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ショパン、鈴の音、膝の痣

カウンセリング室に通い始めて、1週間がたった。毎朝7時半までには学校に着くように登校し、予鈴がなるまで入り浸る。


彼女がドアでクマが抱えているポストに入れられた相談の手紙に返事を書いたり、何やらパソコンで作業をしたりと忙しそうにしている横で、俺は花の水を替え、コンロを勝手に使って2人分のコーヒーを煎れソファーを陣取り問題集を解く。


彼女の仕事に一段落がついたら世間話をしたりはするが、ほぼ会話はゼロだ。なのに、何故だかその空間が心地良い。


馬鹿だとは思うが、彼女に言われた課題も毎日欠かさずこなしている。


帰りのホームルームを終え、いつものように美月と宏と3人で開く勉強会の準備をしていると、肩をポンと叩いて宏が話しかけてきた。


「なぁ、楓」


「何?」


「今日さ、弟の誕生日でさ、なるだけ早く帰ってくるように言われてんだよね。だから途中で勉強会抜けるから」


「……わかった」


確か、宏には小学校低学年の年の離れた弟がいたはずだ。誕生日会でもするのだろうか。


「今日は何の教科すんの?」


宏はイスの背もたれを抱えるようにして座り、俺の読みかけの小説のページをパラパラとめくっている。


「化学をやろうと思ってる。兄さんに化学の参考書をまた譲ってもらったから」


化学という言葉を聞いてあからさまに顔をしかめる宏に思わず苦笑する。


「化学とか、俺だいっきらいなんだけど……」


「嫌いで出来ないからやるんだろ」


「そうだけどさぁ」


宏は理系のクラスに自ら望んで入っているくせに、理科数学は大の苦手教科だ。とは言え、全く出来ないわけではないのだが。


「ねぇねぇ、やっぱり国語にしない?」


「お前がやりたいだけだろ。大体、俺が解説できないんだけど」


彼は理系のクラスにいるくせに、国語は飛び抜けでできる得意教科だ。ついこの間の実力テストは国語は3位以内に入っていた。


俺は国語が苦手教科で、実力テストでも模試でも宏に得点や偏差値で負けてしまう。その度にしつこく自慢じみたセリフを吐きまくるから、腹が立つ。


「途中で帰るんだろ?今日くらい我慢して化学を勉強しろよ」


俺のその言葉に渋々といった感じで頷いて、今度は俺が机に置いてあった参考書に目を通し始めた。ページを捲る毎にぐぇ、とか、うぇとか変な声が漏れ出ている。


「……来る」


俺が時計を見て呟いたのとほぼ同時だっただろうか。相変わらず騒音並に大きな音を立てて美月が飛び込んできた。彼女の場合、入ってきたというより、飛び込んできたという感じなのだ。


「たっかはっしくーん!やっほー!」


「聞こえてるから静かにしてくれ。なにがやっほー!だ、なにが」


毎日の事なので、教室に残って課題やら勉強やらをしている生徒も驚かなくなった。つくづく人間はすごいと思う。こんな騒音にまで無視を決め込むようになれるなんて。


「今日から隣の教室行くぞ」


「なんでー?」


にっこり笑ったまま小首を傾げる美月の頭を軽く拳骨で叩く。途端に宏が高らかと手を上げで、暴力反対!と叫んだ。


「お前等がうるさいから行くんだよ。邪魔になるだろうが」


「勉強してる間は静かじゃない」


「勉強に入るまでの2、30分はうるさい」


唇を尖らせてムスッとした表情の美月の背中を押してもと来たようにドアまで押しやって廊下に出させてから、荷物を持って俺と宏も教室を出る。


俺達3人が出ただけでシャーペンの立てる小さな音しか聞こえなくなる。やはり、勉強している者にとって迷惑極まりなかっただろう。これからは美月にも、隣の教室に来てもらうようにしよう、ふとそう考えた。


