母の手紙
『中城佐希様。
貴方がこの手紙を読む頃、もう私はこの世にはいないでしょう。ですが、どうしても貴方に伝えておきたいことがあり、筆を執りました。
一つ、私は貴方に謝らなければならないことがあります。
私はこれまで、私の夫、つまり貴方の父親のことについて、貴方にはほとんど話したことがありませんでしたね。貴方がまだ私のお腹の中にいる時、ある事情で別れたとだけ伝えていました。ですが、実はそうではないのです。貴方にはずっと秘密にしておこうかとも考えましたが、良心の呵責が私を苦しめ続けるのです。
どうか、お許しください。
貴方は私が生んだ子です。それは間違いありません。しかし、貴方の本当の父親は実は私の夫ではないのです。貴方は、私の不貞によって生まれた子なのです。
私は、貴方も知っての通り芸妓になりたくて京都に来ました。置屋に入り、夢が叶ってからは祇園の料理屋で芸者として働いていましたが、そこで河口慎二さんという方に出会い、その人と結婚して己の故郷である東京に帰ってきました。私は夫の収入を手助けするために、再び芸者として東京の茶屋で働いておりました。収入は決してよくありませんでしたが、少しでも夫の支えになれば……そんな思いで必死に働きました。
それから三年程の月日が流れ、私はすっかり東京での暮らしに勘を取り戻しておりました。しかしある日、一人の常連の方からお誘いを受けたのです。
とてもお優しそうな方で、都内の会社に勤めながら、必死に一家を支えていらっしゃるようでした。そのお話をお聞きした私は、その方に対して強い親近感を覚えました。
ですが、その方が仰有るには、奥様が突然家から出ていってしまい、会社での待遇も悪くなったそうです。その憂いからか、私に言ってきたのです。今晩、一杯だけ付き合ってほしいと。
私は初め、仕事ですからとお断わり申し上げておりましたが、何度も頼まれるうちに、つい心を許してしまいました。それが、私の人生の中での最大の過ちでした。その方と一緒にお酒を飲んだことまでは覚えているのですが、それから朝までの数時間のことを、どうしても思い出せないのです。
目を覚ますと、私はその方の家にいました。怖かったのです。私はすぐ、その場を離れました。必死に、逃げました。忘れようと何度も思いました。しかし当然、忘れられるはずもなく、覚悟を決めて夫に話しました。私が謝ると、夫はあっさり許してくれました。
私は「店を辞める」と言いました。ですが、夫は優しく私の肩を抱きながら、「二度と同じ間違いを繰り返さないのなら辞める必要はない」と温かく言ってくれました。夫のその顔を見た時、自然に涙が溢れました。
私は、数ヶ月後も普段の生活を送っていました。今思えば、全て夫のおかげです。しかし、その幸せに満ちた日々もすぐに終りを迎えました。急に体調が悪くなって病院へ行くと、お腹の中に赤ちゃんがいると告げられたのです。日数を教えられると、私はすぐにわかりました。あの時、宿した子なのだと。
夫にも打ち明けられず、流そうと決心したのですが、生まれてくる貴方のことを思うと実行できませんでした。涙が出ました。そして私は、無責任だとは思いましたが、夫と別れて京都に戻ろうという決断をしました。夫は反対してくれましたが、これ以上の迷惑はかけられないと反対を押し切り、家を出ました。今になって、身勝手だったと反省しております。
京都では、知り合いの旅館で働きながらなんとか生計を立てていました。まだ小さい貴方を守るために、寝る間も惜しんで労働に励みました。それでも、本当のことを貴方に話すことはありませんでした。私は最低の母親です。恨んでもらっても構いません。
ただ、貴方には真実を知ってほしかったのです。今まで黙っていたこと、苦労をかけ続けたこと、本当に申し訳なく思います。そして、貴方の幸せを心より願っております。
追伸
実はもう一つだけ、貴方に伝えなければならないことがあります。結婚して二年目の夏、私は夫との間に一人の男の子を授かりました。貴方の兄に当たる子です。その子の名前は、佑暉といいます。佑暉はいま、東京で夫と一緒に暮らしています。
夫に似ていて、とても優しい良い子です。いつか会えるといいですね。きっと、貴方を幸せにしてくれると私は思います。
私は、貴方が今よりもっと幸せになることができれば、何も望みません。たとえ恨まれようとも、母はずっと貴方の味方です。いつまでも、空の上からでも見守っていることでしょう。こんな駄目な母親を愛してくれた貴方のことを、私は愛しています。 知江』




