依頼-9
けもの道の先に目をやると、景色が徐々に明るくなっていくことが分かる。ファレサさん、おんちゃんの順番で光の中へと入り、続いてうにやん、ぼっさんも日輪の輝きを求める虫のように駆け跳んで行った。
僕も薄暗い場所の向こう側へ行く準備をしながら、改めて振り返ると、バニベアは五メートル先にまで迫っていた。バニベアは口を大きく開き、捕食の準備を始めている。口を開けるにはまだ気が早くはないだろうかとアドバイスをしたくなるが、熊の耳に念仏である。
そんなわけで僕も草原に出ると、空の明るさに襲われ目を眩まされる。少しずつぼやけが無くなり、フォーカスが合ってくると、前を走る四人のさらに先に人の姿が見えた。
その人は髪が青色で、すぐにシュモイン家のもう一人の家事手伝いソルドさんだと判断ができた。みんなが血相を変えて山の中から出てきたので、驚きながら呆然と立ち尽くしている様子だ。しかし、僕の後に出てきたバニベアの姿を確認すると、ソルドさんは右手を肩の後ろに回し、一本の矢を取り出した。その矢を左手に備えられている弓に番え、両拳を上げる。
僕は弓筋から外れるように角度を変えて走り、その間ソルドさんは弓を引き絞っていた。
ソルドさんは射線上が空いたことを確認したのち、弓手を押し、矢を放つ。
矢が離れた際の音は聞こえなかったが、横を通り過ぎていく流れは感じ、後方からゾンっと音が聞こえ、振り返れば、すでにバニベアは横倒れていた。
「ソルドくん、助かりました」
逃げていた僕らはバニベアの脅威が去ったことが分かり、ソルドさんの元へ集まる。
「いえ」と簡潔に返事をするソルドさん。
「ソルドさんも後から合流する予定だったんですか?」ぼっさんが質問する。
「そのようなことは話してませんよ」否定するファレサさん。
「実は……」とソルドさんが経緯を話し始める。
かいつまんで説明すると、ソルドさんが昼食後、庭先で掃き掃除をしているときに空中を舞う蚊柱を見ていたそうな。その蚊柱を見ていた方角とシルム山との方角が偶然にも合っており、ソルドさんが依頼のことを案じていると勘違いしたカラルルさんが「心配ならシルム山へ行ってきても良いよ」と声を掛けてくれたとのこと。ソルドさんも否定しようとはしたが、カラルルさんの心遣いを踏みにじるわけにはいかないと、いそいそと準備をして、シルム山へと来てくれたそうです。弓矢所持に関して、ソルドさんが町の外へ行くときには常に持ち歩くとファレサさんが補足してくれた。
ソルドさんについての会話を終え、我々はパタリと倒れている巨体へと近づく。バニベアは矢に額を貫かれており、口と瞳孔が開かれていた。ソルドさんのエイム力が高いことが窺える。
「このバニベアの死体はどうするのですか?」うにやんが質問する。
「後ほど、シャヌラの町の狩処ポナモザへ報告します」ファレサさんが答える。
「依頼処ギネガラとは違うのですか?」
「そうですね。ギネガラは雑務を依頼する場所に対して、ポナモザは野生動物や魔物を狩る依頼に特化したところですね」
「なるほど。分かりやすいです」
「あと、依頼をせず、自分自身で狩りに行く場合でも、ポナモザへは事前に連絡を入れないといけません」
「消息が絶った場合、すぐ助けへ行けるようにするためですね」
「仰る通りです。また、今回のように偶然野生動物や魔物に襲われたときも、報告をすることで、注意喚起や事後処理を任せることができます」
「しっかりとした仕組みができてるんですねー」感心するおんちゃん。
それから疲労を思い出しながらも約二時間掛けて、シャヌラの町へと歩き着き、ソルドさんは狩処ポナモザへ向かい、僕たちは依頼報告のためカラルルさんの家へと戻った。
カラルルさんに労いの言葉を頂きながら家の中へ入ると、部屋には金属製の量りが用意されており、袋を載せて載せてと促される。
エルミア鉱石が入った袋を四つ量りの上へ載せると、目盛りの針は一〇キログラムを少し越えたところで止まった。
「おおー」とほぼ依頼通りの量を持ってきたことに、みんな声を湧かせていたが、一人だけ顔色を変えない男がいた。
「袋分の重さが無ければ、丁度一〇キロになります」とぼっさんは言い切る。
ぼっさんが量りの役目をしたという事情を知ったカラルルさんは面白そうねという表情をしてから、木箱を一つ持ってきた。
量りから一旦袋を降ろし、木箱を載せ、ゼロ点調整をする。そして、袋から木箱へガロゴロとエルミア鉱石を流し入れる僕たち。
袋四つ分入れ終わり、みんなで量りの目盛りを確かめる。
針はきっかり一〇キログラムを指し示していた。