3つの机をくっつけて、俺が美月と宏の前に座る。家でコピーしてきた参考書の問題を二人に配り、俺は参考書を開く。


「今日、化学なんだ……」


プリントを見て美月も先程の宏と同じように顔をしかめた。


「化学そんなに嫌いなのか?俺は好きな方なんだが」


「そーれーはぁ。高橋君が得意だからでしょうー?」


ねぇ?と美月は首を傾げて宏に同意を求めた。宏はそれにうんうんと頷いている。


「別に、そんな事もない」


化学は解いていて楽しいと思える教科だ。好きな理由はきっと数学と同じで、パズルのようにするすると次に繋げて答えを導き出すという感覚が良いのだ。


「取りあえず、始めるぞ」


コソコソと小声で何やら話している2人の肩を叩いて、俺は椅子に腰掛けた。


「じゃあ、俺は帰るわ」


時計の針が6時ちょうどを指す頃、そう言って宏が立ち上がった。


「あれ?帰っちゃうの?」


「弟の誕生日会。あいつ俺に懐いてて、行かないと後々うるさいんだよ。」


「へぇー。弟さんねぇ」


机の上のプリントを丁寧に畳んで、クリアファイルに挟みリュックにしまうと、手を振りながら足早にドアまで歩いて教室を出て行った。


「何か、羨ましいなぁ」


「何が?」


器用にペンをクルクルと回しながら、宏が出て行ったドアを見て美月は呟いた。


「兄弟。私1人っ子なんだよねー……。私も、妹か弟欲しかったなぁ」


「へぇ、美月は兄弟いないのか。知らなかった」


その俺の言葉に美月は笑った。ドアから視線を外して、シャーペンを見つめている。


「だって、高橋君とそんな話にならないんだもん」


「そうか?」


「そうだよ。毎日会ってるけど、多分全然話してないし」


何で、そんなに悲しそうな顔をするんだよ。突然に色を変えた雰囲気のせいだろうか、なんて返して良いのかわからなくなって俺は俯いて問題を解くふりをした。


静かな教室に、時計の秒針の音とシャーペンの立てる小さな音がやたらと大きく響く。まだ校舎には生徒も沢山残っているだろうに、声がするどころか気配すら感じ取れない。


まるで、本当に世界で美月と2人きりになったような感覚。あり得ないことぐらい分かっているけれど。


「高橋君」


「何?」


しばらくの間黙って問題を解いていた美月が、突然に口を開いた。参考書から視線だけを美月に向けると、彼女は俯いて問題を解きながら話し掛けているようだった。俺は問題を解きながら彼女の話に耳を傾ける。


「兄弟ってさ、どんな感じ?やっぱり居ると楽しいのかな」


「……さっきの話の続きか?」


うん、と彼女は返事をして首を傾げ俺を見ている。


廊下で数人の生徒が話しながら帰る声がする。時計を見ると、もう閉館も近い。


「どんな感じ、か。考えた事もないな」


俺の場合姉とも兄とも仲が良い方だから、一緒に居ると楽しいと思えるし、会えないと体の心配ぐらいは多少にする。


けれど、正直……


「居ない場合を経験したことが無いからな、よく分からん」


「やっぱり?」


そう言って美月は笑った。彼女の笑顔は不思議な魔力を持っているように思う。微笑んだだけで場の雰囲気が柔らかくなるのは、凄い事だと思う。それは、白石先生とよく似ていた。


「でも1人っ子って、やっぱり寂しいかも。遊んだりできないし、親にできない相談とかもあるのに」


「例えば?」


「恋の相談とか?」


イタズラっぽく笑う彼女に自然と笑みが漏れた。上手く笑えているだろうか。少し彼女の頬に赤みがさした気がした。


閉館を告げるチャイムが鳴り響く。録音された放送部の生徒の声が、いつものように聞き慣れた台詞を紡いだ。早く出ないと、また見回りの教師や警備員にうるさく言われるかもしれない。特に、後者に。


