洞窟-9
食事を済ませ我々は来た道を戻り、ケリップさんの案内でさらに奥へと進んでいくことになる。
ケリップさんはいつもの散歩コースを闊歩するかのようにランプを持ちながらスイスイと進んでいく。時々振り返りながら僕たちのことを確認してくれる。途中分かれ道がいくつかあったが、おんちゃんの「待って」が出ることはなかった。
そして、喫茶ナガグツから十五分程で氷のある場所へとたどり着いた。
氷は壁一面、天井一杯に厚く出来ており、この空間だけ氷造りの洞穴という感じだ。氷達は青白く輝いておりランプの灯りが不要だ。どこからか外光が侵入し、反射させているのであろう。
「俺さ」
僕が氷塊に目を奪われていると、ぼっさんが話しかけてきた。
「うん?」
「鍾乳洞行ってみたいなぁっと思ってたんだけど、これを観たらなんだかもう行きたい欲が薄くなってきちゃったよ」
「そうなんだ。まぁまた鍾乳洞行きたい欲が出て来たら行けば良いんじゃない」僕は氷柱をさすりながら答える。
「それもそっか」
キヌモアさんは良いですね良いですねと言いながらグローブを嵌めている。そして右手に炎を灯し、人差し指を延ばした。火は人差し指の先に集まっていき、糸のように細長く形を整えていった。
それをみていたケリップさんがへぇという表情をする。
キヌモアさんは近くの氷塊に手を近づけ火の線を当てる。ジュっと音と共に腕を動かし手首の関節を捻り氷を切り取っていった。彼女はその氷を口に含み意識を集中させて口の中で転がし、顎を上下させ咀嚼する。
「うん。雑味が少なくて良い氷です」
キヌモアさんの言葉に僕の心も安堵する。
「ボクも切ってもらっていいですか?」うにやんがキヌモアさんにお願いする。
うにやんは自分自身を切ってもらうことを懇願している訳ではなく、自分も食べてみたいから氷を切ってくださいということだ。
キヌモアさんはお待ちくださいと言い、人差し指を器用に俊敏にくねらせ氷をいくつか切り取ってくれた。
僕らは氷を受け取り口に入れる。
うん。うん。滑らかな舌触りだ。コンビニで売っているアイスコーヒーの氷くらい滑らかだ。
僕たちが美味しい、美味しいかもしれないと感想を言い合っていると、キヌモアさんはまた氷を切り取った。今度は少し大きめだ。リュックから水筒を取り出し、その中にカラコロンと氷を落とす。
「それはサンプルですか?」
「そうです。これを氷処のみんなに見てもらいます」
「それじゃ早く帰らないとですね」
「まぁよっぽど大丈夫だとは思いますけど、帰りは寄り道無しが良いですね」
「分かりました」
キヌモアさんの仕事が達成され、我々も氷景色に満足したので、帰路につくことにする。洞窟の入り口まではケリップさんが案内して下さり、三〇分程で出ることができた。氷の場所に辿り着くまで慎重に歩んでいたことや、チョコメクジがいた場所、ウルフレームの遊具が置いてある場所など寄り道をしていたので時間が掛かってしまったようだ。
ケリップさんにお別れをして、壁に掛けていたレインコートを装着しシャヌラの町へと足を進めた。喫茶ナガグツに居た時は雨が止んでいたようだが、現在はまた小雨が降っている。
午後二時前にはシャヌラへと到着し、それから氷処ケビスイへと直帰した。
「ありがとうございました」キヌモアさんが報酬が入った封筒を差し出す。
「いえいえ」と封筒を受け取るぼっさん。
「また、いつでも来てくださいね。氷しか出せませんけど」とキヌモアさんからのお別れの言葉。
名残惜しいけど僕らも「はい」と返事をしてジャケットを返却し、踵を返す。
すかさず早足で氷処ケビスイから離れて封筒の中身を確認しようとする我々。
「そういえば事前に報酬の話はしなかったけど、まさか報酬も氷じゃないよね?」おんちゃんが勘ぐる。
「氷だったら封筒が濡れてるでしょ」
「防水性の封筒で中身がお札みたいに薄い氷かもしれない」
「無きにしも非ず」
僕とおんちゃんが話しているうちにぼっさんは封筒の中身を取り出していた。
「いち、にぃ、さん……」ぼっさんがお札の枚数を数える。「……きゅう、じゅうぅ」
「一〇万ルンッ!!」驚きのあまり声が大きく漏れてしまった僕。「半日しか働いてないのに……」
「これが企業案件というやつか」おんちゃんも動揺中だ。
「なるほど、これからは企業からのお仕事を積極的に受けていこうか」
「全ての企業がこんなに羽振りが良いとは思えないけど、依頼があれば話を聞いてみるのも良いかもね」うにやんは慎重だ。
「それじゃあ買い物しながら帰ろうか」ぼっさんがお金を封筒に戻す。
「何か食べて帰ろうよ」おんちゃんの申し出。
「まだ三時前でしょ」返答をするぼっさん。「買い物して家に荷物を置いて、それから外食に行こうぜ」腕を上げて持っている封筒を強調する。
「わーいわーい」と僕らは両手を上げた。




