跨ぎ人-3
僕はゾンビさんの不意な登場により、身がすくんだ。
他の三人も声が出ない状況を見ると、同じような状態だろう。
「もし……大丈夫ですか?」再び目の前のゾンビさんが口を開く。
先ほどの挨拶は聞き間違えではなかったようだ。この男性型の四十代くらいに見えるゾンビさんは喋るのが大変お上手。
「あ、そうか……」と独り言を発し「私は人間ですよ。生きてます」と僕らに生者であることを強調してくる。
「生き? ゾンビではないのですか?」僕は身の硬直が解け、口を動かした。
「ゾンビ? あぁ跨ぎ人のことですね」
「マタギビト?」僕らは声を合わせてしまう。
「狩りをする人?」うにやんがもっともな疑問を持つ。
狩猟を生業とする方たちをマタギと呼称されるけど、今回は違うみたいだ。
「そうですね。近くに私の小屋がありますので、そこで話しましょうか」男性はそういって林の奥へと歩き出した。
本当にこの方は人間なのだろうか。他のマタギビト? と同じように衣服はボロボロだし、顔も汚れていて、素足だ。僕らは騙されていないか?
「失礼ですが、あなたも他の跨ぎ人と同じような姿に見えますが、正真正銘の生者なのですか?」懐疑心が溢れ、口から言葉が出してしまう僕。
「そう思いますよね」男性は共感してくれる。「私はトナル・スナプと申しまして、跨ぎ人の研究をしています」前方を歩きながら説明をするトナルさん。
今まで気にしなかったが、トナルさんは照明器具を持っていない。明かりも無く移動しているのだ。相当この辺りに詳しいのだろう。
「あっ。跨ぎ人の気持ちを知るため、成り切っているのですね」ぼっさんが気づく。
「その通りです。しかし、成り切るといっても格好だけですけどね。できれば私も本物の跨ぎ人になりたいのですが、そのためには命を落とさないといけない。だが、跨ぎ人になったら、恐らく思考能力が低下、いやほぼ無くなるでしょう。それだと研究ができない。そう、跨ぎ人に成ることと跨ぎ人の研究をすることは同時には行えない。それがとても残念です」トナルさんは徐々に口調が早くなり、声が大きくなった。「失礼、取り乱しました」
「いえいえ。驚きましたけど、大丈夫です」僕はフォローする。「跨ぎ人の研究者ということでしたら納得です。疑ってすみませんでした」
「いやいや。気にしないでください。それよりも、あなた方はなぜここに? しかもこんな夜更けに」トナルさんはちらりとこちらに振り向く。
僕らは自己紹介とゾンビ……では無く、跨ぎ人を見に来たことを伝えた。
「へー。わざわざ跨ぎ人を見たいだなんて物好きですね」ちょっと嬉しそうにするトナルさん。
自身の研究分野に興味を持つ人が現れたことで心躍っているのであろう。
「あ、ここが私の小屋です」トナルさんが立ち止まる。
そこには木造の、誰が見ても小屋という建物が存在した。煙突が伸びており、高床式が特徴だ。
階段に足を掛け、僕らは小屋にお邪魔する。中は一〇畳程の広さでキッチンと本棚、それと椅子と机が一つずつに、ベッドがあるシンプルな構成。
トナルさんは小屋へ入るなり、壁に掛かっている燭台に火を点けていく。
数本の蝋燭の明かりに照らされトナルさんの全貌が見えてきた。髪は茶色で短い、鼻は高く目の堀が深いのが見て取れる。背はぼっさんとおんちゃんの間、百七十五センチメートルぐらいだろう。ボロボロのTシャツに綿生地のショートパンツを履いている。
痩せ型ではあるので、正直跨ぎ人と言われると信じてしまう。
「青茶でいいですか?」トナルさんはキッチンに立ち、湯沸かしの準備をする。
「ありがとうございます」っと我々はお礼を言う。
僕らが棒立ちしていると「適当にベッドや椅子に座ってください」と仰る。
椅子は一つしか無いので、みんなでベッドの端へ腰掛けることにした。横一列、四人でベッドに座るのは滑稽だ。
トナルさんも僕たちの様相を見て、少し笑った。
青茶が入ったマグカップを各々受け取るとトナルさんが椅子に体重を預ける。
「どこまで話しましたっけ……」トナルさんがマグカップに口を付ける。
「トナルさんが跨ぎ人の研究者であることでしょうか」ぼっさんが反応する。
「その跨ぎ人というのは結局何なのですか?」僕の質問。
「跨ぎ人は生と死の境界を跨いできた人のことです。命を失ったはずなのに現世で活動している。彷徨っている……」
「何故、その……」言葉に詰まる僕。
「死んだのに動いているのか、ですね?」
僕は頷く。
「未練です。この世に強い未練が残ると死者は還ってきてしまうのです」
おんちゃんの青茶をすする音が聞こえる。
「先ほど犬を連れた女性の跨ぎ人に出会っていましたよね?」
「はい」
あそこから僕らはトナルさんに見られていたのか。
「あの女性の名はヴェミラさん。そしてペットの犬がアヒューくん。ヴェミラさんは独り身でアヒューくんを大変可愛がっていたとのことです。しかし、アヒューくんが高速馬車の前へ飛び出してしまい、それを助けようとしたヴェミラさん共々轢かれて亡くなってしまいました」
ここでトナルさんが青茶を一口。
「アヒューくんの体にはリードが付いていましたので、ヴェミラさんの手からリードが離れてしまったのでしょう。アヒューくんは二歳から三歳でしたので、ヴェミラさんはアヒューくんともっと長い期間共に過ごしたかった。生きたかったのだと思います。その思いが大きいがため、現在跨ぎ人となって、あの様にアヒューくんと散歩をしているのです」
隣から鼻をすする音が聞こえてくる。
首を動かしチラッと視線を向けると、ぼっさんがメガネを外し、両目を左手で覆っていた。さっきもアヒューくんの姿を見て悲しそうにしてたから、犬に対しての感受性というか気持ちの波が大きいのだろう。ペット系の感動映画にも弱そうだ。
ここにきてぼっさんの新たな一面を知ってしまった。
そして僕は反対側に座っているうにやんのズボンからハンカチを抜き取りぼっさんへ渡した。




