魔物-3
僕らは叫んだ後、瞬く間に四散し、リビングの壁際へと駆け寄った。
皆、パスタから目を離さずに固唾を吞む。
「動かないね……」うにやんが呟く。
「本当にミミクックなの? ドッキリでしたとかやめてよ」おんちゃんは真面目な表情をしている。
「我が家の懐事情で、余分に作る余裕は無いでしょ」ぼっさんが答える。
テーブルにただパスタが置いてあるだけなのに、プレッシャーに襲われ鼓動が早まり、呼吸が荒くなる。先日、魔物図鑑を目にしていなければ食べられていたかもしれないと思うと余計にもの恐ろしさを感じる。
そうか……。
「こちらから食べようとしなければ、向こうも襲って来ないんじゃない? 魔物図鑑にも『食べようとすると、逆に食べられてしまう』と書いてあったから」
「そうなのかなー」おんちゃんは不審がる。
「動かないのであれば、取り敢えず自分たちの料理だけでもテーブルから救出する?」お腹を鳴らすうにやん。
「そうしたいけど、真ん中のパスタがミミクックとは限らないかも……」狐疑するぼっさん。
「ミミクックの仕業により、シャッフルされているってこと?」うにやんのお腹が悲鳴を上げる。
「ロシアンたこ焼きならぬ、ロシアンパスタだね」僕は上手いことを言った。と思った。
「楽しい夕食のひとときがデスゲームへと変貌したのであった……」ぼっさんがナレーションっぽく喋る。
ミミクックが一向に動かないので、みんな余裕が出てきたのかもしれない。
「デスゲームなら、わざわざ参加しなくても良いでしょ。全部処分してしまおう」おんちゃんが逆転の発想を放つ。
「「それは勿体無い」」ぼっさんとうにやんから棄却される。
「それじゃ、この状況をどう打破するのさー」唇を尖らせるおんちゃん。
う〜んっと皆考え込む。
僕も何か策を講じるため、魔物図鑑の内容を思い出す。
「あっ」と突然の閃き。警戒しながらキッチンへと移動。
僕の行動を疑問視しながら見守る三人。
僕は買い置きしておいたロールパンを持ち出し、テーブル中央のパスタの隣へと置く。
「…………」
パスタは皿ごと形が変わり始め、そしてゆっくり音も無くロールパンの姿へと移行した。
「おおー」と一同静かに感嘆する。
「良く気づいたね」ぼっさんが声を掛けてくる。
「うん。魔物図鑑のイラストはステーキだったけど、今回はパスタでしょ。それで近くの料理、食べ物に擬態するのかなっと思って。それならより近くに別の食べ物を置けば、その食べ物へと化けるかもしれないと閃いた訳よ」
「なるほどねー」
その後、僕らは念の為、他のパスタにもロールパンを近づけ、ミミクックが擬態していないか確かめたが幸いにも見つからなかった。ロールパンへと成り果てたミミクックには直接触らず、テーブルを斜めにして、下に待ち受ける空き瓶の中へと落とし蓋をした。
「これどうするの?」おんちゃんがテーブルの上に置かれている瓶を見つめる。
「僕がもらっていい?」
うんっとみんな二つ返事をする。
「えっ? 良いの?」
「シキさんが捕まえたようなものだから別に構わないけど」ぼっさんがパスタをフォークでくるくるしながら答える。
「飼うんだったら、蓋に穴とか開けたらどう? 酸素が必要かどうか分からないけど」うにやんがパスタを胃の中へ落とし、アドバイスをくれる。
あぁなるほどっと思い、錐を持ってきて蓋にいくつか穴を開ける。
「エサはどうするの?」おんちゃんはパスタを平らげ、皿を空にした。
「人を食べるのであれば、肉食なのかなー」
「じゃあ、豚肉が余ってるから与えてみようか」ぼっさんは席を立ちキッチンへ向かう。
僕は蓋を開け、受け取った豚肉をそっと差し入れた。
「…………」
「食べないね。そもそも豚肉に化けないね」うにやんが観察する。
「豚肉が小さいから、化けるのにもサイズの制限があるのかも」ぼっさんの考察。
「そうかもね。取り敢えず、このまま自分の部屋へ持っていって様子を見るよ」
こうして緊迫感で味付けされた賑やかな夕食会はお開きとなる。
次の日、目覚めると瓶の中の豚肉は無くなり、ロールパンだけが横たわっていた。




