魔王-10
リオリネさんの言葉にキヌモアさんは彼女の顔を二度見する。
僕もびっくりして、一瞬理解が追いつかなかった。
「それは良い案ですね」トナルさんが笑顔になる。
「そうですわよねー」リオリネさんも微笑む。
「いやいや、トナルさんも危険に晒されてしまいますよ」失礼ながら僕は意見する。
「私はキベロスさんを近くで見ることができるのであれば、構いませんよ。そして依頼内容にも変更を加えなくていい。素晴らしいアイディアだと思います」
リオリネさんは気持ち良くなる。
「俺も賛成」ぼっさんが手を挙げる「ゾンビを間近で見てみたい」
うにやんとおんちゃんも首肯する。同意見のようだ。
「ここで待っていても暇というのもあるし、それに俺らが囮になることで、ゾンビ共を一箇所に集められて短時間で倒せるかもしれない」尤もな考えを示すぼっさん。
「確かに……。そういうことなら僕も行くよ」丸め込まれる僕。いえ、自分の意思です。
ポエさんも「みんなについていく」と仰ったので、全員でキベロスさんの元へと向かうことになった。
荒野にそびえるキベロスさんを目指す我々。目標物が動くたびに足から頭の天辺へと振動が伝わってくる。
僕とぼっさん、うにやん、おんちゃんには戦力が無い。そしてトナルさんも非戦闘員であり、ポエさんも同様。
最初から分かっていたことではあるが、キヌモアさんとリオリネさんが頼りだ。
いざ、ゾンビに襲われるのだと意識すると、やはり怖さを感じてしまう。今まで様々な生物、モンスターに襲われてきたけど、慣れることはないのだと思う。
「では、みなさんが先行してくださいませ」と前の道をリオリネさんが譲ってくれる。
僕らが悲鳴をあげないと、彼女ら二人は仕事を始められないので、仕方のないことである。
盾が無い状態で戦地へと赴く我々。僕は若干後ろをキープできた。
おんちゃんが先頭で闊歩している。余裕そうだ。
そして、今まで米粒のように小さかった影が徐々に大きくなり、人の形を視認できるようになるまで近づくことができた。
最初に接触したゾンビ群はキベロスさんを襲う様子はなく、この荒野をうろつく存在みたいだ。もしかしたら害がないのかもしれない。
おんちゃんは後ろを振り返ることなくズンドコ歩んでいくので、僕とぼっさん、うにやんは足を止めた。他のみんなにもジェスチャーで止まってくださいと合図する。
おんちゃんの行方はいかに……。
おんちゃんはゾンビらの横を無事通過。そして、無事囲まれた。
「助けてー。助けてくださーい」と叫びが聞こえる。
刹那、後方からキヌモアさんとリオリネさんがゾンビ群に突っ込んでいった。
二人とも片手に剣を携えている。もちろん武器など持ち合わせていなかったので、あれは即席で作り出したものである。
キヌモアさんは橙色に光り輝く火の剣。対するリオリネさんは蒼白き氷の剣。二人が腕を振り回し、体をひねる度にゾンビたちの部位が中空へと飛んでいき、弧を描いて落下していく。
僕らも安全を確かめながら少しずつ進んでいき、二人とおんちゃんに追いつこうとする。先行く道には灰色や鼠色に変色した物体が置かれている。それらは元々は人として活動していたものであり、死しても蠢いていたものである。今は機能していない。
「気をつけてゾンビが一匹近づいてくるよ」うにやんが前方から歩いてくるおんちゃんに向かって言う。
「…………」おんちゃんは我々の前に立ちはだかり無言の圧を掛けてくる。
「ごめん」僕は謝った。
おんちゃんは心身ともに無傷であり、改めて正面でゾンビと踊っている彼女らのもとへ追いつく。
おんちゃんを囲んでいた集団は一掃されており、周囲はゾンビの部位と薄緑色の液体が散々していた。
「大丈夫ですか?」取り敢えず常套句を掛ける僕。
「はい」「問題ありませんわ」二人とも疲れている感じはないようだ。
それよりも衣服が汚れていないのも驚きだ。救助されたおんちゃんはゾンビの体液が付着しているのに。
「ありがとうございました」おんちゃんは二人にお礼を伝えている。きちんと気持ちがこもっていた。
「すごいねー。二人ともシュバシュバってどんどん切り飛ばしていって」ポエさんが中空で素振りをしつつ感想を伝えてくれる。
「ねー。もっと間近で見たかったねー」僕は共感する。
「おんちゃんなら特等席で見てたでしょ」ぼっさんはおんちゃんを見る。
「それどころじゃないよ。四方八方からゾンビが襲ってきて、二人の剣舞を観る余裕なんて無かったよ」過去を振り返るおんちゃん。
「次はどこを攻めましょうか」キヌモアさんが攻めの口火を切る。
「そうですねー。キベロスさんの足元にいる集団は最後にして、近場のゾンビたちから行きましょうか。いけますか?」トナルさんが聞く。
キヌモアさんとリオリネさんとおんちゃんは頷く。
「おんちゃんはもう囮役にならなくていいから」ぼっさんがおんちゃんにツッコミを入れた。