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舞妓さんと歩く都街  作者: 橘樹 啓人
第二章 祇園祭
18/62

七月の祭事

※注

今回は説明多めです。

 七月上旬、梅雨明け宣言が出されたというわけでもないのに、快晴の日が続いていた。学校の生徒の制服は夏服に完全移行し、半袖の白のワイシャツ、男子はネクタイを付けず、女子は薄地の紺のチェック柄のスカートを履いていた。

 佑暉はといえば、京都での環境にもだいぶ順応し、学期末テストが台風のごとく確実に押し迫ってきていた。彼のクラスでも、多くの者が試験に向けて休み時間も席に着いていた。


 佑暉もそれを見習い、机の上に教科書を広げて勉強していると、隣の席の方からこんな会話が聞こえた。


「ほんま、テストどうしよう。マジで怠いねんけど。中間も成績悪かったしさぁ、稽古も休ませてもらえへんから、リアルに焦ってきた。なぁ、中退した方がいいと思う?」


「知らんやん。そんなこと」


 隣のクラスのイツキが友人の朱音と話しているのだ。イツキは舞妓であった。学校から帰宅すればすぐに稽古が始まる。座敷へ上がる日は世話になる茶屋や料亭への挨拶回り、それ以外の日も踊りや三味線の稽古をこなさなければならない。舞妓は基本、学校以外はすべての時間を稽古に費やす。舞妓は休みを月二日、それを除いては年に十日ほどしかもらえない。現に、佑暉もサキと二人で東寺に行って以来、彼女とはメール以外で殆ど会話していないのだ。


 相変わらず、佑暉の茶屋通いは続いている。そこでサキの踊りを目にしてはいるが、まだ何も彼女に伝えていなかった。それは諦めというより、単に話す勇気がなかったのだ。彼自身、異性に対してこんな感情を抱いたのは初めてのことであった。その分、戸惑いの方が大きく、なかなかその一歩を踏み出せずにいた。


 教科書を閉じて窓の外を見やると、桜の木が黄緑色の葉を風にそよがせているだけだった。佑暉がしばらく物思いに耽っていると、ある声によって強引に現実に引き戻された。


「なあ、どうしたらいい?」


 誰かがそう言って、彼の席を強く叩く。佑暉は驚き、顔を上げるとイツキが立って彼を見ていた。佑暉がイツキの舞妓姿を目に映したのは一度きりだが、あのキリッと据わった眼は今も忘れられずにいる。弁舌も淡々としていて規則正しく、京言葉がよく似合っていた。だが、学校でのイツキはただの我儘な女子という印象しか彼に与えない。佑暉はそれを少し残念に思っていた。こちらが素顔であることは分かっているが、ギャップの差に戸惑いすら覚える。


 イツキの問いかけに佑暉は首を傾げながら、


「えっと……何の話かな?」


 と、きき返した。するとイツキはからかうように笑い、その場にしゃがみ込むと上目遣いで彼に尋ね直した。


「学校、中退した方がいいかな? 自分、どう思う?」


 何故、それを自分に問うのか佑暉には皆目見当がつかなかったが、一応答えておいた。


「自分のことなんだし、自分で考えるべきだと思うよ」


 イツキは「ふーん」と気のない返事をし、朱音の席の前に戻って腰を下ろす。


 彼女は一日に一回は朱音に会いに来るが、その度に絡まれるのは佑暉であった。あまつさえ面白がるように喋りかけられるものだから、気を休める暇もない。特段、迷惑というわけでもないが、佑暉は不思議でたまらなかった。どうして僕にばかり構うのだろう、と。


 しかし疑問には思っていても、内心それが嬉しくもあった。東京にいた時は、教室の隅で茫然自失するだけの彼に話しかける者はいなかった。自分に気づいてくれる人がいるということは、佑暉にとって学校があまり苦痛でなくなった一因かもしれない。



 佑暉は下校後、祇園茶屋に寄って久しぶりにサキと一緒に帰った。二人が出会い、三ヶ月が過ぎようとしている。サキは一ヶ月に一回ほど、「ふたまつ」に土産を持ってきては正美と立ち話をして帰るという日があった。正美もさることながら、佑暉もそのことに感謝している。


 この日もサキは「ふたまつ」に寄ってもいいかと佑暉に尋ね、彼が承諾すると彼女は四条通に並んだ土産物屋で菓子を購入した。


 旅館に向かう途中、佑暉が、


「東京に帰ったら、今度は僕が土産を買ってくるね」


 と話すと、サキも嬉しそうに「楽しみ」と笑った。



 七月になると、四条や河原町の歩道には無数の提灯が飾られる。バス乗り場やアーケード、街灯など、いたるところに様々な色の提灯がぶら下げられていた。佑暉は歩きながら、この近くで大きな祭でも行われるのだろうかと思案した。


