魔王-1
港町アクアサへの旅行から数日後、僕らは食堂パルリークでお昼を過ごしていた。
「この世界には魔法が存在して、魔物も生物の一種として人々に認知されているでしょ」ぼっさんがフライドポテト片手に話す。
「うん」僕は鳥の唐揚げにレモン果汁を掛ける。
「それじゃ、魔王様もいるのかな?」
「…………」一瞬食事の手が止まる僕とうにやん、おんちゃん。
「分からないけど、なんで”様”を付けるの?」僕は聞き返す。
「だって魔王だよ。特別な力を持っているに違いないじゃん。もしもこの世界にいらっしゃるのであれば、俺らの会話だって盗聴されてるかもだよ」力説するぼっさん。
「なるほど。一理ある。侮蔑するようなことを言えば殺されちゃうかも」そして唐揚げをかじる僕。
「盗聴ができるってことは、盗視もできるのかな?」うにやんは豚肉キャベツ炒めを食べている。
「できるかもよ。俺らは異世界から来た存在だから、すぐにマークされてずっと監視されているかもしれないよー」ぼっさんがうにやんを怖がらせる。
「私の全裸が魔王様に見られた!」上半身を手で隠すおんちゃん。
「…………」
「それで、なんだっけ。魔王が存在しているかどうかだよね」僕は話を戻す。
「うん」頷くぼっさん。
「うーん。図書館でもそれっぽい本は見かけたことはないけど」
「そもそも魔王の定義ってなんだろうね」うにやんは疑問を述べる。
「魔物のボスでしょ」と僕。
「魔界の王様じゃないの」ぼっさん。
「魔族の偉い人」おんちゃん。
「みんな似たような意味だけど、イメージすると違う感じだね」うにやん。
「町長さんにでも聞いてみようか」僕は提案する。
「良いね。最近、ご無沙汰だから報告も兼ねて」了承するぼっさん。
「アクアサのお土産って何か残ってた?」うにやんが気遣う。
「えーっと、スルメが手つかずであるよ」答える僕。
「じゃあそれを持参して行こうか」
次の目的が決定された。
「しかしだけど、この国というかこの世界は平和そのものな雰囲気があるじゃん」冷めたフライドボテトを食すぼっさん。
「うん。そうだね」アスパラを食べる僕。
「ということは、魔王の存在自体無いのかも」
「なるほど。魔王がいれば、何かしらの驚異を耳にしているはずだもんね。僕らも四ヶ月ほどこの世界で暮らしているんだから」
「そうそう。北の国とも戦争をしているわけでもないし。名前なんだっけ?」ぼっさんは首を捻る。
「マスター……」僕の記憶も曖昧だ。
「グネーグマスターだね」流石うにやん流石。
「そのグネーグマスターも名前は怪しいけど、悪い噂などは聞かないから普通の国なんだろうね」少しスッキリした顔をするぼっさん。
「この世界に魔王がいないのであれば、私が魔王に立候補しちゃおうかな」軽く手を上げるおんちゃん。
いつもだったら、電車が通過した後の遮断機のように天高く腕を伸ばすおんちゃんであるが、今回は謙虚だ。
「魔王になってどうするの?」ぼっさんがおんちゃんの方へ顔を向ける。
「どうもしないよ。自己満足」両手を横に当てるおんちゃん。「魔王という二つ名が欲しい」
「そうなんだ。名乗るだけなら自由なのだから、良いんじゃない」
「うん」うにやんも許可する。
「似合ってると思う」僕は心にも無いことを言う。
「よし。それじゃ私は今日から魔王だ」おんちゃんは立ち上がり魔王の称号を得た。
僕らは気の無い乾いた拍手を魔王おんちゃんへと捧げた。
「失礼。先ほどから魔王の話をしていたようですが?」テーブルの横から男性が声を掛けてくる。
三十代ぐらいの男性だ。そして、その男性の左右にも一人ずつ立っている。
男三人が真剣な眼で見据えてくるので、僕らは黙ってしまった。
混乱している我々を察知して男性は一旦目蓋を閉じ別の言葉を投げかけてくる。「質問を変えます。魔王への願望を口にしていたのは誰ですか?」
僕とぼっさん、うにやんは素早く指を差した。魔王おんちゃんへと。
おんちゃんは男三人に連れて行かれた。




