魔王-9
翌朝、午前八時ガトガの町入り口にて集まる。
シュウムさんと馬車はすでに待機しており、僕は挨拶をする。シュウムさんも昨晩ウィンナーを食べたそうで、その話で一花咲かせた。
我々はすぐに馬車へと入り出発する。相変わらずリオリネさんはシャツにロングスカート、ゴム付きの革靴で昨日と変わらずであり、対照的にキヌモアさんはTシャツにスキニー、赤のスニーカーを履いている。
「リオリネさんの服装大丈夫ですか? 汚れてしまうかもしれませんよ」我慢できなくなり、僕は口走る。
「大丈夫ですわ。何人たりともワタクシの服に触れさせず戦い終えるのが、ワタクシのポリシーですのよ」ムフンと鼻息を鳴らす「それと、常にこんな感じの格好ですから、こっちの方が動きやすいというのもありますわね」
「なるほどー」僕は納得する。
「カッコイイ」ポエさんが憧れの目を向けてしまう。
「でも、ワタクシはキヌモアさんが着ているTシャツも素敵だと思いますわ」リオリネさんはキヌモアさんの方を向く。
キヌモアさんのTシャツの胸元には氷のイラストが描かれており、その下にはケビスイと刺繍されている。
「これですか? これは氷処ケビスイのノベルティですけど……」みんなに見られて、きちんと答えるキヌモアさん
「お得意様にプレゼントしています」
「ワタクシも欲しいですわ」キヌモアさんに顔を近づけるリオリネさん。
「今度あげますから、落ち着いて下さい」リオリネさんをあやす。
「私も欲しい!」ポエさんも元気よく手をあげる。それに合わせて僕もみんなも手をあげた。何気に御者のシュウムさんまで手をあげているのが後ろから見える。
「分かりました。皆さんにもあげますので、この話はもうやめにしましょ」と冷静にこの場を鎮めるキヌモアさん。少し頬が染まっている。
二時間ほど馬車を走らせ、ゼーヲ荒野の手前に到着する。今までの道のりでは草花が連ねる光景であったが、一転して荒地が見渡せる場所へと降り立った。シュウムさんと馬車は待機し、我々は歩いていくことになる。
さらに数十分程前進することにより、トナルさんが指定する箇所へと辿り着いた。そこはいくつか高台があり、身を隠したり、遠くを望むには丁度良い場所であった。トナルさんはいつもここからキベロスさんを観察しているとのこと。
僕らはそこで一旦休憩をして、キベロスさん出現まで待つことにする。
僕は高台の斜面を登り、出発前にガトガの町で購入したパンを食しながら、遠望する。自然豊かな場所では無いが、高い場所から遠くを見るのは気持ちがいいものだ。
「私も初めて来ましたけど、本当に植物も育たない大地が広がっているのですね」キヌモアさんが隣に立つ。
「本当に。昔は翠溢れていたとは思えないですよね」
「はい……」
会話は短く終わり、僕とキヌモアさんは地平線を見ながら食事をした。
最後の一口を胃の中に入れ終わり、水を飲んでいる最中、地面が揺れるのを感じる。別の高台に立っているうにやんとおんちゃんが慌てているのが見えた。他人が慌てていると、自分は冷静になれるものだ。ということはなく僕も動揺してしまった。
赤茶色な大地が轟音を鳴らしながら、巨大な腕が地下から生えてくる。
それだけで理解できた。キベロスさんだと。
大きな手は大地を支えにして、頭部と背中を見せる。そしてもう片方の左手と下半身が陽光の下露わになった。
僕は双眼鏡を覗き込みキベロスさんを観察する。彼の体は腐っていることはないが、全身が茶色に変色しており、衣服もほとんど残っていない。トナルさんの事前情報によれば推定二十メートルほどの大きさらしい。そして、キベロスさんの足元には数えきれないぐらいの人影がツクシのように伸びている。それは小さく動いており、あれらがゾンビに違いない。
観察を終え、僕とキヌモアさんは斜面を下り、みんなと合流する。おんちゃんとうにやんもきちんといる。
「キベロスさんが起床してきましたので、始めましょうか」トナルさんは動じてない様子。
僕らは頷く。
「まずは私が行ってこればいいのね」ポエさんがリオリネさんの頭から離陸する。
「本当に気をつけてね」僕は気遣う。
「無理はしなくても良いですから」トナルさんも。
「分かっております。では」シュプププーンと飛び去っていくポエさん。
とりあえず我々はポエさんが戻ってくるのを待つ仕事だ。
僕はもう一度斜面を登り双眼鏡でキベロスさんの様子を見ることにする。ポエさんが心配ではあるが、彼女は小さいので視認することはできない。
トナルさんも他のみんなも高台の下からキベロスさんの様子を見ている。
しばらくするとキベロスさんの動きに変化があった。先ほどまではボーッと立っているだけであったが、地面を蹴り上げたり、手で地面をはらい上げるように暴れ出した。キベロスさんが激しく動くたびに地響きが伝わる。
その後、すぐにポエさんが帰還してきたので、僕も降りて合流する。
「全然ダメ。私が近づく前に暴走しちゃった」元気な姿のポエさん。
「ありがとうございます」お礼を述べるトナルさん「ゾンビがキベロスさんを襲い出したので、キベロスさんもそれに対抗しているのでしょう」
「あれだけ暴れていればゾンビは死ぬと思うのですが、いや元々死んでいるか……」ぼっさんが質問しながら疑問を浮かべる。
「ゾンビも脳を破壊すれば動けなくすることは可能ですが、今のキベロスさんにそれを狙うような判断はできないでしょう。見ての通り、ゾンビを追い払うような行動しかできないので、ゾンビは再び立ち上がりキベロスさんを襲うというのを繰り返してしまいます」
「どうしましょうか……」
「う〜ん」と考え込むトナルさん。
「ワタクシたちの出番ですわね」リオリネさんが両手に腰を当てる。
その隣で普通に立つキヌモアさん。
「ワタクシとキヌモアさんがゾンビ共を壊滅してきますわ。そうすれば邪魔者がいなくなって鎮まったキベロスさんとポエさんを会わせることができるのでしょう?」
そう、それは理解していた。だけど。
「リオリネさんたちの仕事内容は我々を護衛するのであって、ゾンビを全て倒すのとというのは違いますので……」トナルさんは少し困る。
「今更ですわね。ワタクシもキベロスさんの過去を知ってしまった以上、助けたいと言う気持ちは一緒ですわ。ね?」とキヌモアさんにも意思を確かめた。
頷くキヌモアさん。
「それに、依頼内容がみなさんの護衛だというのなら、みなさんがわざとゾンビに襲われれば良いのですわ」




