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舞妓さんと歩く都街  作者: 橘樹 啓人
第四章 美しき都街
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エピローグ 〜古都と新都の中で〜

最後の話です。

 新幹線のホームを闊歩しているのは殆どが行楽客ばかりだった。背広を身につけたスーツ姿のビジネスマンなども目についたが、至って少数派であった。


 佑暉が東京に帰るのは凡そ八ヶ月ぶりだ。盆の前後に帰ったきり一度も帰っていない。慎二は元気だろうか。新幹線を待つ間、佑暉はそんな想念に耽った。手紙や電話で話した限りでは元気そうだったから心配には至らなかったが、父と再会するのが楽しみだったのは言うまでもない。しかも、今回は一人ではないのだ。


 何気なく横を向くと、サキの横顔がはっきりと見えた。非常に落ち着いた瞳で、線路の方をじっと眺めている。サキは、東京へはまだ行ったことがないのだ。周りが騒がしいため黙っていても良かったのだが、佑暉はそこに気まずさも感じた。


 何か話しかけなくてはならない。しかし、何も思いつかない。色々と思考を巡らせた結果、佑暉は身近な話から彼女にすることにした。


「そうだ。なっちゃんも四条高を受験して受かったんだ」


「ほんと?」


 その話題に、サキは強い反応を示す。夏葉も四条高校への合格を決めていたのだった。夏葉はスポーツ推薦で入ったが、実力でも十分合格できるほど内申点も高かった。サキと同学年ということもあり、二人は仲が良いらしかった。


「最近、会えてなかったんだよね。同じクラスになれるといいな」


 彼女の目には、「希望」という字がありありと映って見えた。佑暉も無邪気な笑顔で呟くサキを見て、安堵の笑みを浮かべる。沈黙を破ることに成功したことが、内心嬉しかったのだ。


 それから数分もしないうちに警笛が鳴った。その音と殆ど同時に、ホームには新幹線が近づいてくる。停車し、扉が開くと佑暉はサキを促した。彼女が先に乗車すると、佑暉もその後ろに続いた。


 座席は、D・E席だった。電話越しに慎二が、「富士山を見るなら、DとEがいい」という話をしていたので、佑暉は富士山のよく見える席をとったのだ。三月はまだ残雪があり、晴れていれば尚きれいに見えるという。


 窓側の席に座ったサキは、佑暉にこう囁いた。


「楽しみだね」


「うん。ここからだと富士山がよく見えるらしいよ」


「知ってる。それも楽しみだけど、早くお父さんに会いたいな」


 サキはそう言って、夏葉と同じ高校になれたということを知った時と同じくらい、燦然たる笑顔を見せる。この時、佑暉は彼女がどれほど父に会いたがっているかを改めて理解した。


「そうだね」


 間もなく発車時刻になり、ゆるりと窓外の景色が動き始める。


 流れゆく景色を眺めながら、佑暉はサキと対面する時の父の顔を思い浮かべた。佑暉の想像の中の慎二はやはり驚いていた。そして、笑っている。もうすぐ、記念すべき瞬間に立ち会える。その慶びが、彼に携帯すら開けなくさせていた。


 静岡県に差しかかった頃、俄雨が降ってきて霧がかかり、富士山はよく望めなかった。佑暉はそれを残念に思ったが、サキは隣で目を閉じて寝息を立てていた。その姿に、佑暉も和やかな気分を味わうのだった。静岡を抜けると、空は徐々に晴れて太陽が顔を出し、山々の間には虹が架かっていた。


