アクアサ-2
雑貨屋の外に出ると、みんなが待っていた。
「すっかり観光気分だね」僕のお魚Tシャツを見たぼっさんが声を掛ける。
そんなぼっさんは購入したガイドブックを片手に持っていた。
「うん。せっかくなので何か買おうと思ってね」答える僕。
「魚が正面向いてるのが面白いね」うにやんが僕のセンスを褒めてくれる。
「そうそう。横向きだと普通かなっと思って、正面にしてみた」
ちなみにこのTシャツは白地に碧色の魚が描かれているものだ。魚の名前は不明。柄が横バージョンのTシャツもあったが種別は判別できなかった。
「うにやんとおんちゃんは何か買った?」僕は質問する。
「雑貨屋では何も買ってないけど、あっちの売店でさっき水買ってきたよ」水の瓶を強調してくるうにやん。
「冷たくて美味しいー」おんちゃんが水を飲み、感想を伝えてくれる。
我々はさらに西へと呑気に歩いて行く。
「依頼処があるよ」うにやんがとある建物の前で立ち止まる。
「ほんとだ、アクアサにもあるのか」ガイドブックに目を落としていたぼっさんも顔を上げる。
「依頼処イシュルカ……」僕は看板の名前を読み上げた。「入ってみる?」
「そうだね。どんな依頼があるか見てみようか」興味がありそうなぼっさん。
僕らはホームともいえる依頼処へと足を運んだ。
建物内はシャヌラの依頼処とほとんど変わらない様相である。カウンターに魚の置物が設置されているくらいだろうか。
「人いないね」うにやんが掲示板を見ながら口を開く。
「まぁ、観光客が来るところでも無いからね」僕は答えた。
「『漁の手伝いをしてください』『客室清掃をお願いします』『浜辺の監視員募集』」掲示板の依頼を読み上げるぼっさん。
「港町っていう感じの依頼が多いね」感想を述べる僕。
「これ面白そう」おんちゃんが掲示板に指を示す。
どれどれっとおんちゃんの指先に視線を配る我ら。
そこには『私を怒らせてください』と記されていた。
「風変わりな依頼だね」とうにやん。
「流石アクアサ、シャヌラとは比較にならない」と僕。
「褒めてはいけないじゃん。怒らせなきゃ」とぼっさん。
「なるほど。えーっと……」思案する僕。
「このようなくだらない依頼を私たちの前に出してるんじゃないよ。プリンタ用紙にして私の顔写真を印刷してやるぞ」おんちゃんが依頼の紙に向かって声を荒げる。
「…………」
「大丈夫? ストレス溜まってるの?」僕は心配になりおんちゃんに声を掛ける。
「いや、怒らせようとしただけ」おんちゃんは軽く笑った。
「あっ!! でもこの依頼、報酬が十万ルンだよ」うにやんが驚く。
「えっ。凄っ。やっぱりアクアサの依頼はスケールが違うねー。シャヌラとは別世界だ」と僕。
「また褒めた」と微笑むぼっさん。
はははははっとみんなで笑い合い、依頼を受諾することなく我々は依頼処イシュルカから外へ出た。
退出する際カウンターへ目を向けたが、職員のお姉さんが怪訝な表情を僕たちに向けていた。
「次はここに入ってみない?」ぼっさんが立ち止まる。
人々が行き交う中、僕らはその店舗の側へと寄る。この辺りでは珍しく土壁な建物だ。窓から覗くかぎり、果物屋さんのようだ。ぼっさんのことだから食料関係に興味があるのだろう。
「良いよ」僕は要望を受け入れ、おんちゃんとうにやんも頷いた。
少し朽ちている木製の扉を開け、私共はフルーツショップへと体を入れた。
建物内は果物の匂いに満ち満ちている。匂いに意識が向かい、「いらっしゃいませ」と男性の声が聞こえたが、印象に残らなかった。
店内にはオレンジ、ぶどう、リンゴ、バナナ、それと知らないフルーツが数点置かれている。もちろん、その不明なモノたちに皆の興味が刺さる。
黒いものから白いものまで、刺々しいものから、ドーナツ型のものまで存在する。僕が特に気になったのは、枝豆を巨大化させたような果物? である。それは両手サイズのもので皮はバナナのような質感、そしてトマトのような赤みを放っている。
「それ三千ルンするね」ぼっさんが価格を教えてくれる。
「たかっ! 高級品じゃん」度肝を抜かれる僕。
「でも俺も気になるから、割り勘で買ってみる?」
「うーん」僕は悩み苦悶な顔をする。
「試食してみるかい?」突然、隣から声を掛けられた。
横を見ると、シャツにエプロンをした男性がいる。明らかに店の人だ。
「え、良いのですか?」
「ええ。その代わり、お願いがあるけれども……」
僕は一転して目を細める。
「いやいやそんなに大変なお願いでもなくて、簡単なものだから」男性は僕を警戒させてしまったので、少し慌ててなだめようとする。
「どのようなことですか?」ぼっさんが聞く。
「うちの店、果物の他に仮面も売っていてね」と男性は店の壁を指し示す。
僕とぼっさんが男性の指先の先に視線を動かすと仮面が飾られていた。壁の上部には確かに飾られていた。店内の果物群に目を奪われていたため、全然気づかなかった。気付いたとしても売り物だとは思わない。
「最近、仮面の取り扱いも初めてね、でも全然売れないから何か良い案はないか考えていた訳よ」男性は語り出す。
仮面は民芸品のような感じであり、どこかの部族がつけているようなフォルムをしている。
「そこでね、宣伝のためにあの仮面をつけて町を歩いて欲しいの」僕らの顔を見る男性。
「エェー」露骨に嫌々な声を出す僕とぼっさん。
「君たち他の観光客と違って、なんか雰囲気が違うから、良い宣伝になると思うの。お願い」男性は手を合わせて懇願する。
そこにうにやんとおんちゃんも近づいてきたので、僕は説明した。
「仮面付けるだけで、その枝豆もどきが食べられるなら良い話なのでは」おんちゃんは賛成のようだ。
おんちゃんの言葉に顔を明るくする男性。
「三千ルンの枝豆をいただけて、さらにあの仮面も貰えるんでしょ。おいしい話だと思うよ」とうにやん。
「えっ」と僕とぼっさん、男性店員は驚く。
「あの仮面もくれるんですか?」僕は男性店員に聞く。
「もちろん」男性はすぐに驚きを隠して受け答える。
「それならやろうか」僕とぼっさんは承諾した。
「これはヴェニモ族が祭りの時に着ける仮面でね」男性は脚立に上がりながら説明してくれる。「私が果物の現地視察をした際に一目惚れしたものなんだよ」
枝豆フルーツのことは後回しで先に仮面の話が始まった。
「その仮面、ユニークで面白いですよね」うにやんがおだてる。
「君には理解できるかね。素晴らしい」男性もうにやんを持ち上げる。
僕は早く果物を食べたい。
そして各一個ずつ仮面が手渡され、僕らは試着する。
呪われたりしないよね……。っと思いながら着けてみるが案外フィットして不快感は無い。軽いし。
「俺、メガネが当たって被れないんだけど」ぼっさんは仮面を拒否する口実を見つけた。




