舞妓、サキ
花見小路通の一角にある、「祇園茶屋」。佑暉は、そこの入口に垂れ下がっている暖簾の隙間から中を覗くと、やはり舞台では今日もあの舞妓――サキが踊っていた。サキは三味線の音色に合わせて見事な舞いを披露したのち、座敷に膝をついて客に頭を下げた。
「本日もお越しいただき、おおきにありがとうございました」
サキは客からの拍手喝さいを浴びながら、上品な所作で奥へ下がっていった。
客たちは帰り際、
「いやあ、あの舞妓さんはいつ見ても上手やなあ」
「ちゃんと仕込みができてはるんやろな」
などと賞賛していた。
店の中に客が一人もいなくなると、サキが舞妓姿のまま外にいた佑暉のところに来た。暖簾をくぐって出てきたサキは、手で中を指しながら、
「すぐに着替えてきますので、あちらで座って待っていてください」
と、佑暉に伝えた後、裏口の方に行ってしまった。佑暉は戸惑いながら茶屋の中に入ると、緋毛氈の敷かれた縁台に腰掛けた。
彼女を待っている間、佑暉はスマートフォンでブログを開いて時間を潰すことにした。
舞妓と話をした、という内容の記事を書いて投稿する。また「抹茶ぷりん♪」からコメントが入らないかと期待したが、数分経っても彼女からのコメントはなかった。普段なら投稿十分後には何らかのアクションをくれるのに、三十分程が経過しても読者からの反応はなかった。メールを送ろうかと佑暉は考えたが、わざわざメールするような内容ではない。諦め、相手が記事を読んでくれるのを待つことにした。
それよりも、あれからだいぶ時間が経っているが、サキは一向に現れない。少しずつ、佑暉は焦燥に駆られた。その時、
「あれ、また来てんの?」
聞き覚えのある声が、彼にかけられる。それと同時に、暖簾をくぐって中にイツキが入ってきた。彼女に続き、朱音も暖簾をくぐってきた。驚いた佑暉は、
「す、諏訪さん?」
と、上ずった声を発した。すると、彼の反応が気に食わなかったのか、朱音は目を細める。
「何? あたしが来たらあかんかったん?」
「いや、そうじゃないけど……」
しどろもどろになりながら言い訳する佑暉に対し、イツキが説明した。
「うちは後輩の様子を見に来てん。この子は見学したいって言うから、連れてきただけ」
しかし、次にイツキは怪訝そうに佑暉を見つめた。
「あんたこそ、ここで何してたの?」
イツキは、「また覗きか」とでも言いたげな視線を佑暉に対して送る。
「あの……ええっと……」
佑暉は、明確な答えが見つからずに言い淀む。そこへ、
「あ、イツキ姐さん。こんにちは」
と言いながら、学校の制服に着替えたサキが出てきた。
「あ、お疲れさん」
イツキもサキに言った。その時、佑暉はサキと目が合い、咄嗟に立ち上がった。その様子を見たイツキが、
「あれ。自分ら、知り合い?」
ときいた。サキはイツキの質問に「へぇ」とだけ答え、
「行きましょう」
と佑暉に言うと、いきなり彼の手を取った。その瞬間、佑暉は自覚する程、顔を真っ赤に染めた。そうしている間に、佑暉はサキによって外に連れ出されていた。彼女がこれからどこに向かおうとしているのか、彼には分かり兼ねた。
佑暉は、サキの背中に尋ねた。
「ねえ、どこに行くの?」
「円山公園。あそこなら、二人きりで話せると思うから」
サキはそう言いながら、佑暉の手を引いて歩き続ける。佑暉も逆らわず、彼女に連れられてその「円山公園」までの道のりを歩いた。
 




