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舞妓さんと歩く都街  作者: 橘樹 啓人
第一章 古都の花町
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風呂場の塔

 夕方、佑暉は部屋の外が騒がしくなっていることに気がついた。そっと襖を開け、佑暉は廊下の様子をこっそり窺った。玄関の近くを、客らしき人が数人行き来している。正美と立ち話をしている客もいた。


 佑暉は部屋を出て、正美のところに行くと彼女に声をかけた。


「すみません」


「あ、ごめん。騒がしかった?」


 振り返った正美が、佑暉に尋ねる。


「いえ、やっぱり何かお手伝いがしたいなと思いまして」


「ほんまにええよ、明日試験なんやろ?」


 彼女の言う通りではあるが、部屋に籠もって勉強したところで捗りそうもなかった。また、金を払った客でもないのに、自分だけ何もしないのは些か居心地が悪い。そう感じていた佑暉は、正美に懇願した。


「手伝わせてください、お願いします」


 正美は初め渋い顔をしていたが、やがて口許を緩めた。


「じゃあ、お風呂掃除でもやる?」


 そう言われたので、佑暉は顔を輝かせながら「はい」と即答した。


 この際、旅館の役に立てれば何でも良かった。故に、彼女の言葉を聞いた途端、彼は喜んで頷いたのだった。


「ふたまつ」の浴場は、世俗的な銭湯と同じくらいには広く、床は石畳が敷き詰められている。さらに浴槽の壁を見てみると、タイル一面に京都の町並みらしき風景が描かれてあった。


 殊更目を引くのが、中央に聳え立った塔である。「五重塔」と世間で呼称される、小さな日本家屋を積み木のように縦に五つ重ねたような塔だ。


 佑暉はその景色に見とれながら、床をデッキブラシで磨き始める。こんなに広ければ、終わるのは夜になるかもしれないと佑暉は心配したが、風呂場の床はあまり汚れていなかった。おそらく、毎日決まった時間に従業員が来て磨いているのだろう。


 掃除を始める前に正美から聞いた話によると、風呂場の利用可能時間は決められており、朝は五時〜八時、夜は十八時〜二十三時ということだった。だから、いつも夕方に掃除をするのだという。


 佑暉は床にアルカリ性の洗剤を撒き、ゴシゴシと懸命に磨いた。勿論、旅館の大浴場の掃除をするのは生まれて初めての経験である。それもあって一般的には重労働のように見える浴場の掃除も、佑暉にとってはなかなか楽しめるものであった。


 一通り終えると、床をホースの湯で洗い流し、佑暉は浴場から出ると正美のところに戻って報告した。


「ご苦労さん」


 正美は笑顔で彼にそう言った。


 佑暉がついでに壁の絵について尋ねると、


「あぁ、あれは東寺っていうお寺の五重塔なんよ」


 と、正美は答えた。


 京都から私鉄で一駅だというので、近いうちに観光に行ってみたいと佑暉は思った。

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