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舞妓さんと歩く都街  作者: 橘樹 啓人
第一章 古都の花町
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似ているふたり

 京都駅まで引き返し、近畿日本鉄道――近鉄の改札を出た。改札口の脇には観光客用の土産物屋があった。その傍まで来ると、佑暉は隣を歩くサキに声をかけた。


「今日はありがとう、楽しかったよ。君はここから何で帰るの?」


 サキは足を止め、彼の方を振り向く。


「バスでも地下鉄でも帰れるけど。置屋さんも、あのお茶屋さんの近くにあるの」


 置屋は、舞妓が住み込みで生活している家である。舞妓になるためには保護者同伴で置屋の女将と面談し、直接合格を言い渡されなければならない。厳しい修行や稽古に耐えるのが大前提となるため、根性がないと判断されれば入門の許可は下りないのだ。


「お稽古、大変なんだよね。また観光案内してくれると嬉しいけど、忙しいからやっぱり駄目かな?」


 舞妓についてなけなしの知識のあった佑暉は遠慮がちに言うが、彼が言い終わらないうちにサキは「ねえ」と声を発した。それにより、佑暉は口を噤んだ。


 数秒間、沈黙が流れた。駅の喧騒が、慌ただしく二人の近くを風のように通り過ぎていく。サキは下を向き、恥ずかしそうに言った。


「あ……ごめん。もしよかったら、佑暉君の住んでる旅館に行ってみたいな」


「えっ……?」


 佑暉が憮然と問い返すと、サキは俯いたまま笑った。


「嫌……、だよね。ごめんね」


 謝られ、佑暉は反射的に首を振った。驚いたものの、サキの言葉が予想以上に嬉しかったのだ。


「いいよ」


「ほんと?」


「うん。多分、旅館の人もいいって言ってくれると思う」


 正美たちの迷惑ならないかとも思ったが、きっと許してくれるような気がした。佑暉はサキを旅館「ふたまつ」に連れて行くことにし、それを伝えると、サキもホッとしたのか嬉しそうに笑う。すると彼女はふと思いつたように、


「あ、ちょっとここで待ってて!」


 と言い残し、駆け出した。


「えっ、ちょっと!」


 佑暉はサキの背中に声をかけたが、彼女はそのまま土産物屋に入っていった。残された佑暉は、ただ呆然とその様子を見つめていた。


 数分後、サキは手に紙袋を提げて出てきた。何を買ったのかわからなかったが、何分人通りが激しいため、いつまでもここに立ち止まっているわけにもいかない。佑暉はサキと一緒に、地下鉄の改札を目指した。


 東山駅を出ると、佑暉はサキを「ふたまつ」まで案内しようと歩き出した。南に歩けばサキの通う茶屋にも辿り着けるのだが、彼女はこの辺りへはあまり来たことがないだろうという先入観が働き、佑暉がそれに気づくこともなかった。


 学校に通ううち、東山界隈の道もだいたい覚えてきたので、しっかりと地面を踏みしめながらサキの一歩前を歩いた。


 旅館に辿り着き、佑暉がガラガラと格子戸を開ける。その音を聞きつけたのか、奥から正美が出てきた。


「あら、おかえりなさい。今日はどこ行ってたん?」


「えっと……東寺です」


 逡巡しながら佑暉が答えると、正美は腑に落ちたような、安堵したような笑みを浮かべた。


「そうなん。ためになったやろ?」


 正美は佑暉に対してそう話すと、不意に視線を彼の後ろで控えていたサキに移す。彼女と目が合った正美は、度肝を抜かれたような表情に変わった。


「まあ、サキちゃんやないの!」


 昔から彼女を知っているような口振りに、今度は佑暉が言葉を失った。


「女将さん、知ってるんですか?」


 なんとか声を絞り出しながら尋ねる。


「え、えぇ。まあ、お上がり」


 正美な何かを隠すように、二人に手招きした。


「お邪魔します」


 サキは丁寧に挨拶しながら一礼すると、中に上がった。彼女のそんな一連の所作を見た佑暉は、とことん礼儀を弁えた少女であると感心した。


「ほな、お茶淹れてくるわな」


 正美はそう言うと、そそくさと台所に行ってしまった。その不自然な行動に、佑暉は不安を覚えた。だが、自分のことを「家族」だと言ってくれた正美が隠し事をするはずがないという気持ちもある。思案の末、佑暉は気のせいだと思うことにした。


 何も知らないサキが、


「佑暉君のお部屋はどこなの?」


 と尋ねるので、佑暉はとりあえず、彼女を自分の部屋に連れて行くことにした。その途中、彩香とすれ違った。


「あれ、帰ってたん?」


「はい」


 彩香はサキに気づくと、佑暉にきいた。


「あれ、その子は?」


「友達です」


「うちの高校?」


「え、いや、そうじゃなくて……」


 言い淀む佑暉に、サキが助け舟を出した。


「私、舞妓やってるんですけど、毎日そのお茶屋に踊りを見に来てくれるんです」


 しかし、その代弁は佑暉にとって余計なものであった。帰り道に佑暉が茶屋に通っていたと知った彩香は、今にも詰り出しそうな視線で彼を見つめた。


「へえ。自分、そんな趣味あったん?」


 意地悪な質問をされ、佑暉は彩香から目をそらした。彩香はしばらく彼に視線を送り続けた後、自室に入ってしまった。軽蔑したのか、見損なったのか佑暉には分からなかったが、後で弁明が必要だと思うのであった。


 自室の扉を開けると、佑暉はサキを中に案内した。


「ここが僕の部屋だよ」


「すごい、きれい!」


「女将さんがたまに掃除してくれるんだけど、これからは僕が自分でやるって言っておいた。周りにできるだけ迷惑はかけたくないから」


「偉いね」


 感服したようにサキが呟く。


「そんなことないよ」


 サキから「偉い」と言われ、佑暉はまた気恥ずかしくなる。


「私も見習わなきゃ駄目だね」


 そう呟きながら、サキはまだ興味深そうに部屋の様子を見渡している。佑暉はこの機会を利用し、玄関先での気になったことを彼女に尋ねた。


「君は女将さんと知り合いだったの? もしよかったら、どこで知り合ったか教えてほしいんだけど……」


「私のお母さんが一時期、この旅館で働いてたことがあるの。それで私も、よく遊びに来てたんだ。女将さんには昔からよくしてもらってたから、また会えて嬉しかったな」


 サキは火照ったように顔を赤らめる。そんな彼女に対し、佑暉は不思議な縁を感じた。あの夜、正美から聞いた話を思い出す。


「実は、僕のお母さんもここで働いていたらしいんだ」


 そう言った佑暉にサキは驚きの目を向けたが、それは徐々に嬉しさをたたえた笑顔へと変わった。


「なんだか似てるね、君と私」


 さらに、彼女はこう続けた。


「自分でもよく分からないけど、佑暉君のこと、もっと知りたいっていうか……。うまく説明できないけど……気になるんだよね」


 不意打ちとも言うべき発言に、佑暉の鼓動は高鳴り出し、全身の血液が顔に集まってきたかというほど顔面が熱くなる。どんな言葉を返すべきか見当もつかず、佑暉は狼狽するあまり頭がふらふらになった。


 幸い、正美が二人を呼びに来た。夏葉が帰って来たから、居間で休憩しようと言うのだ。佑暉はホッと胸を撫で下ろし、サキとともに居間に行くことにした。

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