健気な子供は大人になり、同じ道を辿る
少女は金持ちの家に生まれた。しかし、才能には恵まれなかった。才能を開花させる機会はいくつもあった。それでも、何をしても少女の才能は開花することは無かった。
それを知った忙し気な両親は「なぜ私たちの子なのに……」と嘆き、兄と姉からは「あなたと血が繋がっている事が恥だ」と罵られた。それでも健気な少女は家族に認めてもらうため、自分なりに努力をした。しかし、どれだけ時間を費やせど家族に認めてもらえるような才能は開花しなかった。
気が付けば家の中で自分だけ貧相な服を着て、豪奢な家の隅へと追いやられていた。
やがて少女は自分を諦め、家族に迷惑をかけないように生きることを決める。外に出ては家族の恥になってしまう。だから家の中で、自分の命が尽きるまで静かに過ごすことにした。
それは酷く退屈で、孤独な生活だった。毎日三食、決まった時間に最小限の食事が部屋へと運び込まれる。それを食べ終えると、ギシギシと軋むベッドの上で窓から差し込む太陽の光が月の光へと変わるまでジッと待つ。月明かりが部屋へと差し込まれると、横になり睡眠をとる。そんな生活を少女はずっと続けた。自分の無力さと、誰にも認めてもらえない寂しさによる涙は、気が付いた時には枯れていた。
一発の銃声で、少女は目を覚ました。窓から差し込まれているのは月の光だった。それからも銃声はいくつか少女の耳へと響いてきた。しかし、少女はベッドに体を預けるだけで何もしなかった。自分が何をしようと誰かの迷惑にしかならないと理解していたから。何が起ころうと、この小さな部屋で静かに生きているのが唯一自分に出来ることだと本気で信じていた。だから何度銃声が響こうと、悲鳴が聞こえようと少女はその部屋から動くことは無かった。
少女は体を揺らされて目を覚ました。窓から差し込まれているのは、まだ月の光のままだ。銃声も悲鳴も聞こえてこず、いつもの静寂がその場を支配していた。少女が体を起こすと、目の前には一人の男がいた。膝下まである黒いジャケットを着ていて、腰に巻いたベルトには拳銃とナイフが差し込まれている。男は少女に血で染まった右手と、一発だけ銃弾が込められた拳銃を持った左手を差し出して言った。「好きな方を選べ」と。
少女は生きたいだなんて思わなかった。家族が死を望むのならば、迷うことなく拳銃を手に取っただろう。きっと、これは生き物の性なのだろう。死にたくないと少女は本能的に思った。だから血に染まった男の右手を、異様なほどに細い震える両手で握りしめた。
男は少女に身だしなみの整え方を教えた。伸びきった髪を切り、櫛で梳き、普通と呼べる服を買い与えた。
今まで一人だった少女は、人の温かさを久方ぶりに実感した。やがて少女の虚ろだった瞳に、少しずつ光が宿るようになっていった。
男が仕事から戻ってくると、必ず血生臭い匂いがした。それでも少女は気にすることなく、生活を送った。
少女は、何気なしに机の上にあった拳銃の使い方を男に聞いてみた。男は仕組みと扱い方を教えた。
それから少しした頃には、少女は男の使う凶器の手入れを手伝うようになっていた。手伝ってくれる少女に、男は自分の仕事の話をした。人を殺すことで金を貰っていること。依頼者も依頼目的であるターゲットも金持ちばかりだということ。少女の家族が当時ターゲットとなっていたこと。
それらを聞いても、少女は何とも思わなかった。男との生活が続けば、それでいいと思っていたから。
その日、仕事から戻ってきた男の服は血で染まっていた。その血は時間が経つにつれて広がっていく。
男は少女に自分が使っていた武器を持たせ、逃げろと強い口調で命令した。取り乱し、説明を求める少女に、男は仕事の依頼主に口止めのために裏切られたことを矢継ぎ早に話した。やがて少女は落ち着きを取り戻し、一丁の拳銃に一発だけ銃弾を込めて男へと渡した。
少女が逃げ出して少ししてから、辺りに一発の銃声が響いた。
