魔王-2
時間が経過し、残された我々も冷静さを取り戻した。
「これは流石にヤバいよ」うにやんは水を飲む。
「うん。今まで俺らは運良く生き残って来られたけど、ここでついに一人脱落か……」落胆するぼっさん。
「そもそもおんちゃんは全裸で行動したり、一人で深夜徘徊するから常に危険と隣り合わせだったわけで、運命は決まっていたのかもしれないよ」僕はデザートのプリンを食べる。
「この世界で果てることに?」
「そそ」
「どうするの?」心配そうな顔をするうにやん。
「取り敢えず町長さんに助けを求めようか」ぼっさんはそう言って食後のさくらんぼを咥えた。
食堂パルリークでお会計を済まし町長さんの家へ向かうことにする。会計の際、おんちゃんを連行した人物たちが何者かを店員に聞いてみた。どうやらシャヌラの衛処とのこと。
町長さんの家へ赴く際、お土産のスルメのことはすっかり忘れていた。急ぎの用事ではあるので仕方ないよね。だが、目的地には町長夫人が御在宅であり、当人はいなかった。まだ仕事中であると教えてもらい、僕らは町役場へと直行した。まだ昼過ぎではあるので町長さんも仕事をしているのは当たり前か。二人とも焦って考えが浅くなっているのだろう。
町役場へ到着するや否や受付から町長さんへアポを取ってもらう。幸いにも直ぐに時間を空けてもらうことができ面会をする。アクアサでの土産話は我慢し、おんちゃんが衛処の人達に連行されたことの経緯を説明した。
町長さんは仕事があるため、同行はできないが書面を一筆仕上げくれた。これを衛処の人に見せれば良いと教えてくれる。
おんちゃんが幽閉されている衛処バルンドは町役場からそんなに遠くない場所に存在した。ネズミ色な直方体の建物で無骨さを感じる。大きさとしては狩処ポナモザほどあるので、この辺りでは目立つサイズだ。
僕らは衛処バルンドへ正面から入っていく。そして、カウンターにいるお姉さんに町長さんからの書面を渡す。お姉さんは「お待ちください」と言い奥へと歩いていった。その間おんちゃんを探すが、入り口付近には見当たらない。きっと建物深部で酷い目に遭わされているのだ。
数分後、お姉さんが入っていった部屋の扉が開き、おんちゃんと連行した男性が一緒に出てきた。二人は何やら会話をしている様子。そして、おんちゃんだけがこちらへ歩いてくる。体のどこにも傷跡は無く衣服も破損していないみたいだ。
「迎えてにきてくれてありがとう」珍しくおんちゃんが御礼を言ってくる。
「大丈夫だった?」うにやんが聞く。
「うん。私も駄目かと思ったけど、知り合いがここの衛処にいてね」
「お知り合いの人が?」僕は尋ねる。
「うん。この前跨ぎ人を見に行ったとき見回りの人とすれ違ったでしょ。あの人が衛処バルンドの職員だったんだよ。それで私の身分を保証してくれてね」
「なるほど。おんちゃんの散歩が役に立ったわけだ」
「まぁね。でもみんなが持ってきてくれた町長さんの紙によってさらに説得力が高まったから助かったよ」
「俺らの行動も無駄ではなかったわけだ」ぼっさんはホッとする。「それで何故、魔王を名乗ったことで捕まったの?」
「うーん。私もそこは聞けずじまいで、取り敢えず言われたことは『魔王を求めないように』って」
『魔王を求めないように』か。僕はその言葉を頭の中で反芻する。
時間が過ぎるのを待ち、夜分に我らは町長宅へお邪魔した。
「それで、この世界にとって魔王とは禁句なのでしょうか?」おんちゃん救出の御礼を伝えた後、ぼっさんが質問をする。
「いえ、言葉にすることは問題ないのですが、でも嫌がる人はいるかな」町長さんは青茶を飲む。「何故かというと、それは過去の出来事が原因なのです」
僕らは黙って話を聞く姿勢になる。
「昔、王都にキベロスという研究者がいました。彼は日々魔法の研究に勤しんでいたそうです。そしてキベロスの側には一人の女性がいました。彼女の名前はピミサ、彼女はキベロスの研究の手伝いをするということはなく、むしろ逆で彼の仕事を邪魔する存在だったそうな」
町長さんが一息つく。
「ピミサはふらりとキベロスの研究室にやってきては、本を読んだりお菓子を食べたりして自由気儘に過ごし、時にはキベロスが話相手をしていました。研究に没頭する癖があった彼にとって、彼女との会話は良い息抜きになっており、ピミサに出会う前より研究が捗ったみたいです」
僕も青茶を一口いただく。
「ですが、二人の時間は突然終わりを迎えました。ピミサは大病を患い、急逝してしまったのです。キベロスは大変落ち込み、誰とも会わなくなり、我武者羅に研究をするようになってしまったと」
ぼっさんが少し俯いた。
「ある日、キベロスの同僚が彼の異変に気づきました。彼の専門分野とは別の魔法研究をしていることに。そう、その研究こそが魔王の魔法です」
やっとこそ魔王との繋がりが出てきたことでピクリと動くおんちゃん。
「古来より魔王には死者を復活させる力があったと伝来されてきました。王都には魔王に関する文献はいくつも保管されており、国家研究員であるキベロスにとってはそれを閲覧することが容易です。彼は文献を漁り研究し、魔王の魔法を実行する段階にまで進めました」
うにやんは音をたてずにクッキーを口に入れる。チョコチップクッキーだ。
「キベロスはピミサの亡骸を持ち運び王都を離れ、人が居ない場所へと移ります。未知の魔法実験をする場合は安全確保のため人気の無い場所ですることが義務付けられていましたので、彼はまだ研究者としての意識が残っていたのでしょう」
町長夫人が青茶を追加で淹れてくれたので僕は少し頭を下げた。
「そして、キベロスは辺り一面草花で囲まれた大地へと辿り着き、魔王の魔法を発動させました」




