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舞妓さんと歩く都街  作者: 橘樹 啓人
第一章 古都の花町
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新居へ

『次は、京都、京都です――お降りの際は、お忘れ物がございませんよう――』


 車内アナウンスが流れた。佑暉は降りる用意をし、新幹線が停車する前に立ち上がった。


 駅に着き、ホームに降りると、そこは東京とはまるで違う世界のように感じられる。東京に比べると然程混雑はしていないものの、大きなキャリーバッグを手にした人々が忙しなく行き交っているのがすぐ目についた。


 佑暉の鞄は、着替えやら勉強道具やらを詰め込みすぎたせいで、大きく膨れ上がっている。着替えなどは旅館の人がある程度は用意してくれていると慎二から言われたため、キャリーバッグを使わずに大きめのショルダーバッグを使ったのだったが、それでも少し小さすぎたらしい。必要最低限のものしか入れてきていないとはいえ、しばらく東京には帰らないのだ。


 ショルダーストラップを握りしめ、佑暉は大きく深呼吸すると一歩を前へ踏み出す。話し声や匂いまで、何もかもが新鮮に感じられる。不安を押し殺しつつ、佑暉は改札口を目指して歩いた。


 新幹線の改札から外に出ると、前方に私鉄電車の改札が見えた。


 佑暉が世話になる旅館は、京都市左京区にある。そこに行くには、まず電車かバスに乗らなくてはならなかった。


 前日、佑暉は慎二から旅館までの行き方を詳しく教えられた。


「京都駅に着いたら、まずは地下鉄に乗って東山という駅で降りるんだ。わからなかったら、駅員さんにきいてごらん。途中、一回の乗り換えがあるけどそれもきけばなんとなるだろう」


 慎二はそう言った後、インターネットの乗換案内サイトの画面をプリントアウトし、その紙を佑暉に渡した。次に、


「東大路通という大きな道に沿ってまっすぐ進んだら、満足稲荷まんぞくいなりという神社が見える。それを過ぎて一つ目の角を右に曲がったら、『旅亭・ふたまつ』と書かれた看板があるはずだ。そこが、お前の新しい住まいだよ」


 佑暉は言われた通り、地下鉄の乗り場を探しにいった。途中、駅員らしき人に尋ねながら、なんとか市営地下鉄の烏丸線のホームまで辿り着いた。


 想像以上に人が多く、すれ違う人に何度も肩が当たりそうになった。佑暉は東京で育ったものの、彼の住んでいた地域は都心からは離れており、渋谷にも新宿にも行ったことはこれまでに数えるほどしかなかった。駅中を歩いていると恍惚としてしまったが、慎二からもらった紙をしっかりと見て反芻し、電車に乗った。


 慎重さを失わなかった報酬か、乗り換えも間違うことなく無事に「東山駅」に辿り着いた。佑暉は地上に出ると早速、父に書いてもらった地図を見ながら、目印となる神社を探した。


 駅の出口前の道に沿って歩き、交差点のところで右折し、さらにしばらく歩くとそれらしき鳥居を見つけた。石造りのそれを確認し、次にその右隣にある石柱に視線を送る。それには、「満足稲荷神社」という文字がはっきりと掘られている。佑暉はそれを見て安堵し、また歩を進めた。


 神社を過ぎて一つ目の角まで来ると、そこを右に曲がる。先程の大きな道とは違う、薄暗くて狭い路地に入ると、古びた二階建ての木造建築が見え、表の格子扉のすぐ上に大きな看板が出ていた。そこには黒い筆文字で、「ふたまつ」とはっきり記されていた。


 佑暉は地図と今いる場所を照合し、何度か確認した後、恐る恐る格子状の扉をノックした。しかし、いくら叩いても中からの返答はない。確かめるように、また上に視線を送る。


 ――――「旅亭・ふたまつ」。


 年季が入っている焦茶色の木板には、確かにそう書かれてある。


 外観だけで見ると何百年も前に建てられたのではないかと思われるほど、古色蒼然の旅館である。それにしても、誰かがいる気配を全く感じない。今は留守なのだろうか、と佑暉は不安を募らせた。


 帰るわけにもいかず、佑暉が右往左往し始めていた時、戸が開いて中から一人の女の子が顔を出した。佑暉よりもやや背が高く、ストレートのセミロングの黒髪。どこかの学校の制服を着ているところから、きっと高校生だろうと佑暉は推測した。


 女の子は佑暉を不思議そうにまじまじと見つめた後、彼に声をかける。


「あれ? そこで何してんの、自分」


「あ……あの……」


 最初に話すことは新幹線の中で考えてきていたが、突然のことでそれらをすべて忘れ、佑暉は言い淀んでしまった。すると女の子から、


「あ、もしかして迷子?」


 と言われたので、彼は少しムッとしてこう言い返した。


「違います。父から、今日ここに来るように言われたんです」


「あぁ、聞いてる聞いてる。そっか、今日やってんな。えぇっと、名前は……」


「河口です、河口佑暉です」


「あ、そうそう、河口君な。自分、お腹空いてない? うち、これから出かけんねんけど、今お母さん留守やから」


 女の子は手招きして、彼を中に入るように促した。佑暉は行儀良く会釈すると、彼女の後に続いて旅館の中に足を踏み入れた。


 佑暉は他の同級生たちと比べて顔立ちが幼いため、迷子と間違われたのだろう。髪は父からの遺伝で鈍色だが、全体的に短く切り整えられ、前髪の下の薄い眉や大きく丸い栗色の瞳は、幼さをより強めている。


 とは言え、会ってすぐの相手に迷子呼ばわりは如何なものであろうか。

リアリティを出すために方言が度々出てきますが、読みにくかったら言ってください。

これでも割と抑えてるつもりなんですけどね・・・。

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