これ程までの状況ではなかっただろうと思う。

その国に私自身は行ったことはないが、そこへ行き旅を終えた仲間のエルフの土産話を思い出せば、やはりここ渋谷とは雲泥の差があるように思えた。


異常な発展を遂げたこの街では、酒を飲む店には事欠かないが、逆に言えば店が多すぎて選ぶのに困ってしまうことが多い。


しかし今日は、ある人と約束をしているので店選びに困ることはない。


そのある人と言うのは、ニッポンにおける私にとっての大恩人なのだが、常に飲む店は即断即決、こうと決めたら必ずその店で酒を飲むまで帰らないという、酒への異常な執着を見せる女性である。


おっと、恩人のために言っておくが、彼女も決してノンダクレではないぞ?


さて、彼女は今日、どんな酒グルメを教えてくれるのだろうか――約束の店へ向かいながら、私は頬が緩むのを感じていた。


ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


「あ、アルエル! ここよ、ここー」


雑居ビルの四階にある、広々とした居酒屋。

大恩人、武藤真知子は隅のテーブル席に腰掛けて、ひらひらと片手を上げていた。


「すまない、真知子。待たせた」

「よいよい、先にやってたよ」


見ると、テーブルにはすでに半分ほど空いているビールジョッキが。

真知子の顔はすでに赤い。

本人いわく「酔わないけどすぐ顔赤くなるんだよね」とのこと。


「とりあえずお疲れ。ビールでいい?」

「うむ」

「すいませーん!」


席に着くと、すぐに真知子はテンインさんを呼び、注文をしてくれる。

こういったノミノセキでの機敏な動きは、真知子が非常に得意とするところである。


注文を終えると同時に、真知子はジョッキを煽る。

遠慮なく思い切り喉を鳴らして飲んだあと、ぷはーと大きく息を吐きながら、「あーうまっ」と唸る真知子の姿は、いつ見ても様になる。

こちらまで酒を飲みたくなってくる。


「アルエルはほんっと、いつ見ても美人だよねー。見てるだけで酒の肴になる。入口んとこの大学生の男子たちも、めっちゃ見てたっしょ?」

「まぁ、エルフであるからな」

「さすが。常にその設定を忘れないアルエルを尊敬!」


出た、『セッテー』。

真知子は一緒に飲むたび、なぜか私がエルフであることを『セッテー』と形容する。


どういったものなのか説明を求めたところ、『人が多すぎるこの街で、自分を見失わないための、自分に課すルールみたいなもん』なのだそう。これまた、掴みどころのない答えである。


まぁこれで困ったこともないので、特に強く訂正はしていないのだが。


「この白い肌、すっと通った鼻筋、キリっとクリっとした目! あとなによりその白銀の髪! 本当美しい!!」

「ありがとう。まぁ、エルフであるからな」


真知子は私の頬をぷにぷにと触りながら、声高に言う。

そう、真知子はおそらく『酔う』のが早いのだ。

指摘すると毎回、本人は酔っていないと言い張るのだが。


ちなみに私は、まだこの『酔う』という状態をしっかり認識したことがない。

真知子が言うにはかなり気持ちいいらしいのだが、これから味わう瞬間はやってくるのだろうか。


「あ、でもその割にあんまり耳はとがってないよね?」

「そ、その指摘はよせと言っているじゃないか!」

「ひゃー、アルエルが怒った! あっはっは!」


くぅ、真知子め! 私の一番触れられたくないところを!

エルフにおける美しい耳の定義は、ピンと尖り気味に上を向き、大きい耳である方が良いとされている。

しかし私の耳は、あまり尖っておらず丸みを帯びており、尚且つエルフにしては小ぶりなのだ。


あれだ、一言で表すならば、コンプ、コンプレー……あぁ、なんだったか、こういったものを指す言葉は。

真知子についこの間、教わったのだけれど。


「耳は私の、ほら、アレだ、コン、コンプ、コンフレ……コーンフレーク?」

「それはエ〇ワン王者のネタ!」


なぜか真知子は手の甲で私の肩を小突いた。

その手からはなぜかビシィィ!という音が出そうだった。


「それを言うならコンプレックス!」

「そうそう、それだ。コンプレックスというやつだ」

「いやーアルエルはどんどん言葉を使いこなしていくね。アルエルの先生として、鼻が高いよ、あたしゃー」

「うむ、感謝している」


真知子は、ここニッポンで生きていくための、様々なことを教えてくれた大恩人だ。


路頭に迷っていた私に手を差し伸べてくれ、最低限の社会常識を説いてくれ、言葉を学ぶために本を貸してくれ、一人で暮らしていくための知恵もたくさん教えてくれた。

酒日記を書きはじめたのも、ニッポン語の勉強になるからと、真知子が助言をくれたからだ。


「お待たせしましたー。ビールと唐揚げでーす」


と、そこで背後からテンインさんの元気な声。

待ちわびたビールが来たと、思わず振り返った私の目に飛び込んできたのは――


「な、なんだこれは!?」


ビールと共に運ばれてきたのは、唐揚げ――の山だった。

小舟のような大きな器に乗せられた、山盛りの唐揚げ。

山の頂には白髪ねぎが盛られており、その様はまるで雪化粧を施された富士山のようだ。

居酒屋の壁にも富士山が描かれており、意識しているのだろうか。


とにかく、圧巻である。


「てへ、悪ふざけしちゃった!」


真知子が体を傾けてこちらに顔を見せて、悪戯な笑みを浮かべて言う。

テーブルの真ん中にこの山を置くと、お互いの顔が見えなくなるほどの盛られ方だ。

それにしても、とんでもない量だ。


「真知子、さすがにこの量は……」

「そう思うでしょ? いいからいいから、まずは食べてみ!」

「う、うむ」


言われるがままに一つ、箸で小皿に取る。

一つ一つの見た目は、シンプルな鶏の唐揚げだ。

カラッとあがった衣からは香ばしい匂いが漂っており、いかにもビールに合いそうだ。


じゅるり。


い、いかんいかん。

見ていたら口の中にヨダレが……思わず口元をぬぐう。

さて、お味の方は――


サクッ、じゅわぁぁぁぁ……。


「んんんんんんんんっ!!」


あつ、あつっ!

