ドラゴン-8
苔ゴケしい庭を通り鉄蜘蛛が待つ玄関へと大腿骨を動かしていく。溝鼠色の扉に鉄蜘蛛の臀部を打ちあて、板の向こう側で有機的活動をしている者の鼓室にノックする。
ドアハンドルが下がり、このダークハウスに捕らわれているかのようなブロンドの女性が姿を現すことはなく、玄関先の廊下には巨大なうぐいす餅が独座していた。
「こんにちわ。メーネさんいますか?」
僕に話しかけれらたうぐいす餅ことピィノくんは小さく可愛らしいお目めでこちらを認識し、こっちこっちと言わんばかりにリビングへと歩いていく。
お邪魔しますと一声かけついていくと、ソファで横になり昼寝をしているメーネさんを発見した。黒のローブで柔肌を隠し寝息の音も無く体が膨張と収縮を繰り返している。
初めての出会いも黒のローブを羽織り瞼を重たそうにしていたので、あの時も昼寝をしていたのだろう。
このままメーネさんが目覚めるまでコーヒーを頂きながら寝顔を観続けるのも良しと思うが、用件を伝えるために瞳を開けてもらうことにする。
「お手数をお掛けしますが起こしてもらえますか?」何か誤解を与えそうなのでピィノくんにお願いしてみる。家の中に上がり込んでいる時点ですでに問題ではあるのだが……。
ソファ前のローテーブル上にいるピィノくんは僕の願いを聞き入れてくれたみたいで、触手を伸ばしメーネさんの鼻をくすぐり出した。
鼻をヒクつかせながら瞼を開けるメーネさん。
「おはようございます。いやこんにちわですね」僕は声を掛ける。
メーネさんはクチュンとめんこいくしゃみをしながら上体を起こし、僕がここに存在していることの状況に狼狽えることもなく状況を把握するため周りに目を向けた。
なんとなく察しがついたようでソファにもたれ掛かるメーネさん。
「すみません。勝手にお邪魔して」と僕も対面のソファに座る。
「いえ。ピィノくんが案内したのであれば問題ありません」と目の前にいるピィノくんを抱きかかえる。
彼に大きな信頼を置いているようだ。
「…………」
「シキさんはどうしてうちに?」メーネさんは薄目で見つめてくる。
「そうでした。来週ドラゴン狩りを見学しに行くんですけど。メーネさんもどうかなと思いまして」
「ドラゴンですか……」
「そうです。ただ見るだけでなくプロの人の戦いを手伝うこともできます」
ピィノくんに顔をうずめてしまうメーネさん。悩んでいるのか再びお眠りについたのかが判別できない。
ソルドさんはドラゴンにお熱みたいなので来てくれることになったけど、メーネさんは興味ないのかもしれない。
仕方ない……。
「王都や他の町のことはよく知りませんが、もしかしたら《シャヌラの町でしか経験できない》ことかもしれません」
肩が少しピクつくメーネさん。
「それと、今回のドロールドラゴン討伐依頼は最低でも《百万ルン》掛かるらしいのですが、僕たちの交渉によって、なんと十分の一の金額で引き受けてくれることになったんです。もちろんメーネさんは《お金を出さなくても》大丈夫です」
顔を上げてピィノくん越しにこちらを覗いてくるメーネさん。
「あとは、少し遠出にはなるのでキャンプみたいなことをしてドラゴン討伐後の感想を《みんな》で語り合って興奮を共有できたら愉しいだろうなと思い、それならばメーネさんを誘ってみようかと話し合いまして本日馳せ参じました。また、バーベキューのお礼も兼ねーーー」
「行きます!」
力強い返答だった。
メーネさんが参加の意思を示してくれたので、ソルドさん同様、日にち、集合場所・時間を伝えたのだが……。「朝は苦手ですので、起こしに来てくれませんか?」とモーニングコールを頼まれ、僕は二つ返事をした。そして、いつの間にか天井にぶら下がり遊んでいるピィノくんにバイバイと手を振りオールトベーク邸を後にする。
こうして我々はこれ以上懐を寂しくせず、弓の使い手と魔法の使い手を仲間にすることができたのだった。




