跨ぎ人-9
僕は木箱を持ち上げ、床に置く。木箱には細かな彫り模様があり、気品さを感じさせた。さらに蓋を開けると、布で包まれた何かが存在し、その布をめくると一つのティーカップが露わになった。
「あったね」うにやんが沈黙を破る。
「うん。これがヨロラスさん手作りのティーカップのはず」僕は断定できない。
実際に見たことがある訳では無いので、判断できない。だが十中八九、ヨロラスさんの物だろう。
僕は恐る恐るティーカップを手に取る。それは白の光沢を放っているが、口縁は厚みがあり円形というよりも楕円形に仕上がっている。素人目から見ても無骨さを感じ得た。
「ユニークなデザインだね」ティーカップを褒めるための言葉を捻り出すうにやん。
「ヨロラスさんが初めて作ったという証だね」フォローになっているのか分からないが、一応答えておく。
僕はティーカップを元の場所に収め、蓋を閉じた。
その後、トナルさんに会う時間までリビングで休憩し、我々は玄関を跨ぐ。
「素敵なティーカップですね。歪でありながらも、どこか愛着が湧いてきそうな姿をしていると思います」箱の中身を見たトナルさんの感想。
このティーカップがヨロラスさんの手作りした物であり、部屋の地下収納で保存されていたことを僕は伝える。
「それでは、これを跨ぎ化した彼に見せれば何かしら反応が期待できますね」椅子から立ち上がるトナルさん。
夜更けの虫達がささやくなか、我々はヨロラスさんの元へ向かった。途中、アヒューくんを連れたヴェミラさんに会ったので挨拶をしていく。
ヨロラスさんをこの前とは別の場所で見かける。移動先も固定されているわけではなく、ランダムに行動しているようだ。
早速、僕は彼の前へと立ちはだかり、木箱からティーカップを取りだし見せた。
「…………」
数秒の間を感じたが、ヨロラスさんに動きあり。前屈みになり僕の手からティーカップを両手で掬いとるように持ち上げた。
ティーカップを見つめた後、我々の顔を一人ずつ見回す。そして、ティーカップを両手で持ったまま墓地の方角へと歩き出した。
僕たちもヨロラスさんに追従する。夜明け前であり、他の跨ぎ人たちが出歩いているなか、彼だけが墓地へと向かう。
ヨロラスさんは自分の棺桶へと丁寧に入り込み、中から手を伸ばし棺の蓋を閉じたのだった。
「これで解決したのでしょうか?」ぼっさんがトナルさんへ聞く。
「はい。大丈夫です」トナルさんは断言する。「今後様子を見て、ヨロラスさんが出歩くことがなければ、棺桶に土を被せます」
僕らはヨロラスさんの棺へ顔を向けたまま会話をしている。
「後のことは私一人でもできますので、みなさんの仕事はこれにて終わりですね。ありがとうございました」トナルさんは我々へ体を向ける。
「僕たちもヨロラスさんのことなど、色々と知ることができました」
おんちゃんのゾンビ見学へ行こうの顚末はこれにて終了。跨ぎ人調査の報酬は、あれから小屋へ戻り受け取った。
昼夜逆転の生活が続いたため、それを戻すのに苦労したが、無事普段通りの起床時間へと移行できている。
「俺も陶芸体験行ってこようかなー」ぼっさんが僕の手作りティーカップを見ながら呟く。
あれから、再び陶器販売店『ズゥ』を訪ね、自作のティーカップを頂いた。ヨロラスさんのティーカップと負けず劣らずの姿形をしており、彼に少しだけ共感することができた。ただ、今のところ愛着は湧いていない。これを使い続ければ何か感じるものが抽出されるかも。
そんな訳でぼっさんに紅茶を注いでもらったところだ。
僕はティーカップの取っ手に指を入れ、口へと近づける。鼻腔で匂いを感じながら、縁に口をつけ手首を捻り、紅茶を少しだけ流し込む。口縁部が厚いためマグカップのような口あたりだ。顔から遠ざけティーカップを横からと、上からと眺める。そしてまた紅茶を啜る。