少女は男から教わった方法を思い出しながら人を殺した。何人も、何人も殺した。殺しながら情報を集めた。
時に物や金を盗み、武器を調達しながら生き永らえた。
少女はやがて、依頼を仲介する人間を見つけた。
その人間から依頼を受け、いくつもこなし、少女は立派な殺し屋の女になった。
女は依頼を受けるたびに、依頼主の経歴を調べ上げた。過去にどんな依頼を、誰にしていたのか。
およそ十年が経過した頃、女は男を裏切った依頼主を見つけることに成功した。
女はその依頼主からの依頼を積極的に受け、家族構成、住んでいる屋敷の間取り、この先数か月のスケジュールなど、依頼主を殺すのに必要な情報を収集した。
状況が整ったのを確認した女は依頼主が裏切った男の服装を真似て、屋敷へと侵入した。見つからないように道中にいる人間をナイフで悲鳴を上げる暇すら与えずに殺していった。そして、女は見つかることなく依頼主の部屋へと辿り着いた。
女は依頼主の体に銃弾を撃ち込んだ。すぐに死なないように、急所以外を狙って。何度も、何度も、何度も。
やがて依頼主は高級そうな絨毯に大きな血だまりを作り、動かなくなった。それでも、銃弾が尽きるまで女は引き金を引き続けた。しかし、何度銃弾を撃ち込もうとも、溢れ出る感情が収まることは無かった。
女は今日も武器の手入れをする。
女は殺し屋として生きていくことを決めた。男に教えてもらったことを忘れてしまわないために。
少年は金持ちの家に生まれた。しかし、才能には恵まれなかった。才能を開花させる機会はいくつもあった。それでも、何をしても少年の才能は開花することは無かった。
それを知った忙し気な両親は「なぜ私たちの子なのに……」と嘆き、弟と妹からは「あなたと血が繋がっている事が恥だ」と罵られた。それでも健気な少年は家族に認めてもらうため、自分なりに努力をした。しかし、どれだけ時間を費やせど家族に認めてもらえるような才能は開花しなかった。
気が付けば家の中で自分だけ貧相な服を着て、豪奢な家の隅へと追いやられていた。
やがて少年は自分を諦め、家族に迷惑をかけないように生きることを決める。外に出ては家族の恥になってしまう。だから家の中で、自分の命が尽きるまで静かに過ごすことにした。
それは酷く退屈で、孤独な生活だった。毎日三食、決まった時間に最小限の食事が部屋へと運び込まれる。それを食べ終えると、ギシギシと軋むベッドの上で窓から差し込む太陽の光が月の光へと変わるまでジッと待つ。月明かりが部屋へと差し込まれると、横になり睡眠をとる。そんな生活を少年はずっと続けた。自分の無力さと、誰にも認めてもらえない寂しさによる涙は、気が付いた時には枯れていた。
一発の銃声で、少年は目を覚ました。窓から差し込まれているのは月の光だった。それからも銃声はいくつか少年の耳へと響いてきた。しかし、少年はベッドに体を預けるだけで何もしなかった。自分が何をしようと誰かの迷惑にしかならないと理解していたから。何が起ころうと、この小さな部屋で静かに生きているのが唯一自分に出来ることだと本気で信じていた。だから何度銃声が響こうと、悲鳴が聞こえようと少年はその部屋から動くことは無かった。
少年は体を揺らされて目を覚ました。窓から差し込まれているのは、まだ月の光のままだ。銃声も悲鳴も聞こえてこず、いつもの静寂がその場を支配していた。少年が体を起こすと、目の前には一人の女がいた。膝下まである黒いジャケットを着ていて、腰に巻いたベルトには拳銃とナイフが差し込まれている。女は少年に血で染まった右手と、一発だけ銃弾が込められた拳銃を持った左手を差し出して言った。「好きな方を選べ」と。
少年は生きたいだなんて思わなかった。家族が死を望むのならば、迷うことなく拳銃を手に取っただろう。きっと、これは生き物の性なのだろう。死にたくないと少年は本能的に思った。だから血に染まった女の右手を、異様なほどに細い震える両手で握りしめた。