アクアサ-7
「け」おんちゃんは言葉の最後を言い切りながら、我々の顔を見る。
「きた!? 毒がきたの!?」フォークを右手から滑り落としたおんちゃんに声を掛ける僕。
おんちゃんは首肯する。
「解毒剤飲まなきゃ」うにやんは立ち上がり店員さんを呼ぼうとする。
「まだ大丈夫。右腕が痺れているだけだから。もう少し愉しませて」おんちゃんは左手を上げうにやんを止めに入る。
そして、使えなくなった右手の代わりに左手でフォークを持ち食事を再開するおんちゃん。うにやんは着席し、僕らもまた料理に手をつける。
おんちゃんのことが気がかりで、まったく味に集中できない。
「おっ」数十秒後、再びおんちゃんが異変を感じた。
警戒していた我々はすぐに反応し、おんちゃんの体の様子を見る。
「下半身の感覚が消えた……」目を大きくするおんちゃん。
「……」
「痺れではなくて?」ぼっさんが確認する。
「うん。痺れは感じないけど、脚も動かせられない」
「足を軽く蹴ってみるよ」対面に座っていた僕は靴をおんちゃんの足に当てる。「今スネの辺りをつついているけど、どう?」
「痛く無い。何も感じない」
「どうやら体全般の神経に影響が出るみたいだね」冷静に分析するぼっさん。
「どうする? 解毒剤頼む?」質問する僕。
「うん」ヤバいと思ったのかおんちゃんは素直な返事をした。
僕は立ち上がり店員さんを大声で呼び、解毒剤を頼んだ。
「声掛けが遅かったので少し心配でしたよ」店員さんはそう言って木製のコップをテーブルに置いた。
「えっ。まだ食べている最中なので、食後の解毒剤としては早いとは思いますが」僕は女性店員の発言に少し驚く。
「えーっと。そもそも大体のお客さんは解毒剤を食前に飲み、ヌラワーの味だけを楽しむのですが」説明してくれる店員さん。「稀に酔狂なお客さんが毒を愉しむために食後を選ぶんですよ」
「なるほど」僕はおんちゃんを一瞥する。
そんなおんちゃんは頂いたコップに口を付け、中身を飲んでいる。
「そして食後を選択したお客さんでも、ほとんどの方は体に異変を感じた瞬間に解毒剤を注文なさるんです」真剣な面持ちな店員さん。
「へぇー。やはり恐怖を感じてしまうのですかね」
「そうだと思います。過去に解毒剤を我慢した人がいて、その方の意識が無くなったことを知っていたんでしょうね」
「……」
店員さんの話を聞いておんちゃんは一瞬固まったが、すぐに解毒剤を飲むことを再開した。
「その意識を無くした方のその後は……?」僕は訊ねる。
「すぐに解毒剤を飲まされて助かりましたよ。現在もうちのキッチンで料理を作っております」と店員さんはカウンターへと振り返る。
カウンターの向こう側にはせっせと働く中年男性の姿があった。
「次はどこへ行く?」ぼっさんがガイドブックをテーブルに出す。
食事を終え、コーヒーを飲みながら僕らはゆったりとしている。
「特に思いつかないなー。良さげな場所はありそうかい?」僕は質問する。
「戻ることになるけど、さっきの浜辺から南に行けば灯台があるらしい」地図を見せてくれるぼっさん。
「他に行きたい所がなければそこへ行こうか?」うにやんが顔を覗かせる。
「オーケー」僕は了承する。「おんちゃん、調子はどう?」
右手親指を立て、回復したぜっと合図を送ってくるおんちゃん。
「それじゃ行こうか」と僕らは席を立った。
Uターンをして、浜辺へと戻ってくる我々。さらに南へ歩くと釣りをしている人達が見えてきた。堤防にてお互いに距離を保ちながら釣り糸を垂らしている。男性の姿が多いが、お子さんと一緒に楽しんでいる家族の姿も見受けられる。
「小学生の頃、釣りをしたことがあるけど、それ以来全然してないなー」ぼっさんが釣り人を眺めながら言う。
「僕もそうだよ。道具一式揃えたけど、長続きしなかった」
「手軽で面白い娯楽が溢れているから、自然とやらなくなっちゃうのかもね」
「覚えてないけど、そうだろうねー」
「猫がいるよ」僕とぼっさんが昔話をしていたところに、うにやんがにゃんとも聞き捨てならない言葉を発する。
釣りをしている人達の背中側、ベンチや木々の陰に猫たちが存在した。茶色や白、黒色な猫たちは人間を警戒することなく寛いでいる様子だ。釣り上げた魚を横取りするという感じではなく、釣り人から魚を分けてもらっているのだろう。
「座るところがあるなら少し休憩していこうか」というぼっさんの案により、我々は歩みを止める。
うにやんはベンチに座り、ぼっさんは堤防側へ行ってしまう。おんちゃんはいつの間にかいなくなってしまった。トイレかな……。
僕も周りが気になるため、散歩を開始。パキッと貝殻を踏み潰しながら堤防を進んでみる。桟橋のように凸している箇所があり、そこでも魚釣りに興じる方々がいらっしゃる。後ろを通り過ぎる際、釣れているかどうか確認するため入れ物を見ようとするが、箱の蓋が閉じているため分からなかった。だが、釣れている雰囲気も感じられない。暑いと魚も食欲が沸かないのかも。
凸堤防の先まで歩き、海波の様子を確認する。そして満足したので逆戻りする。ベンチへと戻るがうにやんの姿は無く、僕は一人で着席。
隣のベンチの陰では猫がスフィンクスのように休んでいる。この三毛猫はふくよかで、満足な食事をしている印象。僕が近づいてきたときはこちらを見てきたが、今は遠くを見つめている。餌をくれる人を待っているのかな。
猫はゆっくりと立ち上がりさらに隣のベンチの陰へと移動した。