「あ、もう閉館なんだ」


「全部終わらなかったな。明日また続きやるか?」


「うーん……家で終わらせてくる。明日解説して?」


「分かった」


そんな言葉を交わし合いながら急いで帰り支度をする。美月が学生鞄に触れる度に大量のキーホルダーが鈍い金属音を立てた。


「まだ誰か居るのか?」


机を元に戻してリュックを背負うと、担任の山下の声がしてドアが開いた。どうも駄目だ。この四六時中白衣を羽織っているこの化学教師をどうしても好きになれない。思わず目が細くなる。


「あらあら。高橋君に美月さん、こんな時間までお勉強?」


「あー!もっちゃんに由香里ちゃん!」


もっちゃんこと山下と白石が、ドアの隙間から顔を覗かせた。どうして見回りまで一緒にしてるんだ。2人ができているという噂は本当なのだろうか。アイツの隣で笑う彼女を見るだけで、意味もなく腹を立ててしまう自分がいる。


山下は嬉しそうに声を上げた美月に笑顔で片手を上げて返した。


「おぉ、美月か。勉強おつかれさん。高橋。お前、遅くまで学校に残って受験勉強は結構だが、俺の授業にも出ろよ」


「分かってます。もうサボったりなんかしません」


我ながら愛想が皆無の声色だ。白石が露骨に眉をひそめ、美月はチラリと俺を見て不思議そうにまばたきをした。

「……おいおい。お前が俺の事を良く思ってないのは重々承知してるから、もう少し何とかならないのかその無愛想は」


「なりませんね。生まれつきなんで」


そう言った瞬間、前にいた白石に膝小僧を思いっ切り蹴り上げられた。ただでさえ痛いところなのに、全く手加減がない。ヒールの部分がクリーンヒットして、脳天にまで痺れがくる。


「……っ!!!」


「た、高橋君?」


大丈夫?と美月が心配そうに俺の顔と膝を交互に見るのに苦笑いを返して、顔を上げて前にいる白石を見ると怒ったような表情で俺を見ていた。


「……白石先生?」


山下が彼女の突然の行動に驚いて、腰を屈めて頭一つ分低い位置にある彼女の表情を見ようとすると、彼女は瞬時にその怒った顔を対山下用に切り替えた。もしかして、この人の腹の中は俺よりも黒いんじゃないか?


「別に何でもないですよ。高橋君の膝小僧に蚊がとまっていたもので」


「……はぁ」


ニコニコ笑いながら見え透いた嘘をついた白石に、山下は曖昧に返した。一方、美月は何か納得したように頷いていた。嘘に決まってるだろうが、腹の中でだけそう言いながら肘で美月をつついてやる。


「さぁ、もう閉館だから帰れよ」


諄い奴。分かってるよ。


今度は蹴られないように喉まで出かかった言葉を飲み込んで、教室を出る。美月が慌てて俺に着いてくる足音が聞こえた。


「あ。ねぇ、美月さん」


背を向けて帰ろうとする俺達を白石が呼び止めた。電気を消されて廊下が暗いせいで、彼女の表情は見えない。白石を残して隣の教室に見回りに行く山下の、翻る白衣ばかりがやけに目につく。


「なぁに、由香里ちゃん」


「アナタ達って付き合ってるの?」


は?何を言ってるんだこの人は。


眉間に皺が寄るのを感じながら、視線だけで美月と白石を交互に見た。暗くても、近い美月の表情ぐらいはよく見える。彼女は何やら嬉しそうに笑っていた。


「そうだよ?」


「おい。違うだろうが」


「えぇー……」


肯定する彼女にすかさずつっこみ、宏の真似をしてピシャリと軽く頭を叩くと、抗議の声を上げられた。


「別にいいじゃんかぁ」


「何がだ。そんな事いい加減にすんな」


叩かれた部分を手で押さえながら美月が不満そうに言う。


誤解されるだろうが。


そんな言葉が浮かんだが、すぐに消えていった。


誤解されるって、誰に。白石にか?