 東京駅に着くと駅中の蕎麦屋で軽い昼食をとり、その後は電車で最寄りの駅まで行き、そこから徒歩で河口家へ向かうことになった。


 駅を出たところでまず佑暉が実家に電話をかけると、慎二が出た。「すぐに帰ってもいいか」と尋ねると、父からの返答はこういうものだった。


「何を言ってるんだ。俺は朝からずっと待っているんだぞ。早く帰ってきなさい。勿論、サキちゃんと一緒にな!」


 佑暉は安堵し、電話を切るとサキの方を向いて伝える。


「お父さん、首を長くして待っているみたいだから早く行こう」


 サキもそれを聞いて、笑いながら頷いた。


「結構、せっかちな人みたいだね」


「昔からなんだ」


 佑暉はサキの意見に同意しつつ、二人は家の方に向けて歩き出した。サキは佑暉のすぐ後ろをついてくる。快晴の昼下がり、二人の小さな足音だけが人気のない路地に響いた。



 家には十五分ほどで到着し、佑暉が玄関扉に鍵を挿し込む。そしてドアを開けると、玄関前に慎二が待ち構えるように立っていたので、佑暉は驚きのあまり声が出そうになった。


「た……ただいま」


 なんとか大声は出さずに、佑暉は父に告げた。


「おかえり」


 慎二も優しく口許を緩め、そう返す。


 佑暉の背後からは、サキが興味深そうに家の中を覗いている。慎二はそれに気づき、彼女にも声をかけた。


「やあ、こんにちは」


 すると、サキは気恥ずかしそうな顔で佑暉の隣に立つと、


「はじめまして」


 と、慎二に頭を下げる。


「余所余所しいな。君がサキちゃんか」


「サキでいいです」


 サキがそう言うので、今度は慎二の頬に酒が入ったような赤みがかかった。


「じゃ、じゃあ……サキ。君のことは、知江や佑暉から聞いているよ。やっぱり、知江によく似てる」


 じっとサキを見つめる慎二に対し、彼女も真っ直ぐな視線を送っていた。その横から、さらに佑暉も嬉しそうに二人を交互に見ていた。


 顔の作りでいうと、佑暉は父親によく似ているが、サキは母親の知江によく似ていた。まるで生き写しのようだと慎二が言うと、サキはまた恥ずかしそうに頬を赤らめた。すると、慎二はふと気がついたように、


「ここじゃあ、なんだし、上がってくれよ」


「はい、お邪魔します」


 相変わらずの他人行儀な振る舞いでサキはもう一度丁寧にお辞儀をすると、靴を脱いで家に上がった。


「お兄ちゃんも、早く」


 彼女が振り向いて手招きするので、佑暉も家の中に吸い寄せられるように靴を脱いだ。


 客間の和室はきれいに清掃されており、六畳間のその部屋の中央には長方形の木製テーブルのみが置かれ、その周りに三枚の座布団が敷かれていた。それらを目にした佑暉の脳裏には、昨日の晩からそわそわし、浮足立って和室の掃除をしている父の姿が思い浮かんだ。


 慎二はサキの肩に軽く触れると、座るように促した。次に、佑暉の方を向くと彼に言った。


「佑暉。お茶を入れてきてくれるか?」


 それを聞いた瞬間、佑暉は和室を飛び出してリビングルームに向かう。リビングは、廊下を挟んで向かいの部屋だ。ドアを開け、キッチンの方に茶を淹れに行く。


 戸棚を開け、佑暉は緑茶の箱に手を伸ばした。様々な種類の茶葉が仕舞ってあるが、京都で和を極めたサキの好きそうなものを選択した。


 佑暉が湯を沸かしている間、ドアの外から慎二とサキの笑い声が漏れてきた。その声は廊下中に響き、佑暉も自覚するくらいの笑みをこぼす。ふと中央のリビングテーブルの方を見やると、西側の窓から射し込んだ日光によって橙色に染まっている甲板の上に、一つの写真立てがぽつんと置かれてあるのを佑暉は認めた。


 無意識にそこへ駆け寄り、それを手に取ってみる。写真には慎二が写っていて、その横には一人の女性がいた。目が大きく、腰のあたりまである黒く長いステレートな髪。それにはどこかサキの面影があった。綻んでいる口許が特によく似ている。二人は無邪気な笑顔で並んで立っていた。色は薄くなってしまっているが、以前は鮮明な色をしていたのだろう……と佑暉は想像する。


 父の隣で笑っているのが母の知江であることを、佑暉は誰に言われるまでもなく理解した。しばらく写真を眺めた後、台所へ戻ろうと顔を上げた。その瞬間、佑暉はドアの側に母の幻影を見た。微笑みながら、じっと彼に視線を送り続けている。佑暉が瞬きをすると、いつの間にかその幻像は消えていた。


 佑暉が呆然と佇んでいると、程なくしてまた和室から聞こえる二人の楽しげな会話が、彼を現実に引き戻す。佑暉は、湯を沸かしていたことを思い出し、台所に駆け戻った。


 沸き上がった茶を三つの湯飲みの注ぎ、盆に並べる。それをこぼさないように抱え、部屋を出る時に佑暉は、


「ただいま」


 と、ぽつりと呟くと、父と妹の待つ部屋へと戻っていった。

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

少しでも、多くの方に触れていただけたらという思いで執筆いたしました。

当作品で触れたのは、京都のほんの一部です。紹介した以外にも、多くの文化遺産が存在し、人々の手によって大切に守られています。この作品を通して、京都以外の方にも京都というところの素晴らしさを知っていただけたら嬉しく思います。


重ねて、読んでいただいた方にはお礼申し上げます。



あと、いつになるかわかりませんが、続編を書きたいと思います。構成や大体のあらすじはもう決まっているので。たとえ誰にも望まれなくとも、続編は書きます。だって、京都が好きだから。

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