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3.“閉じこもってる訳じゃない。締め出されただけだ”

次の朝、目を覚ましたハルトは時計を見て青ざめる。何度も頰をつねってみたが、どうやら夢ではなく、時間が巻き戻っているらしい。


「……悪い冗談みたいな話だ」


“ドッキリ大成功!”と書いた看板を持った誰かが、部屋の中に入って来る方がよっぽど現実味がある。


原因も理屈も分からなかった。いくら思い出しても、昨日(つまり、ループ以前の“本物の昨日”)と今日の行動にほとんど差はないし、そんなことを願った覚えもないのだ。理不尽の極みだ、とハルトはため息をついた。


とはいえ、時間が戻っていようとなんであろうと、ハルトにはゲーム以外のことをするつもりはない。“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”と何度も戦うのは正直言ってダルいが、タイムリープなんて、そう何度も起こる現象ではないだろう。いわば世界の不具合だ。タイムリープをしなくなるまで我慢してゲームを続ければいい。

せっかく時間が戻ったのだから、何か身の回りの問題を解決すればいい、そういう考え方もあるだろう。しかし、たかだか一日時間が戻って、それで何とかなるような問題など、はじめからこの部屋には存在していない。そしてそれが1日だろうが1年だろうが、引きこもりにはやっぱり関係のない話なのだ。


そうしてハルトはゲームを続け、3回目の“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破を達成する。タイムリープなんて何かの間違いだ。明日は来る。特に来て欲しいわけでもないけれど。


ハルトはいつもの椅子の上で眠りについた。


だが、事態はハルトの予想通りには進まなかった。翌日も、その次の日もまた“今日”だったのである。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破4回目。やはり敵の行動が読める。ズルをしているような気分だが、一方である種の全能感も感じる。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破5回目。「魔人のランプ」を予め攻撃パターンに組み込んでみた。撃破までのタイムが短縮される。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破6回目。撃破タイム、被ダメージ、与ダメージ最適化。少なくともハルトの計算ではほぼ理論値だ。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破7回目。前回と同じだ。何にも変わらない。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破8回目。特筆することはない。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破9回目。特筆することはない。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破10回目。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破11回目。


“禁域魔神龍オメガピュートーン改・百式”撃破12回目。

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.

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「オレが何をしたっていうんだ」

36回目の朝、ハルトはベッドに体を投げ出して呟いていた。

「もう沢山だ。頭がおかしくなる」

毎日同じところでレベリングをして同じ素材を集め、同じボスに同じ仲間と挑み同じ報酬をもらう。掘った穴を土で埋める作業をしているみたいだった。まるで拷問だ。

「こんなにゲームが楽しくないと思ったのは初めてだ」


気晴らしにレベリングをサボって他のマップを歩いてみたこともあったが、根本的には何の解決にもなっていないことは明らかだった。しかもそのせいでおめぴゅに負けてパーティの連中にフレンドを切られた。畜生め。


どうせ次の朝にはリセットされているからと無茶もしてみた。貯蓄したアイテムやマネーを思い切り使い込んでみたのだ。ものすごいスリルだったし、その瞬間はとても楽しかったが、次の日には飽きた。


要するに、である。

このループは終わらない。経験値も物資も次の朝には消え去っていて何一つ積み上がるものは無く、しかもリアルの自分も歳をとらず、恐らくは病気で死ぬこともなく、こうして永久にこの部屋の中でゲームを続けるのだ。それどころか、もしかするとこの部屋で自殺などをしても、また“次の朝”を迎えて、このベッドの上で目が覚めるだけなのかもしれないのだった。


急に、恐ろしくなってきた。

もしや俺は気が狂っているのではないか、とハルトは自問する。よしんば気が狂ったとして、狂ったままこの部屋で1日を繰り返す自分を想像すると、身の毛もよだつ思いだった。

だがループを脱する方法が無いのだとしたら、それはいずれ現実のものとなるかもしれない。


出ることのできない部屋、出ることのできない一日。


ゲームをやめると、現実がギロチンの刃のように喉元に迫ってくる。だからこそハルトは絶え間なくゲームで遊び続けている。必死で遊び続けているのだ。それでも今は、ゲームをする気には到底なれなかった。


家の表の通りを走る車の音が聞こえる。階下からは台所の換気扇の音、締め切ったカーテンの向こうからは登校する小学生たちが笑い合う声が。


この部屋の扉の外には、かつて彼がこの扉を使って締め出した最低な世界がある。


ハルトは扉を見つめる。

今はただ、何か昨日と違うものを見たいだけだ。


扉はハルトに問いかけていた。

君は世界を許してはいない。世界も君を受け入れてはくれないだろう。ここは、君と世界が折り合いをつけるために、君達が引いた国境線なんだ。君は只の我儘でここを超えていくつもりかい?


「そうとも。なんてことはないね。大体、トイレ行くときも通ってるだろ」


ハルトは自分に言い聞かせるように軽口を叩くと、ドアノブに震える手をかけ、ゆっくりと押す。


扉は音もなく開いた。

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