アクアサ-1
ガタゴッ!
僕たちの体が上下する。馬車の車輪が小石に乗り上げたことによる影響だ。
「帰りはクッション付きの椅子がある馬車にしようよ」隣に座っているうにやんが話しかけてくる。
「そうだね。行きはまだ体力があるから耐えられるけど、帰りは疲れてるだろうしね」僕は返答する。
僕らはシャヌラから西に位置する港町アクアサへと移動中だ。朝六時に駅馬車でシャヌラを出発し、アクアサへは四時間程で到着するらしい。
駅馬車にもいろいろなグレードがあり、我々の乗っている馬車は下から三番目の料金プランだ。一番下は椅子が無いタイプであり、荷台へ直に座らなければならない。二番目は椅子はあるが屋根が無い形式。そして、三番目は椅子と屋根があるタイプ、側面は空いているので窮屈な感じはしない。
おっと。何故、港町アクアサへ移動しているのか説明していなかったようだ。
観光です。
今まで、様々な方との会話でアクアサという名前を耳にしていたが、僕らもようやく重い腰を上げて行ってみようではないかと、話し合いで決まったのだ。再びお金も貯まってきたからね。
「後ろ、民家がある」反対側に座っているぼっさんが僕の後ろに目を配る。
僕は振り向き後方を確認する。原っぱに細い道が続いており、その先に木造の家が一軒孤高と建っている。
初めてこの世界にきた頃、シャヌラの町へと徒歩で移動している際、シャヌラとは反対方向へ歩いている人たちがいたけど、その人たちはこの辺りの住人なのかもしれない。
それから同じようにポツリポツリと民家が点在する光景がしばらく続いた。
午前七時ごろになり日差しも強くなってきた。屋根の無いタイプを選択していたらアクアサに着く前に干上がっていたであろう。
「トイレ行きたい」おんちゃんが僕の顔を見て訴えてくる。
僕は御者さんにトイレのことを伝えた。もう少しで休憩所に着くから我慢してくれとのこと。僕は伝書鳩の如くおんちゃんにその旨届けた。
シャヌラからアクアサまでの道中、いくつか休憩ポイントが設置されており、毎回近づくにつれて御者さんがトイレ利用する? っと声をかけてくれた。
アクアサへの道々は、さほど景色が変わらなく草原が見えるだけであったが、目的地に近づくにつれて民家が多くなっていく。そして、僕らは目的地アクアサへと到着する。
「海はまだ見えないね」馬車から降りると、うにやんが見て思ったことを言う。
馬車が停車した場所はアクアサの町の東端であり、建物の数よりも客待ちの馬車の方が多い。
僕らのような観光客っぽい人たちも馬車から降車しているのが見られる。
「さらに西に歩かないと海へは到着しないらしいよ。おっちゃんが言うには」おんちゃんは御者さんのことをおっちゃん呼びする。
おんちゃんは休憩所で御者さんと会話していたから、その時に聞いたのだろう。
「それじゃ西に行きますか」ぼっさんが合図を出す。
我々は初めてシャヌラ以外の町へと足を踏み入れた。
舗装された道路にはお店が立ち並んでいる。町の入り口ということもあり、宿泊施設やお土産屋さんが目立つ。今回は日帰りではあるので、宿泊施設とは無縁ではあるが、珍しい光景ではあるのでじっくりと見てしまう。
「レンガの建物が多いね」うにやんの観察眼。
確かに、意識してなかったがうにやんの言う通り統一されてるかのようにレンガ造りがほとんどである。木造だと潮風にさらされて腐食してしまうからだろう。
いくつかの店を通り過ぎていたところ「ここの中入っていかない?」とぼっさんが一つのお土産屋さんで立ち止まった。
「トイレ?」おんちゃんが聞く。
「そういう訳では無くて、ただ店の中の商品を見たいだけ」
僕らは了承し、店の扉を開けて中に入って行った。
「いらっしゃいませ」と女性店員の声がする。
我々の他にお客さんが数名いらっしゃる。
よく見ずに入ったけど、どうやらここは雑貨店のようだ。港町だけあって魚関係のものが多い。木彫りの置物や陶器、本なども置いてある。
僕は柄が魚の形になっているフォークとナイフを眺めながら今日のお昼は何を食べようかと考えた。そもそも何の料理があるのか分からないのだから、考えても無駄だろうか。いや、想像は大事だ。しかし、期待しすぎるのも良くないか。
僕がう〜んと唸っていると、ぼっさんがガイドブックを立ち読みしているのが見えた。
ガイドブックか……。あれを覗き込めば、この先何があるか、どのような料理が提供されているのかという情報が入ってくるだろう……。しかし、それで良いのだろうか。ゲームでおける攻略サイトを見るようなものではないだろうか。……。ちょっと違うかもしれない。観光は時間が限られているから事前に行きたい場所をチェックしておく必要が出てきてしまうのか。でも、それでも、今回だけは初見を楽しみたいので、僕はガイドブックを見ないぞ。
そうして、僕はお手洗いに行き、店で購入した魚Tシャツに着替え退店した。




