魔王-3
「結果を言えば魔法の実験は失敗です。ピミサの骸は灰となり、彼の手から流れ落ちていきました」
再度、俯いてしまうぼっさん。
「また、キベロスの体にも異変が起こります。魔王の力を取り込んでしまったようで、彼の体はムクムクと大きくなり、自我を忘れて暴れまわってしまいました。彼の暴走は一週間続き、実験場所を自然豊かな大地から植物も育たない荒野へと一変させてしまいます。そうして、魔王の力が尽きてしまったのか、キベロスの体は大地へと沈み、騒動は終わりを告げました」
ティーカップに口をつける町長さん。
どうやら話は終わったようだが、僕は感想が出てこない。
「つまり、魔王の力を使用し凶事が起きてしまったので、現在魔王という単語言葉は疎まれており、ましてや魔王への願望など御法度ものということですね」ぼっさんが口を開く。
「そういうことです」と町長さんはティーカップをソーサーへと置く。
何故おんちゃんが衛処の人たちに捕まったのかという理由が判明したので、僕らは町長さんの家からお暇する。もちろんアクアサで購入したお土産のスルメは渡し済みだ。
「町長さんに聞きそびれたことがあるんだけど」自宅までの帰り道、僕はみんなに伝える。
「ん?」ぼっさんがリアクションをする。
「キベロスが魔法実験をした場所のこと」
「行くの?」
「いやいや。行きたいわけではなく、その後その場所はどうなったのかが気になって。そのまま荒野なのか、はたまた何かが作られているのか。もしかしたら」
「もしか?」
「キベロスが跨ぎ化してるのではないかと……」
ぼっさん、うにやん、おんちゃんは一瞬沈黙し、僕らは顔を見合わせ頷いた。
少し歩いたところに跨ぎ人研究家トナルさんのシャヌラ拠点があることは知っていたので、我々はそこにノンストップで向かう。既に夜ではあるので、森の研究小屋へ移動してるかもと思われたが、幸いにも家には灯がついていた。
扉をノックすると、すぐにトナルさんが顔を出してくれる。今日は研究小屋へは行かず、家で仕事をしていたそうな。我らは中に入れてもらいながらそう聞いた。
「それでどうしたんです?」トナルさんは振り向き聞いてくる。「あ、何か飲みます?」
「いえ、先ほど飲んだばかりですので。ありがとうございます」お礼を言う僕。
「そうですか」っとトナルさんは机の上に置いてあるグラスに手を掛ける。
「キベロスのことを聞きたいのですが」
僕が質問を切り出すと、トナルさんの動きがピタリと止まった。
「まさか、あなたたちの口からその人の名前が出てくるとは驚きました」グラスに口をつけるトナルさん。
「びっくりさせてすみません」と僕は今日の出来事と町長さんから聞いた話を伝えた。
「そして、キベロスさんが跨ぎ化してる可能性があるので、私のところに来たということですね」
「その通りです」
「…………」
「答えは”はい”です」
僕は少し鳥肌が立った。
「キベロスさんは跨ぎ化してしまい、今も荒野を彷徨っています」少し声のトーンが低くなるトナルさん。
空気が変わったことを感じて僕らは何も言えなくなった。
「一緒に行きますか?」
「えっ?」トナルさんの言葉を理解できず聞き返してしまう。
「その荒野にですけど」
「えっ?」っと僕らはさらに混乱する。
「えっ?」我々の反応に戸惑いを見せるトナルさん。「あれ、場所を聞いてないのですか。魔法実験が行われた舞台ってシャヌラから近くですよ」
「そ、そうなんですか……。てっきり王都方面にあるのかと思っていました」僕に合わせて、他の三人も頷く。
「近くといっても馬車で十時間程かかりますけど」
結構時間が掛かる印象。僕らの移動距離としては最長になるだろう。
「私がシャヌラに来た目的の一つにキベロスさんの観察も含まれていますので、今後行く予定でした。ですので、よろしければ一緒にというこなのですが……」
我々はトナルさんから一旦離れ、部屋の隅で会議を始める。
「正直、行きたいか行くたくないか、どっち?」ぼっさんがアンケートを開始。「俺は行きたい」と手を上げる。
「私も」ぼっさんに追随しておんちゃんも上げる。
僕とうにやんは上げない姿勢。
「『魔王の力を求めてはいけない』と注意されたのに行くのは良く無いのでは?」僕は意見を言う。
「力を求めているわけではなく、ただ見学するだけだから大丈夫大丈夫」おんちゃんは酷い目に合っているのに、あっけらかんとしている。
「ぼっさんは何で行きたいの?」うにやんの質疑。
「せっかくこの世界に来たのだからなんでも見ておきたいでしょ」応答するぼっさん。
「それもそうだけど。シキさんの意見に近いけど、魔王に関連することにこれ以上踏み込むと危険だと思う」
「それなら大丈夫ですよ」後ろからトナルさんの声がする。「私の後ろには国がついてますから、魔王に関係することでも堂々と調査できます」
「うーん。それなら良いかー」寝返るうにやん。
「ほら。シキさんも行こうよ」おんちゃんの勧誘。
「むむむぅ」悩む僕。「どうして僕らを強く誘うのですか?」トナルさんへと振り向く。
「…………」虚を突かれたかのように少し黙るトナルさん。「それは、あなた方がヨロラスさんの跨ぎ化を解決してくださったからです」彼は真剣な顔つきになる。「私はキベロスさんも救ってあげたい。先ほどは観察と言いましたけど、可能であれば解決したいのです。そのためには一つでも多くの考えやきっかけが必要です。あなた方にはそれがありそう……。理由としてはそんなところでしょうか」と軽く微笑えんだ。
トナルさんのストレートな回答に僕の考えは定まった。
「はい。それでは僕も同行させて下さい」
「助かります」
「良かったの?」ぼっさんが少し気遣ってくれる。
「うん。国がバックについているのであれば、危機的状況にはならないだろうからね」
「危険はありますよ」
「まっ!?」トナルさんの言葉に僕はフリーズした。




