5“沈む太陽を追えば日は上らない”
家に帰ると、母が帰ってきているらしかった。母は学校の教員で、夕方に帰ってきていることは珍しいのだが。
家の扉を開ける。出るときとは違った重さを感じた。
「……ただいま」
「あ、おかえ……」
「………………ハルト」
「……ちょっと散歩してた」
「……あ、そう……」
二階へ上がるハルトに、母は声をかける。
「今夜鍋よ。偶には降りてきて食べない?」
およそ1時間の後、父と妹が帰宅し、ハルトは7年ぶりに家族4人で食卓を囲んでいた。誰もが何かを言いたそうに鍋をつつくが、言葉は出てこない。
「……テレビ、つけるか」
父が口を開く。かつてのハルトの父は躾に厳しく、食事中にテレビをつけるなど断固として許さなかったのだが、沈黙に耐えかねて真っ先にリモコンに手を伸ばしたのは他でもない父だった。いつのまにか顔には浅いしわが浮き、髪には白髪が混じっている。ハルトは密かに自らの行いの残酷さと、扉の向こうに締め出した空白の時間を恐れた。それはハルト自身にも、同じだけの時間が流れたことを意味していた。
テレビでは何かニュースの中継をやっている。
「あれ、これどこか近くの町ねえ」
「ホントじゃん。うちの友達が住んでるマンションだわ」
『現在このマンションの7階の部屋に、立てこもり犯が女性を人質にして立てこもっています。犯人は拳銃を所持している模様、警察の機動隊がマンションを取り囲み、張り詰めた空気が漂っています。現場からは以上です』
「ええ〜こわ!さっち大丈夫かな。ウワ、めっちゃライン来てる」
「あら心配、どうだって?」
「野次馬してるってさ。ほら写真」
「うわ〜、いっぱいいるわねえ」
「…………ごちそうさま」
「あら、もう食べちゃったの」
家族3人の目がいっぺんに自分を向き、ハルトは一瞬、緊張で硬直する。が、直ぐに振り向くと、のろのろとダイニングを後にし、二階の自室へと帰った。
懐かしいような、気恥ずかしいような食卓だったが、それ以上に7年という時間の大きさがのしかかってくるようで、それ以上そこには居られなかった。いつのまにか妹は高校生になり、両親は老けている。気が狂いそうだった。それだけの時間、自分はずっとゲームだけをしていたのだ。そんなに経っていたんだな。
だがその時間の重みを知っていたところで、自分がゲーム以外のことをしているとは思えなかった。それしか出来なかったし、それだけが生きがいだった。
「ゲームだ。そうだ。やっぱり俺にはゲームしかないんだな」
急にネットゲームがしたくなり、パソコンを起動しようと電源ボタンに伸ばした手。しかし、1億日経っても永久に進まないゲームをしている自分を想像して気分が悪くなる。机の横の、通算432個食べたバウムクーヘンを見てトイレに駆け込み嘔吐してしまった。
「最悪だ……ゲームも出来なくなった。引きこもりでもネトゲ廃人でもなくなっちまった。クソっ、意味わかんねえ……やっぱりこのループは終わらせてやる……気持ち悪い……」
涙が出たのはゲロを吐いたせいだ。
憔悴したハルトは洗面所でうがいをすると部屋に帰る。
こんなところで心折れているわけにはいかない。
「朝になればまた“ゲーム”が始まる。難ゲークリアするために必要なのは……観察と分析だ」
ベッドの中で目を閉じて、ハルトは次の朝を待った。