跨ぎ人-4
「そのアヒューくんも跨ぎ……跨ぎ犬なんですよね?」うにやんが挙手をして質問する。
「そうです。飼い主と共にペットも跨ぎ化する事例は珍しいことなんです!」先ほどまでのしんみりとした口調から変わり、声が大きくなるトナルさん。
死者を敬うところもあるが、研究者として貴重な事象に対しての興味も併せ持っているのだろう。
「跨ぎ人が改めて成仏することはあるのですか?」僕は質問する。
「えぇ。跨ぎ人の心残りが解消されれば再びあの世へと旅立つことができます。そして私はその研究をメインとしています」
「跨ぎ人を往生させる研究……ていうことでしょうか」
「そうですね。跨ぎ人の未練を解消させる方法がいくつかあるのですが、それらの特徴を掴み、分類し、効率良く跨ぎ人を満足させるということ。それを研究の目的としています」
「なるほどです」
「ヴェミラさんとアヒューくんは一緒に散歩しているだけで、そのうち心が充足しあの世へ行くことになるのです?」うにやんがまた挙手をする。
「仰る通り。過去にも事例がありますので、ヴェミラさんの件はそれで良いはずです。素晴らしい」
うにやんは褒められて頬を緩めた。
「それにしても、あなた方良いセンスをお持ちのようで。どうでしょう、私の研究を手伝ってみませんか?」トナルさんからのお誘い。
突然の提案に僕たちはお互いに顔を見合わせてしまう。
「もちろんお金は支払いますよ」
「受けましょう」我々の気持ちと声は一致した。
「安請け合いしましたが、私たちに出来ることがありますか?」ぼっさんが聞く。
「そんなに難しく考えなくても良いですよ。やってることは単純なことですから」
その言葉に僕らは安堵する。
「流れとしては、跨ぎ人の生前を調べ、何が未練で、どのようにしたらその未練を解消させてあげるか。それだけです」
うーん。確かに言葉で聞く限り単純ではあるが、生前のことを調べるというのは難儀そうだ。
「実はここに今対象としている跨ぎ人の方々のリストがありまして」っとトナルさんは立ち上がり本棚へと近づいていく。「この中から知っている人がいれば、その人にピントを合わせて調べてくださるだけでも大変助かります」
僕はトナルさんから一冊のノートを受けとった。ノートを開くと、氏名、種別、性別、住所など個人情報が羅列されている。その中には氏名のみ記入されており、他は空白状態の欄もある。
我々はこっちの世界に来てから日が浅い、それなのに故人のリストを見ても知っている方はいない。この仕事は不相応だ。
「あ、この人」右隣に座っているうにやんがノートに指差す。
「ヨロラス・カークラ」僕は声に出す。「知ってる?」ぼっさんとおんちゃんの顔を見た。
二人とも否定する。
「ほら、ボクらの住んでいる家の元の持ち主の人」
「そうなの? 名前は知らなかったなー」僕は感情豊かに驚いて見せる。
「シキさんの部屋の隣に空き部屋というか、そのヨロラスさんの部屋があるでしょ?」
「あるね。使用することも無いので元のままにしてある場所だね」
「ボクはその部屋を調べていたことがあってね。あ、もちろん町長さんには事前に許可取ってるよ」
我々の住んでいる家は町長さんから借りており、もとを辿れば町長さんの友人が所有していた家だ。そしてその友人の名前がヨロラス・カークラらしい。
「画材道具や良い感じの画題が無いか探していたんだけど、そこでヨロラスさんの名前を見たんだよ」
「へぇ。日記帳か何か?」
「ううん。契約書のようなものにサインしてあったと思う」
うにやんの記憶が正しければ、そのヨロラスさんの生前を調べられるかもしれない。そして何が心残りであるかを。
「それじゃ調べてみようか。ヨロラスさんを」ぼっさんが僕らに促す。
「そうだね」と賛成する僕。
おんちゃんとうにやんも了承する。
このやりとりを青茶を飲みながら見守っていたトナルさんが「ヨロラスさん自身を先に見ていかれますか?」と聞いてくる。
「そうですね。どんな方か知っていれば、色々イメージはしやすそうです」
僕たちはご馳走様を言い、小屋を後にした。
「確かこの辺りにいつもいるのですが……」トナルさんはキョロキョロと見回す。
彼は相変わらず照明を持たない。
「ランプ使いますか?」僕はトナルさんに自分の明かりを差し出す。
「ありがと。夜目に慣れているから、こういうのは使わないのだけど、やっぱり明るいと便利だねー」と彼は笑う。
そして、視界が浅くなった僕は木の根に足を引っ掛け転んだ。




