洞窟-6
チョコメクジが居た大部屋はこれ以上進めない行き止まりだったので、我々は一旦三叉路へと引き返し、本来進もうとした左の道へと脚を動かした。
左の道は緩やかなカーブになっており、徐々に下へと進んでいくのが分かる。若干ではあるが気温が低くなっているのが感じられる。僕らは氷処ケビスイから防寒対策にジャケットを貸してもらっているので、今のところ不憫な思いはしていない。
しばらく道を下っていると再び枝分かれされた道に当たってしまった。
キヌモアさんが先ほどと同じように二つの道の前を往来する。
僕も真似をして二つの道の前を行き来してみると、ぼっさん、うにやん、おんちゃんも同様に動き出した。
五人でうーんうーん唸りながら右左と動いているとキヌモアさんが立ち止まる。
「キヌモアさんの答えは最後でお願いします」ぼっさんがキヌモアさんを静止する。「俺は右の道に氷があると思う」ぼっさんが指を差す。
「僕は左だと思う」正直気温の違いは全然分からなかったが、なんとなくだ。
「同じく左」とうにやんが答える。「おんちゃんはどう?」
むーんと考えながら「左かな」とおんちゃんは選択する。
「三対一か……それではキヌモアさん正解をお願いします」ぼっさんがキヌモアさんの顔を見る。
「正解かどうかは分からないですが、私は右の道に氷があると思います」
拳を上げるぼっさん。
「先ほどみたいに逆の道へ行ってみますか?」キヌモアさんが気遣って提案してくれる。
僕らはおんちゃんへ顔を向ける。
「行きましょう」おんちゃんは気兼ねなく答え、左の道へと歩き出した。
僕たちはお互いに肩をすくめておんちゃんの後ろをついていく。
「こんな感じで良いのかね?」僕は歩きながら隣にいるぼっさんに声を掛けた。
「良いんじゃない。正しい道ばっかり進んでも、他の道は何があったんだろうと気になっちゃうし。それにキヌモアさんも否定的では無いのだし」
僕は後ろへ振り向いてキヌモアさんの顔を伺う。キヌモアさんはどうしました? という表情でこちらを見返してくる。ぼっさんの言う通り嫌そうでは無いみたいだ。
その時、前を歩いていたおんちゃんが足早に戻ってきた。
「どうしたの?」
おんちゃんは口元に指を当て、静かにと合図をする。そして「ウルフレームがいた」と僕たちに小声で教えてくれる。
僕は素早く前に向き直り、手を延ばしてなるべくランプを奥へと向ける。
だが、その瞬刻、視界全体が照らされる灯りが後方から流れてきた。そして、その源流となっているキヌモアさんが、右手を炎に包んだまま前方へと小走りに進んで行く。
警戒による体の引き締まりを感じていると「これ、ウルフレームじゃないですよ」とキヌモアさんの声が響いてくる。
僕も追いついて確認すると、おもちゃのようにデフォルメされた狼の顔と木材でできた胴体がそこにあった。が、良く見るとそのウルフレームに模したモノの底面には太いバネがついているのが視認できる。
「これって……公園で見掛ける遊具じゃない?」うにやんが声に出す。
「あぁ、あれね」名前が出てこない。いや、そもそも名前を意識したことが無い遊具だ。とりあえず見つければ乗って遊んではいたような気がする。
本物のウルフレームでは無いと分かったことで、キヌモアさんは燃えている手を鎮火させ、ランプに持ち替えた。
「キヌモアさん、魔法を使うと髪の毛が明るくなるんですね」ぼっさんがバネの遊具に跨りながら話し掛ける。
「そうなんですよ。自分でもよく分からないのですが、こういう体質みたいで」橙色に発光していた髪が徐々に戻っていくキヌモアさん。
「メーネさんは特に変化はしてなかったよね。魔法使うとき」うにやんも奥にあるもう一体のウルフレームの遊具に跨り、左右に揺らしている。
「うん。僕らが気づかないだけで何か変化はあるかもしれないけどね」
「瞳の色が変わるとか?」おんちゃんも最後の三体目のウルフレーム遊具を前後左右に揺らし過ぎている。
「そうそう。眠気が増すとかね」
「それはただの疲れじゃん」バネ遊具を前後に激しく揺すりながらも冷静に対応してくるメガネのぼっさん。
「そうかも。それよりそろそろ交代してくれませんか?」
ぼっさんは「ほい」っと素直に返事をして腰を上げる。メガネはズレ落ちなかったみたいだ。
僕はランプを地面に置き、ウルフレーム遊具のボディにお尻を乗せ、頭の左右に付属している棒を持ち、膝を曲げボディから突出している足場を踏む。そして、体の重心を前、後ろへと動かし、加速させた。
「おお。これ結構面白いね」僕はぼっさんに話し掛ける。
「でしょ」
僕はウルフレームの顔が地面に激突する寸前まで遊具を揺り動かし遊び満足した。ヘッドバンキングってこんな感じなのだろうかと少し頭をクラクラさせながら遊具から下りる。
「それじゃ次キヌモアさんどうぞ」
キヌモアさんは瞼を少し開け一驚してから、分かりましたと言いバネ遊具に座った。ぎこちなく重心を移動させる動作をして、バネを前後へ曲げていく。
「おぉ。これはなかなかですね」と言を発するキヌモアさん。髪も遊具の動きに追従してなびいている。
楽しんでいるキヌモアさんの姿に僕らも満足だ。
「メトロノームの振り子ってこんな気持ちなんでしょうか」キヌモアさんは天井を見上げながら、そう呟いた。




