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舞妓さんと歩く都街  作者: 橘樹 啓人
第二章 祇園祭
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揶揄する女

 月曜日。佑暉は試験直前の勉強を行うため、いつもより早く登校した。前日の夕食時、家でやるよりも学校でやった方が頭に入ると彩香から教えられたのだ。佑暉はそれを信じ、翌朝から早速実行に移すことにした。


 佑暉は教室の戸を開けた。すでに朱音が着席し、教科書を開いていた。佑暉はそれを見て土曜日のことを思い出し、また怒りがこみ上げてきたが、今は試験のことに集中しようと彼女の後ろを通り過ぎて、自席に鞄を置いた。そうしてなるべく朱音の方を見ないようにしながら、椅子に腰掛ける。


 だが、それから数秒も経たないうちに彼女の声が佑暉の耳に流れた。


「おはよう」


「お、おはよう」


 佑暉はそっと彼女の方を見て、返事をした。しかし朱音は、それ以来全く彼に対して無反応だった。散々自分を振り回した挙句、悪びれる様子もない朱音を見て佑暉は愕然とし、今度は彼から彼女に話しかけた。


「あの……」


「何?」


「一昨日、大変だったんだよ。道、分からないし」


 佑暉は、関西に来て四ヶ月にも満たない自分に行った仕打ちを、朱音も反省しているのではないかと少なからず期待していたのだ。しかしその願望は悉く打ち砕かれ、朱音が佑暉に寄越した返事はこうであった。


「だから?」


 佑暉はしばらく唖然とし、何も言う気が起こらなかった。


「だ……だって僕、東京から来てまだ三ヶ月だし、京都大阪間の路線もよく把握してないし。第一、現地解散とか聞いてないし!」


 佑暉は半立ちになり、二日間吐き出せずに溜めていた不平を並べた。その声は他の生徒たちにも聞かれ、自分のところに視線が集まるのを感じた佑暉は周りを見回した。近くで立ち話をしていた二人の男子も、彼の方に視線を送っている。佑暉は、少し感情的になりすぎてしまったと反省したが、時すでに遅かった。


 佑暉が教室の後方で呆然と佇んでいると、朱音は言った。


「後にして。集中したいし」


「でも、諏訪さん。勉強しなくても、そこそこの点数取れるって言ってたよね?」


 今度は佑暉が皮肉ってみたが、それも朱音には通用しなかった。


「そんなん、いつ言ったん?」


 朱音が不思議そうに、佑暉を見上げる。


「だって、あの時……」


 佑暉は怪訝そうに眉を顰めるが、朱音の目を見るともしや自分の記憶違いかという風な気もしてきた。彼が一人で頭を捻っていると、突然朱音が笑い出す。彼女の行動についていけず、佑暉は狼狽した。


「な、何……?」


 周りからはヒソヒソという話し声。


 胸の奥から噴き上げる温水のごとき羞恥心に浸され、佑暉の全身は熱を帯びる。同時に泣きそうな顔にもなった。朱音はそんな彼の顔を面白そうに見つめ、少し小馬鹿にしたような笑顔で言った。


「やっぱりおもろいな、あんた」


 これは朱音から宣戦布告された勝負だろうと考えた佑暉は、彼女に対して強気な視線を浴びせながら、負けるまいと言い返す。


「諏訪さんは何がしたいの? どうして、そんなに僕に構ってくるの?」


 それを聞いた朱音は、急に真面目な顔になった。


「知らん」


 それだけ答えると朱音は立ち上がり、教室から出ていってしまった。佑暉はしばらく呆気にとられ、ぼうっと扉の方を見ていた。そして再び、彼に地獄のような時間が訪れる。


 一部始終を見ていた生徒たちから小さな笑いが起こった。教室の後ろにいた男子二人は、にやにやしながら佑暉に近寄ってくると、彼の肩をポンと叩き、自分たちの席に戻っていく。それは彼に同情しているというより、朱音と同様に「面白がっている」といった顔であった。


 ――僕を馬鹿にするのは諏訪さんだけでいいのに。


 ふと深いため息が漏れ、ここのところそればかりの自分に嫌気が差す。


 結局、朱音との勝負には負けてしまった。そんな絶望感を佑暉は一人で味わいながら、椅子に深く腰掛けた。気分一新し、再び勉強を開始しようとするが、内容が全く頭に入ってこない。それどころか、これまで覚えた部分も忘れかけている。自分は今まで、朱音に弄ばれていたのだろうか。……という疑問を抱きつつも、佑暉はどうにかして意識を勉強の方に持っていこうと努めた。


 試験日としては最悪な朝であった。

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