誤解されたとしてどうなる。別に構わないだろう。白石はただの先生だぞ。


でも、何故か嫌だった。彼女には誤解されたくなかった。悶々とこの不可解な感情は何なのかと考える。


「……高橋君のばか」


俺の横で、美月がそう小声で呟いたのが、聞こえた気がした。


「なんだ、そうなの。随分と仲が良いから、付き合ってるのかと思った」


白石の声が暗闇から聞こえてくる。声が、少し笑みを含んでいるように思う。そんな彼女とは対照的に、美月は不機嫌そうに黙り込んでしまった。


「まさか。美月だって俺と付き合ってるなんて思われたら迷惑ですよ。そうだろ?」


「……」


同意を求めても美月は無言で俯いたままだ。珍しい。美月が誰かを、と言うよりも、俺の事を無視するなんて初めてじゃないか?


強く叩きすぎただろうか。真面目にそんな事を思いながら、何とか機嫌を直させようと掛ける言葉を考えるけれど、全くもって思いつかない。


さて、どうしたものか。


「じゃあ、さようなら。止めちゃってごめんね。また明日」


「さようなら」


「……さようなら」


白石て別れの挨拶を交わして、俺と美月は暗い階段を降り昇降口に向かう。俺達が最後だったのだろうか。他の生徒の靴は既に無かった。


「美月」


「ん、何?」


校門の前まで来て美月に話しかけると、さっきまでの不機嫌が嘘のように全開の笑顔が電灯に照らされた。また無視されるものだと思っていたので、その邪気のない笑顔に呆気にとられる。


「えっと……あれだ。今日は、家まで送るよ」


「へ!?だ、大丈夫だよ!」


なんだ、その慌てっぷりは。両手をぶんぶん振って拒否をされた。


「でも、今日の伝達放送で変質者が出たって言ってただろ。1人じゃ危ないから」


確か伝達放送によると、その女子生徒が被害にあったのは丁度美月の帰る方向だ。俺とて良識のある高校男児。こんなに暗い夜道を美月1人で帰す訳には行かない。……今までは、家まで送ったりなんかしていなかったけれど。


「大丈夫大丈夫!私、こう見えても結構強いんだからっ」


ボクシングか何かのファイティングポーズをとりながら美月が自信満々で笑う。彼女が言うと、本当に倒せてしまえそうだから恐ろしい。


「……確かに、美月なら変質者にも勝てそうだよな」


「でしょ!……って、喜んでも良いことなの?これは」


自分で言いだしておきながら同意をした途端、不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。


「でも、ダメだ。今日は一緒に帰るからな。何かがあってからじゃ遅いんだから」


「……大丈夫なのに」


「はいはい。じゃあ、お前んちに着くまでか弱い楓君を守って下さい」


我ながら訳の分からない事を言いながら、校門から動こうとしない美月の学生鞄の持ち手を掴み半ば引きずるように学校を後にした。彼女は俺の後ろでまだ何やら文句を言っている。


俺と宏が帰る道はそれなりに大きくて街灯も沢山あるが、美月の帰る道は暗い路地が多く、毎日こんな所を通っていて今までよく大丈夫だったなと驚くほどだった。


隣を歩く美月のペースにあわせて、ゆっくりと進む。美月が携帯につけた鈴が歩く度に鳴って、猫と散歩をしているような何とも可笑しな気分になる。本人曰く、軽く跳ぶだけでどこにあるか1発で分かって便利なんだそうだ。


