魔王-11
キヌモアさんとリオリネさんは各ゾンビ集団を撃破しながら進んでいき、僕らはそれを追従する形。一つの集団には一桁から十数体ほどのゾンビが群がっている。
ゾンビたちがこちらに気づき襲ってくるパターンと、二人が奇襲を仕掛けてゾンビたちを一気に蹴散らすパターンがあり、飽きずに見ていられる。
二人の戦闘を見て気づいたことがある。なぜゾンビが切られた時の血飛沫が彼女らの衣服に付着していないかだ。よく見ると二人のボディには見えないバリア的なものがあり、ゾンビの体液が降りかかっても弾かれ消滅してしまう感じだ。説明するのも難しいが、例えばキヌモアさんであれば、ゾンビの体液が蒸発する。そしてリオリネさん側は体液が固まり地面へと落ちていく。二人は魔法を駆使して血飛沫から衣服を守っていたのだ。残念ながら魔法が使えないおんちゃんは汚れていたということになる。
ある程度集団を倒したところでティータイムに入る。荒野の真ん中であるが、周りを警戒しながらの休憩。ゾンビたちの呻き声を聞きながらのお茶は最高だ。加えてキベロスさん起因の地響きもある。
「半分ぐらいでしょうか。壊滅させた集まりは」キヌモアさんが報告する。
「見える限りでは、そんなところでしょう」トナルさんが受ける。
「二人とも全然疲れが見えませんね。後ろからついて行ってる俺らの方が疲れてますよ」ぼっさんの感想。
「私は仕事で普段、洞窟へ氷を取りに行ってますから、動くのには慣れているんですよ」水筒に口をつけるキヌモアさん。
「ワタクシの仕事はあまり外へは出ませんけど、大丈夫ですわ。疲れてませんわよ」キヌモアさんに合わせているのか分からないが、リオリネさんの表情は平気そうだ。
「魔力的なものは枯渇しないのですか?」うにやんの良い質問。
「それこそ、全然問題ないですわ。むしろ専門分野ですからね。ね?」キヌモアさんに振るリオリネさん。
「えぇ。それに、何故かここって魔力の濃度が高いんですよ。ですから、体内の魔力消費が抑えられている気がします」少し不思議そうな顔をするキヌモアさん。
「へぇー。僕は何も感じないですけど、それもキベロスさんの影響なんですかね」僕は水を飲む。
「その可能性もありそうです」とトナルさん。「魔王の魔法を使用したことにより魔力がこの辺りに散布されたのかもしれません」嬉しそうに説明する。
息抜きが終わり、再び荒野を歩き出す我々。
キヌモアさんとリオリネさんは問題なさそうに、再びゾンビたちをバッサバッサと弾き飛ばしている。
ミラルエさんと違い、切った部位を僕らの方向へ飛ばしてこないのが素晴らしい。むしろ飛ばしてくることがおかしいので褒めるべき点ではないのかも。これが普通だ。普通は良いことだ。
「「「「「あっ」」」」」
僕以外の者たちが一斉に声を発した。
二人とミラルエさんの違いを考えていた僕はみんなより遅れて状況把握に努める。そして、僕も遅ればせながら「あっ」と空気を震わした。
金魚の糞のように二人の後を悠然と歩いていた僕らの前に一体のゾンビがやってきているのだ。おそらく彼女らが討ち漏らした奴であろう。ゾンビは少しずつ少しずつ距離を詰めてくる。キヌモアさんとリオリネさんは気づいてくれない。
我々に緊張が走った。
「どうしますか?」振り返ってトナルさんに聞く。
「どうしましょうね」と肩を竦めるトナルさん。
この様子だと戦うための、撃退するための道具や策は無いみたいだ。
ぼっさんがしゃがみ石を掴み取った「俺らでやっつけるしかない」
「待って」おんちゃんが制止する。
「どうしたの?」ポエさんが尋ねた。
その質問は悪手だろう。おんちゃんの『待って』には良いことが無いのだから。
「あのゾンビを良く見て」
おんちゃんの言葉に僕らは前方から進行してくるゾンビを見据えた。
「あのゾンビの衣服、ボロボロではあるけれどスーツを着ていない?」
「………」
「ほんとだ」うにやんが答える。
確かに、両方の袖とズボンの片裾を失っているがスーツを着ている。中にはシャツも着ており、ネクタイも破れて短くなっているのが分かる。
「他のゾンビたちはTシャツにジーパンのような格好なのに、おかしくない?」
「………」
「もしかしたら、彼は悪い奴らに捕まった善人なのかもしれない。無理矢理この地に連れてこられて死んでしまった人なのかもしれない。私らに助けを求めているのかもしれない」おんちゃんは冷静に訴えかけてくる。
「………」
「いやいや。純粋な悪人が死んだらゾンビになって、良い人だったら跨ぎ人になるんだから、その理屈はおかしいでしょ」一瞬おんちゃんの考えに傾倒しそうになってしまったが、論破していく僕。
「でも、あれがゾンビなのか跨ぎ人なのかは分からないでしょ?」おんちゃんが僕の目を見る。
「うっ……。確かに……」僕はトナルさんの顔を見て助け舟を出した。
「襲ってきたらゾンビ。襲ってこなかったら跨ぎ人です」と教えてくれるトナルさん。
「なるほど。分かりやすい」ぽんっと手を叩くポエさん。
ワハハハハハっとみんなで大袈裟に笑った。
「カクァァァァァァ」前方のゾンビが突然歯を剥き出しにして早歩きしてくる。
「ぎゃーーーーーーーー!!」僕らは大声で叫んだ。
その突如、ゾンビがボフッと音とともに前方へと倒れ込む。彼の背中には火が付いていた。
僕はすぐに前方へと焦点を合わせると、こちらに手を上げているキヌモアさんの姿を見つけた。どうやら助けてくれたみたいだ。火の魔法をこちらに向かって飛ばしてくれたのだろう。
眼前に倒れたゾンビは徐々に燃えていき灰になっていった。