出来立て、この唐揚げ!


「はふっ、はふふっ」


一口噛んだ瞬間、アツアツの肉汁が口の中へあふれ出す。

鶏肉のうま味たっぷりの肉汁と、少し甘味のある醤油ソースが絶妙に溶け合い、口の中を幸せで満たしていく。

目を瞑ってしっかり噛んでいくと、無限に肉汁があふれ出す。

何度でも何度でも、噛んでいられる。


そしてこれが、しつこくない。

絶妙な加減でカラッとあがっているからなのか、はたまた何か隠し味でもあるのか、しっかり味が付いているのに脂っこくなく、次、次と口に運びたくなる美味しさだ。

そう、まさに後を引く美味さ。


そんな幸福の余韻に浸りながら目を明ければ、当然のようにそこに鎮座するビールジョッキが。


……ここで飲まずにいられるものか!


手が無意識と言って差し支えないレベルで素早く動き出し、唐揚げのうま味が残る口の中に、キンキンに冷えたビールを流し込む。


ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。


「……ぷはっ!」


あぁ……うんまぁぁいぃぃぃぃ!!


唐揚げとビール……唐揚げとビールっ!!

なんだろう、もうこの響きだけでお酒が飲めそうな気がしてくる!!


「どう? いいっしょ、ここの唐揚げ」

「うむ……いい!」


これも真知子のウケウリだが、ビールは揚げ物、特に鶏の唐揚げと相性がバツグンだ。

うま味の権化と言える肉汁と脂が絡み合ったエキスが、ビールによって晴れやかに胃に落ちていく。


ただでさえ全然しつこくない唐揚げが、さらにするりと入っていく。

この組み合わせはやはり、何度でも何度でも、味わいたくなる中毒性を持っている……!


「な、何度でもいける……いけてしまう!」

「そうそう、癖になるんだよねーこれが」


サク、じゅわぁ、ゴク!


サク、じゅわぁ、ゴク!


やめられない、止まらない。

本能の赴くまま、唐揚げ→ビールを繰り返していたら、あっという間にジョッキが空になってしまった。


「あ、すいません! ビールを――」

「待った、アルエル。二杯目は私に任せていただきたい」

「む、これ以上の組み合わせがあるというのか!?」

「以上と言わないまでも、同等とは言えるかもしれないね」


ビールを欲するがままに注文をしようとした私を、真知子はそう言って止める。

まさか、ビール以上に唐揚げに合う相棒がこの世に存在するというのか?

私には到底、あるとは思えない!

唐揚げとビールこそが最強だ!


「まぁまぁ、だまされたと思って」


真知子は思わせぶりに言ってから、テンインさんにこう告げた。


「レモンサワーを二つ!」


「レモンサワー……だと?」


ビールと唐揚げの組み合わせは何度も味わったが、レモンサワーははじめてだ。

しかし玄人である真知子が勧める組み合わせだ。

試してみる価値はあるだろう。


そして、すぐに運ばれてきたレモンサワー。

冷えたグラスに並々に注がれている。


「さ、いってみいってみ」


笑顔で促してくる真知子。

勧められるまま、私は再び唐揚げにかぶりつき、触感とうま味のハーモニーを楽しみながら咀嚼。

そして、レモンサワーをぐっと傾けた。


ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。


「っ!!」



うんまああああああああああああああぁぁぁぁいいいいぃぃぃぃ!!!!



レモンの酸味が、唐揚げの濃い味を爽やかに洗い流してくれる。

あとにはすぐ、レモンサワー自体の爽快な炭酸の刺激が、喉を通り抜けていく。

それはあたかも、揚げ物を食べていたことを忘れさせるほどの、すっきり。

極上の清涼感だった。


あぁ、レモンサワー……。

アナタはまるで、故郷の森を吹き抜ける一陣の風のようだ……!


「ほら、唐揚げにはよくレモンを搾るでしょう?」

「た、確かに!」

「そ。だから相性が良いに決まってるわけよ~」


感動に打ち震えていた私に、真知子は冷静に教えてくれる。


そうか、そういったところにも食の相性というものが見出せるのか。

この酒グルメへの着眼点。さすが、真知子である!




結局、運ばれてきたときには絶対に完食は無理だと思われたが唐揚げ盛りを、私たちは二人でたいらげてしまった。

山盛りの唐揚げも、ビールとレモンサワーという最高の相性を持つ相棒が二人もいれば、完食はいともたやすいものだった。


満腹となった電車での帰り道、真知子が『さすがにやばいから明日は多摩川沿い走ろうっと……』と呟いていた。

彼女が運動している姿がまったく想像つかなかったが、まぁ、頑張ってほしい。


なんにせよ、今日も今日とて美味しい酒が飲めた。

やはり真知子は、酒の色んな楽しみ方を知っている。


私も、精進を続けなければ。


そう、故郷へ帰るためにも。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


そう記して、私はその日の『酒日記』の執筆を終え、ペンを置いた。


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