「あのさ、高橋君」


「何?」


透明な美しさを持った鈴の音に耳を傾けて歩いていると、美月が唐突に俺のカッターシャツの袖口を掴んだ。振り向くとパッと手を離される。


「なんか最近、変わったよね」


いきなり何を言い出すんだ。彼女が静かにしていた間、一体どんな思考を巡らせていたのかと不思議になる。


「……変わった?俺が?」


「うん」


変わったって、何が。


確かに授業をサボらなくなって、毎日美月達と一緒に勉強会を開くようになって毎朝カウンセリング室に通うようになったが、俺自身は何も変わってはいないだろう。


「笑ってくれるように、なったよね」


「……そうか?」


隣を見ると、美月は何やら嬉しげに微笑みながら此方を見ていた。


あ、そこを右だよ。


彼女が指さすように路地を曲がって歩き続ける。随分と遠いようだ。もう結構な距離を歩いているような気がする。何故自転車通学をしないのだろうか。


「高橋君さ……今、カウンセリング室通ってるんだって?」


「おいおい。それ誰に聞いたんだよ」


「新居君」


あいつ。

カウンセリング室に通ってるなんて、普通の人は知られたくないはずだ。バレないようにわざわざ朝に行っているのに。


口止めしてなかった俺も悪いかもしれないが、明日ちょっとした復讐をしてやろう。……宏の大好物のプリンに醤油でもかけてやろうか。


「それってやっぱり、由香里ちゃんのおかげなのかな」


美月の微笑みに、一瞬陰が出来た気がした。けれどすぐに、塀の上から俺達に向けて一声鳴いた三毛の猫に笑いかけて、その陰は消えた。猫が彼女の手にじゃれて、のどを鳴らしている。


そんなにも変わったのだろうか。まだ、『笑顔の練習』とやらをやり始めて1週間程しか経っていないのに。自分では分からないから、どこがどう変わったのかも定かではない。


「変わったって、どんな風に?」


街灯が小さく無機質な音をたてる。美月の鈴の音が美しいリズムを刻む。


「笑う回数も増えたし、優しく笑ってくれるようになった。ちょっと前までの高橋君は、目が笑っていなかった感じだったけど、今は目が優しい色を増したというか。うん、そんな感じかも」


「……へぇ」


こんなにも早く効果が出るとは思っていなかった。半信半疑ではあったけれど、バカみたいに律儀に鏡の前で笑う練習もしたし、毎日目標を書いて胸ポケットに入れた。たったそれだけなのに。


「ま、高橋君は由香里ちゃんの力なんて借りなくても、元々凄く優しいんですけどね」


満面の笑みでそう言われて、何も返せなくなる。痛く感じるほどに笑顔が眩しい。白石が言っていた、初対面の人にも好印象を持ってもらえる笑顔とは、きっとこんな感じなんだろうなとぼんやり考えた。


「えっとね、家此処だから」


肯定するのか、否定するのか。彼女の発言に対する応えを悶々と考えているうちに家に着いたらしく、美月にカッターシャツの襟を引っ張られた。顔を上げると、確かに美月と書かれた表札が目に入る。


「あぁ、着いたのか。結構遠いんだな。自転車にした方が良いんじゃないか?」


「運動には丁度良いんだもん。引退する前には自転車だったけど、鈍っちゃうし」


カーテンの隙間から暖かい光が漏れ出ている。中ではきっと、仲の良い夫婦が1人娘の帰りを今か今かと待っているのだろう。


「ご両親が心配してるかもな。早く入って安心させてあげれば?」


「あ、うん。じゃあ、また明日ね」


「あぁ。おやすみ」


「おやすみなさい」


美月がドアの奥に消えてしまうまで見送ってから、俺は大きな通りへと出た。


視界にちらつくネオンが鬱陶しくて、俯き加減に歩く。歩道に置かれた放置自転車の間をくぐり抜けて、香水の香りを撒き散らす大人達を避けて、車の騒音をイヤホンから流れるショパンの調べで掻き消した。


白石に蹴られた膝が、曲げる度に微かに痛む。恐らく、痣にでもなっているのだろう。


あれからも彼女は山下と学校の見回りをしたのだろうか。あの雲1つない青空のように人の心を鷲掴む笑顔を、アイツに向けたのだろうか。


家の鍵を片手で取り出しながら、俺は髪を掻き回した。


「……俺も、大概バカだな」


自嘲気味に呟いた言葉が闇に吸い込まれて消えていく。








気が付けば、白石の事ばかりを考えるようになっていた。











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