 すると、バスターミナルの傍を通った時、サキが佑暉に話しかけた。


「そうだ、もうすぐ祇園祭だね」


「祇園祭?」


 佑暉はどこかでその名前を聞いたことがあったが、よく思い出せない。彼がなんとか思い出そうと記憶を手繰り寄せていると、サキは簡単な説明を加えた。


「京都で一番大きな祭だけど、知らない?」


「名前くらいなら聞いたことあるんだけど、詳しいことは知らないかな」


 佑暉が自信なさげに言う。


「私も、最近は行ってないんだよね。七月中、ずっとやってるんだけど。あ、だけど夜店なら毎年行くよ。もしかしたら、今日も何か出てるんじゃないかな。行ってみる?」


 サキはそう言って前方を指差した。佑暉も前に目を向けると、四条通を抜けたところに八坂神社が見えた。


 祇園祭は、八坂神社を中心に行われる祭事であり、葵祭と時代祭とともに「京都三大祭」の名で知られる。因みに、葵祭は五月、時代祭は十月に開催される。その中でも、祇園祭は毎年一ヶ月で百万人以上が訪れ、日本で最も有名な祭と言っても過言ではない。


「烏丸の方まで行ってみようか。そっちの方が、沢山お店が出てるかも」


 サキが「案内してあげる」とでも言いたげな目で佑暉を誘うが、彼は即座には首を縦に振れなかった。


「行ってみたくはあるけど、女将さんには何も言ってないんだ」


「そっか……。じゃあ、今日はやめといた方がいいね。でも、せっかくだから見せてあげたいな、山鉾」


「山鉾?」


 それは佑暉が初めて聞く言葉であった。それを察したように、彼女は解説し始める。


「山鉾巡行っていってね、祇園祭のメインイベントなんだ。大きな鉾がぐるっと街を練り歩くの。祇園祭って、前祭と後祭っていうのに分かれてるんだけど、見られる鉾がそれぞれ違うから見応え抜群なんだ」


 それだけを聞かされても、佑暉にはあまりイメージが湧かなかった。首をひねっている佑暉を見て、サキははっと気がついたように謝った。


「あ、ごめん。説明、下手くそだったね」


「いや、違うんだ。なんとなく、ピンとこなくって」


「うーん。それなら、実際に見た方がいいかも。百聞は一見に如かずって言うしね」


 山鉾とは一体どんなものなのだろうと考えるうち、佑暉はサキの言うように聞くより実物を見てみたいと思った。だが、それを言い出す前にサキがこんなことを口にした。


「あ、でも毎年巡行の日は大混雑するから、近くでは見れないかも。最近はチケット販売もあるみたいだけど、何ヶ月も前から買わないと席とれないし」


 地元民だとしても、間近から観るのは厳しいのだと彼女は話した。それを聞き、佑暉は言い渋る。それでは、今年はもう間に合わないだろう、と彼は落胆した。サキも残念そうな顔で、空を仰ぎ見ている。佑暉は自分の思慮の浅さを痛感し、がっくりと肩を落とす。


「ふたまつ」に着くと、サキは正美に土産物を渡した。


「いやあ、いつも悪いね。おおきに」


 正美は寛大な口調で礼を言い、サキからそれを受け取った。


「いえ、また寄らせていただきます」


 サキもにっこりしながら答える。


 それから、二人はいつものごとくいくつか言葉を交わした後、サキは置屋へ帰っていった。彼女の背中は、舞妓として舞台に上がっている時よりも謙虚に見える。そのようなことを、彼女の後ろ姿を見ながら佑暉は考えていた。


 自室に戻った佑暉はパソコンを開き、早速「祇園祭」について調べ始めた。サキの言葉通り、祇園祭には毎年、全期間で百万人を超える来場者が訪れるらしい。京都市のホームページなどで調べていくに連れて興味が掻き立てられ、佑暉はその行事の歴史についても調べた。


 祇園祭は、疫神怨霊を鎮める祇園御霊会が起源である。貞観十一(八六九)年に全国で疫病が流行し、多くの死者が出たことから、矛を立ててその退散を祈願した。高さ六十六メートル程の矛を、当時の国の数に因んで六十六本立て、神仏習合の神である牛頭天王ごずてんのうを祀ったのが始まりだとされる。それがいつしか古例となり、連綿と受け継がれ、応仁の乱や第二次世界大戦での中断を除けば、毎年慣行されてきた。時代とともに形を変えつつ、現在まで発展し続けてきたのだ。


 インターネットには鉾の写真が幾つも上げられており、大きいものでは十階建てのビルほどもあろうかという高さに思えた。これが人の手によって移動するという事実を知った途端、佑暉は驚嘆した。


 どんな人々が何人がかりでこれを運ぶのだろうか、というのも彼の専らの疑問だ。それからも、佑暉は興味本位のまま様々なサイトを覗いたりして、その知識を蓄積していった。

読みにくくて申し訳ない。

書き直すかも。

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