7.“ユキオ”
「しかし、“昨日”の行動を再現するにしても、本当に要所の時刻しか覚えていないんだよな……計画書もリセットされてしまったし……」
ハルトは朝、“昨日”最初にやってきた、町を見下ろす公園のベンチに座り、ぶつぶつと呟いている。この後しばらくすると、ユキオが背後から声をかけてくるのだった。
「……そういえば、初めてユキオに会ったのって夕方だったよな。あいつひょっとして、学校サボって一日中ここにいるのか?」
「そうだよ。お兄さんも何かをサボってるの?人生とか」
「ウワっ!こんにちは!」
分かっていたのに驚いてしまった。
「お兄さん、なんでボクの名前を知っているの?」
「えっ、ああ……うん。実は俺は時間遡行者なんだ。今日1日をすごい回数繰り返している。君と会うのだって、実は6度目なんだよ」
「ふーん。お兄さんヘンタイのストーカーなんだね?通報していい?」
「おい、聞く耳を持て」
相変わらず辛辣な子供だ。ヒキニートをなんだと思っているんだ。家から出ない男がストーカーなんて出来るわけないのに。
「君は知らんかもしれんが俺もここの常連でね。君の友達が君の名前を呼んでるのを聞いたんだ。それだけだよ」
「へえー、ボクの友達がね。ま、なんでも良いけどさ。それで、お兄さんの名前は?」
「ハルト」
「ふうん。まあ興味はないんだけど、これでおあいこだ。ボクら知り合いだね」
「どこまでも生意気なガキだなコンニャロー。お友達になってくださいって言えないのかよ?」
「あいにく、友達は足りてる」
「その口の悪さで?随分度量の大きい友達なんだな。大切にしろよ」
「大切に、ね。ボクはそうしてきたつもりだよ、お兄さん」
「何だ?ケンカしたのか?」
ユキオが突然しおらしい声色になったので、ハルトは小学生と対等に言い合いをしていた自分に気がつき、後ろめたいような気持ちになる。
「まあ、そんなとこ。そいつ、そのままどっか行っちゃって」
「探し出して謝らないと」
「ボクは悪くない。悪いのはアイツだ」
「さあ、どうかな。まあ、好きにしなよ。でも後悔しないようにな」
「後悔?どういうこと?」
言ってはみたものの、ハルト自身にも、後悔という言葉が何を意味しているのかはよく分からなかった。よく思い出せない、と言ったほうが近いかもしれない。
「まあなんか、後悔だよ、後悔。ええい、そんな揚げ足をとるんじゃあない!要は仲直りだよ、仲直り。仲直りが大事なの!」
「仲直りか……分かった、やってみる」
ユキオはそういうとにわかに席を立ち上がり、どこかへと歩き去って行った。
「小学生に説教してしまった……なんか老けた気分」
そんなことを言っているうちに、ハルトはふと重大なことに気づく。次の移動手段はバスだったが、時計を見ると、“昨日”乗ったバスを逃している。
「あっ、しまった!最初の独り言をユキオに聞かれたから、会話の内容が変化したんだ!会話が長引いたせいで乗る筈だったバスを逃した!やばい、街へ急がないと!」
ハルトは立ち上がり、背後の電波塔の足元のバス停目指して走り出した。一見近いが、電波塔が巨大であるためそれなりに距離があるのだ。引きこもっていない人間に比べると半分くらいの速さだったが、走り続ければ次のバスには間に合いそうだった。
しばらくして、ハルトが去った後の公園のベンチにユキオが戻ってくる。
ユキオはハルトが走り去った方向を寂しげに見つめると、元のベンチに腰を下ろして、眼下に広がる町をいつまでも眺めていた。
「まだ思い出してくれないんだね、ハルト」