ドラゴン-14
チパリンと音が鳴ると同時に僕のショルダーバッグが膨れ破れ、薄ラクダ色の何かが投網のように広がりドロールドラゴンの顔に覆い被さった。
ドラゴンは目隠しをされており、僕の横を通過して行き、小さな丘に乗り上げ横転してしまう。
もちろんそのタイミングを逃すことはないミラルエさん。両手に槍と長い両刃剣を持ち仰臥位状態の竜の元へ走っていった。
ミラルエさんは竜の胸元に剣を刺す。
それから両手で槍を持ち喉元から脳髄目指して突き刺す。
槍から手を離し、剣のグリップを両手で持ち、胸から尻尾に向かって刀身を走らせる。
何か叫びながら腹上を駆け抜けているが聞き取ることができない。おそらく力を出し切るための咆哮だろう。
そしてミラルエさんが尻尾側へと到達するまでにドロールドラゴンは動かなくなっていた。
ぼっさんが僕の側まで来て、大丈夫かと声を掛けてくれる。
僕は首肯してから、ハッと思い出し、ドラゴンの顔を見るが、そこには槍に貫かれ開口した竜の顔があるだけで被さった者は居なくなっていた。
「あれってなんだったの?」ぼっさんが聞いてくる。
「……ミミクック」僕は肩から伸びている破れたショルダーバッグに顔を落とす。
「連れてきてたの?」
「うん。今日は泊まりになるから」
ここで他のみんなが僕たちのところへ集まってきた。
「ドラゴンの顔に覆いかぶさった肌色のモノ、パン見たいなモノが、遠くへ飛んでいきましたけど」ソルドさんが教えてくれる。
「どちらの方角ですか?」
ソルドさんは指を差して教えてくれるが「かなり遠くですので探すのは困難ですよ」と釘を刺してきた。
「何なんです?」ミラルエさんの疑問。
「シキさんが飼ってたミミクックです」ぼっさんが答える。
「…………」
単独で探しに行っても皆に迷惑を掛けるだけという判断ができる理性はある。それにどこかのタイミングで野に帰そうとは思ってはいたので、今回人が居ない自然の中に放流されたのであればちょうど良かったのかもしれない。と自分に言い聞かせミミクックのことは諦めることにした。
「せっかくだから何か持って帰りたいんだけど」うにやんの提案。
「やっぱりツノがいいのでは?」僕は答える。
「そう思うよね。でもおんちゃんは眼が欲しいって」
おんちゃんがうんうんと頷く。
「目玉はナマモノだから腐っちゃうんじゃないの。よく分からないけど」
肩を落とすおんちゃん。
それから僕たちは丸太のように太いツノ一本と試食用にいくつかの部位をミラルエさんに切り取ってもらった。
馬車の元へ帰るとシュウムさんが焚き火をしており、夕食にはまだ早い時間ではあるが、僕たちは食事の準備を始めた。
ぼっさんは小さい焚き火を作り、自前のフライパンで切り取ってきたドラゴンの肉を焼き始めた。芳しい匂いと濁音が山々へと拡散していく。
焼けた肉を乗せた皿を受け取る僕。フォークを使い一口食べてみる。マイタケのような風味があり柔らかくて牛肉以上のこってりとした旨味を感じることができる。
「それは腹の部分だよ」そう言ってぼっさんが次の肉を皿に乗せてくる。「これは尻尾ね」
尾は腹よりかは歯ごたえがあり豚肉のようにしっかりとした旨味を感じた。
「さっきは危険な目に合わせてしまい申し訳ないです」とミラルエさんが隣に腰掛けてくる。
「いえ、僕もどこか気が抜けていたと思います。ミラルエさんなら大丈夫だと思って」
「私も全部の脚をやった後、気が緩んでしまいました。でもまさかあんな動きをしてくるなんて」と自分で切り取った肉を食べるミラルエさん。
焚き火の向こう側ではメーネさんがミラルエさんとドロールドラゴンとの戦いの感想を饒舌に語っており、おんちゃんとうにやんもそれに混ざっている。そしてその隣でソルドさんが肉を食べながら大きく頷いているのが見える。
「そういえばミミクックはよかったの?」
「はい。いつかは手放すつもりでしたので、気にしなくてもいいですよ」
「それなら良かった」ミラルエさんは安堵する。
「それよりも最初に槍でヨダレを弾いて、僕たちに浴びせたのはわざとですよね?」僕は剣術士さんの方へ振り向く。
ミラルエさんはほんの一瞬フォークを口に運ぶ手が止まるが「槍は回すものだから」と言ってパクッと肉を食べた。
その後、次々と肉を焼き、舌、頬、脚と様々な部位を皿に置いてくるぼっさん。内臓も勧められたがなんか怖いので断りを入れたのだが、おんちゃんは嬉々として食していた。大丈夫だろうか。
夜は寝袋に入り、コーヒーにカレーパウダーとチリパウダーを振り掛けたような星空を眺めながら一晩を過ごした。
その際ふと思い出す。ミミクックのことを……。
あの時ドロールドラゴンの顔に覆い被さったのは、ミミクックの《食べられる》というスイッチが入った結果だろう。そして相手が大きすぎて食べれないと判断してそのままどこかへ移動したのか、はたまた縮んだ反動で飛んで行ってしまったのかそれは分からない。それと、都合の良い解釈だと思うが、もしかしたら僕を助けてくれたということも考えてしまう。まぁどのような理由にせよ僕は助かりドロールドラゴンは倒せたことに変わりはない。
なので一言だけ伝えたかったかな……。
お礼を。
翌日、行きと同じ時間を掛けてシャヌラの町へと帰ってきた我々。
メーネさんは「「滅多にお目にかかれない経験でした」」と言い別れ、ソルドさんは「それでは」と軽い足取りで帰っていった。感想が不明瞭ではあるので、今度それとなくファレサさんにでも聞いてみようと思う。弁当の感想と手土産を持って。
それからミラルエさんと共に狩処ポナモザへと寄り、依頼の報告をし、十万ルンをミラルエさんに手渡した。
ミラルエさんは今回の戦闘で剣を三本駄目にしたので、黒字なのか赤字なのかは分からない。でもまぁドロールドラゴンとの戦闘は楽しんでいたみたいなので総合的には良かったのではないだろうか。
そして僕たちも帰宅し、底を尽き掛けている所持金のことは意識せずに自分たちの部屋へと各々入っていった。
また明日から日銭を稼ぐために依頼をこなす日々が始まる。




